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光でイオンを輸送するタンパク質の機能を人工的に転換することに成功 ~自然界の分子進化の逆戻りに成功~

カテゴリ:プレスリリース|2016年03月11日掲載


◆大学院未来材料創成工学専攻 ナノ・ライフ変換科学分野およびオプトバイオテクノロジーセンターの神取秀樹教授・センター長、井上 圭一助教らのグループは、海洋や湖沼に棲む細菌の持つ、光のエネルギーを使ってイオンを輸送するタンパク質について、簡単なアミノ酸変異を行うことによって輸送するイオンの種類を制御することに成功しました。本研究の成果は、米国生化学専門誌であるThe Journal of Biological Chemistry誌のWeb版において発表されました。

 

細菌の細胞内で、光のエネルギーを使ってイオンを運ぶタンパク質

生物の細胞の中は水素イオン(H+)やナトリウムイオン(Na+)など、様々なイオンが存在しています。そしてこれらのイオンは細胞の中の環境を整える役割を持っています。またこれらのイオンが細胞内に取り込まれる際には、そこから細胞の生存に必要なエネルギーが作り出されます。その中で海洋に棲む細菌は、細胞を包む細胞膜の中に光のエネルギーを使って様々なイオンを輸送するロドプシンというタンパク質を持っています。過去の研究により海水中に多量に存在するH+や塩化物イオン(Cl-)をポンプのように輸送するロドプシンが見つかっており、さらに2013年には神取教授と井上 圭一助教らにより、新たにNa+をポンプするロドプシンが自然界に存在することが明らかとなりました(下図)。 

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細菌が持つ光で三種類のイオン(H+, Cl-, Na+)を輸送するタンパク質(微生物型ロドプシン)

 

 ロドプシンの機能の相互転換

image2_160311.jpg これらのロドプシンが様々な細菌から発見される一方で、それぞれのロドプシンが輸送するイオンの種類を決定する要因はほとんど明らかになっていませんでした。そこで井上助教・神取教授らはロドプシンを構成するアミノ酸に着目しました。ロドプシンはおよそ300個弱のアミノ酸がつながった構造をしています。井上助教・神取教授らはその内のいくつかのアミノ酸のみがイオンの輸送に関わり、ポンプするイオンの種類を決定しているのではないかと考えました。この仮説が正しいとすると、例えばNa+をポンプするロドプシンの機能に重要なアミノ酸を、別のH+をポンプするロドプシンが持つアミノ酸に入れ換えれば、H+を輸送することができるようになると考えられます。

 そこで井上助教・神取教授らはいくつかのアミノ酸をH+ポンプ型のものへと置き換えたNa+ポンプ型ロドプシンを大腸菌の細胞中に発現し、その機能を測定したところ、最低4つのアミノ酸を変異させれば、H+を運ぶことができるようになる事を見出しました。さらにNa+ポンプの3つのアミノ酸をCl-ポンプ型にするとCl-を輸送できるようになり、またCl-ポンプの3つのアミノ酸をH+ポンプ型にするとH+を運べるようになることも見出しました。すなわち全体のアミノ酸の中でわずか1%のものが輸送するイオン種の決定に関与していることを示唆しており、大変驚くべき結果でした。

 

ロドプシンの分子進化との関係

image3_160311.jpg 一方で機能転換に成功したものと逆方向の変異(H+ポンプ→Na+ポンプ、H+ポンプ→Cl-ポンプ、Cl-ポンプ→Na+ポンプ、)についてはより多くの数のアミノ酸を置き換えても、機能の転換は起こらず、もとの機能も消失し、何も輸送できなくなる結果になりました。これら機能の転換に成功したものと上手くいかなかったものをまとめると、右図のようになり、どのポンプの組み合わせでも一方向の機能転換が上手くいき、その反対方向のものが非常に困難であるという傾向が示されました。井上助教・神取教授らはこの機能転換の達成しやすさに非対称性があることについて、自然界のロドプシンの進化の道筋と比較することでさらに興味深い事実を明らかにしました。今回調べた細菌のロドプシンの中ではH+を輸送するロドプシンが一番初めに自然界に現れ、続いてそこからCl-ポンプが現れ、最後にNa+ポンプが進化によって登場したと考えられています。この進化の順番に対して、今回の研究で機能転換が可能だったのは進化を逆戻りする方向に対応し、逆に進化を進める方向の機能転換が極めて難しいことがわかりました。その理由について井上助教・神取教授らは「祖先の分子の機能に重要なアミノ酸の多くが子孫の分子の中に保存されているため、わずかなアミノ酸の置き換えで祖先の機能が復活するが、逆に進化で生じた機能を祖先の分子に持たせるには、今回の研究で用いた数よりも更に多くの変異を加える必要があるため」と考えています。

 今回の研究ではロドプシンの輸送するイオン種を分けるアミノ酸が明らかになっただけではなく、自然界における分子進化についても新たな知見を与えるものとして大変注目されます。また今回得られた結果はロドプシンを用いた環境中からの様々なイオンの回収や、体内のイオン濃度を制御することによる医療応用に向けて必要とされる新規分子開発にも役立つことが強く期待されます。

 


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