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内向き水素イオンポンプの発見

カテゴリ:プレスリリース|2016年11月18日掲載


 大学院工学研究科生命・応用化学専攻およびオプトバイオテクノロジー研究センター神取 秀樹教授・センター長、井上 圭一准教授らは、金沢大学との共同研究により、深海に棲む細菌が光のエネルギーを使って水素イオン(H+)を細胞内に取り込むためのタンパク質である内向きH+ポンプ型ロドプシンを発見し、さらに先端的な分光計測法を応用することでその主なメカニズムを解明する事に成功しました。本成果は英国の総合科学雑誌であるNature Communications誌の11月17日号に掲載されました。

  

―研究の詳細―

細菌の細胞内で、光のエネルギーを使ってイオンを運ぶタンパク質

 生物の細胞の中は水素イオン(H+)やナトリウムイオン(Na+)、塩化物イオン(Cl-)など、様々なイオンが存在しています。そして細胞の内外でこれらのイオンの間に濃度差が生じると、細胞内に電気的なエネルギーが生み出され、細胞の生存に必要な様々な活動に用いられます。その中で海洋に棲む細菌は、細胞を包む細胞膜の中に光のエネルギーを使って様々なイオンを輸送する微生物型ロドプシン(※1)というタンパク質を持っています。過去の研究により海水中に多量に存在するH+やCl-をポンプ(※2)のように輸送するロドプシンが見つかっており、さらに2013年には神取教授と井上准教授らにより、新たにNa+をポンプするロドプシンが自然界に存在することが明らかとなりました(図1)。 これらのロドプシンがイオンを輸送すると、例えばH+ポンプとして機能するロドプシンの場合、光のエネルギーを用いてH+を細胞外部へ輸送することにより、細胞の内外でH+の濃度差が作られます。そしてこのイオンの濃度差を駆動力として、細胞内により大きな電気化学エネルギーが生み出され、アデノシン三リン酸(ATP)など細胞の活動に必要な物質の合成が行われます。つまり細菌は光のエネルギーを電気化学エネルギーに変換することでより活発に行動することが出来ます。そしてNa+ポンプやCl-ポンプも同様に、細胞内の電気エネルギーを強める方向にイオンを輸送し、様々なイオンを光で操作することによって、これらのロドプシンが細菌の生存に役立っています。一方でこれらのイオンを逆向きに輸送することは、細胞からエネルギーを奪うことになり、その様なタンパク質は細胞の生存に極めて不利であることから、自然界に存在しないと考えられてきました。

図1_kandori.jpg

図1:細菌が持つ光で三種類のイオン(H+, Cl-, Na+)を輸送するタンパク質(ロドプシン)

  

光駆動型内向きH+ポンプ型ロドプシンの発見

 しかし今回神取教授、井上准教授らのグループは水深800メートルの深海に棲む海洋性の細菌が光のエネルギーを使って、細胞内にH+を取り込むタンパク質を持つことを明らかにし、このロドプシンのことを新たにPoXeRと名付けました(図2)。このようなタンパク質の存在はこれまでの生物学の常識に大きく反するものであり、細菌が単にエネルギーの生産のみに光を使っているわけではないことを示唆しています。またさらに今回の研究では細胞内の電位やH+濃度が極めて高い条件でも常にこのロドプシンは細胞内部へH+を輸送することが示され、輸送の効率が極めて高いことも明らかとなりました。このPoXeRがどうして海洋性細菌の細胞内にH+を輸送するのか、その理由は現在のところはっきりしていませんが、輸送されたH+を介して細胞内に刺激を伝えることで、様々な細胞内応答を引き起こすなどの可能性があると考えられます。

図2_kandori.jpg

図2:一般的な外向きH+ポンプ(左)と今回新たに発見された光駆動型内向きH+ポンプ(右)

  

輸送のメカニズム解明と医療応用への期待

 そしてさらに神取教授らはタンパク質内部のアミノ酸などの構造を詳細に調べることができる赤外分光法や、高速のレーザー光を用いた化学反応の直接観測を行うことで、このPoXeRがどのようにしてH+を輸送するのかを分子の構造に着目して調べました。それによると、PoXeRは光を吸収するための発色団(※3)と呼ばれる色素分子(レチナール)を内部に結合していますが、光を吸収するとこのレチナールの構造が変化し、さらにレチナールに結合していたH+が、タンパク質の細胞内側方向に存在するアミノ酸残基(※4)の1つに受け渡されることが赤外線やレーザー光を用いた測定で明らかにされました。このH+の受け取り手であるアミノ酸は一般的な外向きH+ポンプには存在せず、PoXeRが特徴的に持つものであり、これが内向き輸送に重要な役割を持つことが示されました。また光を受けた時に生じるレチナールの構造変化も通常のロドプシンと異なっており、内側へH+を輸送するのに適した構造を取ることも分かりました。このように今回の研究では新規機能を持つタンパク質の発見だけでなく、このPoXeRが従来から知られている外向きH+ポンプ型ロドプシンとは大きく異なるメカニズムでH+の輸送を達成していることについてもいち早く明らかにすることに成功しました。
 さらに神取教授らはそのメカニズムをもとに、PoXeRを構成するアミノ酸の種類を変えることで、本来の三倍以上輸送能を向上させることに成功しました。そしてこれらの変異タンパク質を分子ツールとして用いることで、人間を含む様々な生物の体の中のあらゆる細胞の中のH+濃度を光で制御する新規技術の開発が可能になると考えられています。
例えば脳などにある神経細胞の中では神経伝達物質の詰まった小さな袋構造(小胞)を介して、神経伝達が行われますが、小胞内の神経伝達物質の量は小胞に含まれるH+の濃度に応じて制御されています。これに対して今回のロドプシンを用いれば、小胞内のH+濃度を下げることで、過剰な神経伝達物質の放出を防ぎ、躁うつ病やてんかんなどの病理メカニズム解明や光を用いた新規治療法の確立に役立つと期待されます(図3)。これ以外にもミトコンドリアや小胞体、リソソームなど様々な細胞内の小器官でH+は重要な役割を果たしており、今回の内向きH+ポンプ型ロドプシンはそれらが関わる様々な疾患や生命現象を調べるための全く新しい光分子ツールとして今後広く用いられることが期待されます。

図3_kandori.jpg

図3:内向きH+ポンプを用いた神経伝達物質の放出抑制

  

※今回の研究は概算要求事業「光といのち」研究の世界拠点形成、日本学術振興会(JSPS)の科研費補助金や、科学技術振興機構(JST)さきがけ研究「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」の支援により実施されました。

<用語解説>

※1 微生物型ロドプシン
 細菌などの主に単細胞の微生物が持つ、光のエネルギーを使って機能するタンパク質の一種。細菌の細胞内では、細胞の外側を取り囲む細胞膜中に存在し、H+やCl-、Na+などのイオンを細胞の外側や内側に輸送する機能を持つ。
※2 イオンポンプ
 ヒトを含めあらゆる生物が持つ細胞内外にイオンを輸送する機能を持つタンパク質。イオンポンプは様々なエネルギーを使ってイオンを濃度勾配に逆らって輸送する機能を持つが、ロドプシンは光のエネルギーを用いて輸送を行うイオンポンプの一種に分類される。
※3 発色団
 光吸収性タンパク質の内部には、光を吸収するための色素分子が結合する。この光吸収性の色素分子のことを発色団と呼び、微生物型ロドプシンの場合は、レチナールが対応する。
※4 アミノ酸残基
 タンパク質を構成する生体分子。20種類のアミノ酸残基が直鎖状につながりタンパク質分子となる。


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