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光で働くホスホジエステラーゼ分子を自然界から初めて発見~新しい光遺伝学ツールとしての応用に期待~

カテゴリ:プレスリリース|2017年03月22日掲載


  1. 襟べん毛虫のDNA配列情報から、光に反応して働くたんぱく質(光スイッチ型ホスホジエステラーゼ)を自然界から初めて発見した。
  2. このたんぱく質を人の細胞内に導入し、代謝調節や細胞分化、増殖など、さまざまな生体機能調整を担う環状ヌクレオチドの濃度を光照射で抑制することに成功した。
  3. 生体機能を光で自在に操るツールとして、生命現象の解明に貢献すると期待される。
 JST 戦略的創造研究推進事業において、JSTの角田 聡 さきがけ研究者(名古屋工業大学 客員准教授)らは、細胞内の重要なシグナル伝達物質である環状ヌクレオチド注1)を光で分解するたんぱく質(Rh-PDE)を発見しました。
 生命現象を光で操作する技術は光遺伝学(オプトジェネティクス)と呼ばれ、近年飛躍的な発展を遂げています。特に光スイッチ型イオン輸送分子注2)を用いた神経活動の光操作技術は、脳神経機能の解明に大きく貢献しています。一方、細胞内シグナル伝達物質の分解を光操作可能な分子の種類は限られ、その発見や開発が待たれていました。
 角田研究者らは、襟べん毛虫注3)という微生物において、光受容体であるロドプシン注4)と、ホスホジエステラーゼ(PDE)注5)が連続した遺伝子コード注6)をゲノム中に持つことに着目しました。そしてこの遺伝子から作られるたんぱく質(Rh-PDE)が、光に反応して環状ヌクレオチド分解活性を示すことを証明しました。このたんぱく質を人の培養細胞に導入したところ、光照射によって細胞内の環状ヌクレオチド濃度を抑制することに成功しました。
 Rh-PDEを光遺伝学ツールとして細胞内シグナル伝達の光操作技術に応用し、代謝調節や細胞分化など生命現象の解明に役立つと期待されます。環状ヌクレオチドは呼吸器系疾患や認知症、網膜色素変性症などの疾患にも深く関与します。Rh-PDEを応用した細胞内シグナル伝達の光操作法が確立されれば、これら疾患メカニズムの解明にも貢献することが期待されます。
 本研究は、名古屋工業大学 大学院工学研究科博士課程の吉田 一帆氏同大学 オプトバイオテクノロジー研究センター長の神取 秀樹 教授、および、カナダのグエルフ大学のLeonid Brown(レオニード ブラウン) 教授と共同で行ったものです。
 本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Biological Chemistry」に近日中に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「生命機能メカニズム解明のための光操作技術」
(研究総括:七田 芳則 京都大学 大学院理学研究科 教授)
研究課題名:新規酵素型ロドプシンを用いた視覚再生の挑戦
研 究 者:角田 聡(科学技術振興機構 さきがけ研究者/名古屋工業大学 客員准教授)
研究実施場所:名古屋工業大学
研究期間:平成28年10月~平成32年3月

研究の背景と経緯

 環状ヌクレオチドであるサイクリックAMPやサイクリックGMP注7)は細胞内シグナル情報伝達物質であり、細胞内で働くさまざまな酵素の機能を調節しています。環状ヌクレオチドは必要に応じて合成され、ホスホジエステラーゼ(PDE)により分解されることで、細胞内での濃度が適切に保たれています。
 光遺伝学(オプトジェネティクス)は、光の有無で活性をオン・オフできる光スイッチ機能を持つ生体分子を細胞や組織に導入することで、その機能を光照射によって制御する技術です。この技術は脳神経科学の分野でとりわけ威力を発揮し、記憶形成の仕組みやアルツハイマー病のメカニズム解明などに大きく貢献しています。しかし細胞内シグナル情報伝達の光操作を可能にする分子は限られていました。そこで本研究では、細胞内環状ヌクレオチド濃度を光で自在に操作するための光受容体分子の発見を目指しました。

研究の内容

 角田研究者らは、すでに明らかになっていた襟べん毛虫(Choanomonada、コアノモナダ)のDNA配列情報中に存在する、微生物型ロドプシンとホスホジエステラーゼを連続してコードする遺伝子に注目しました。まず、この遺伝子産物であるたんぱく質の精製に成功しました。このたんぱく質をRh-PDEと名付けました(図のA)。そして試験管内においてRh-PDEの活性が光の影響を受けるかを調べてみると、490ナノメートルの青緑色の光照射に伴って、サイクリックAMPとサイクリックGMPの分解活性が上昇することが分かりました(図のB)。
 さらに光による活性化メカニズムを調べるために、Rh-PDEの光受容部位であるロドプシン部位の光反応特性を分光学的に検証しました。その結果、Rh-PDEは光照射の約7秒後に完全に活性化され、光を切るとその活性は数分かけて減衰し、元の状態に戻ることが分かりました。
 次に人の細胞の中でも同じようにRh-PDEが働くかを検証するために、Rh-PDEを人の培養細胞であるHEK293細胞注8)に導入しました。そしてサイクリックAMP濃度を経時的に検出したところ、青緑色光照射に応じたサイクリックAMP濃度の減少を観察することに成功しました(図のC、D)。つまり、細胞内環状ヌクレオチド濃度の光操作がRh-PDEを用いて可能であることが示されました。

今後の展開

 今後はRh-PDEが光吸収によってどのように環状ヌクレオチド分解活性を発揮するのか、その詳細な分子メカニズムを構造学的観点、酵素学的観点から解明していきます。また、Rh-PDEは自然界から発見された初めての光スイッチ型Rh-PDEであり、その生理的意義や役割の解明も重要です。
 Rh-PDEを光遺伝学ツールとして応用し、細胞内シグナル伝達の光操作技術に役立てることも期待されます。しかしそのためには、今回発見したRh-PDEの光スイッチ機能や環状ヌクレオチド選択性などを遺伝子改変技術により改良する必要があります。 環状ヌクレオチドは、生体の代謝調節や細胞分化、増殖など、細胞内現象を調節しています。従って、これら生命現象の解明に向けて、今までにないより精密なシグナル伝達操作という光遺伝学の特性を生かした新たな技術基盤を提供することになります。
 さらに、心筋細胞においてはサイクリックAMP濃度と心筋収縮力には密接な関係があり、サイクリックAMP環境の異常はさまざまな心不全の原因となります。Rh-PDEを用いた光操作技術によって、心臓疾患のメカニズム解明、さらには治療法開発につながることが期待されます。

参考図

参考図0321.png
A: Rh-PDEたんぱくの模式図。N末端側に微生物型ロドプシン部位、C末端側にPDE部位を持つ。ロドプシン部位の光受容によりPDE部位が活性化され環状ヌクレオチドを分解する。約7秒かけてその活性は最大になる。
B:Rh-PDEたんぱくのサイクリックAMP分解活性。光照射を行うと分解活性は上昇した。サイクリックGMPにおいても同様の結果が得られた。
C:人の培養細胞におけるサイクリックAMP濃度の光操作実験。Rh-PDEを発現させたHEK293細胞内のサイクリックAMP濃度を発光強度として経時的に測定した。青緑光照射に伴いサイクリックAMP濃度が低下した(赤線)。黒線は光照射なしの対照実験。
D:Cと同様の実験。水色で示した時間に光照射を繰り返したところ、同様の現象が長時間にわたり可逆的に観察された(赤線)。黒線は光照射なしの対照実験。

用語解説

注1)環状ヌクレオチド
サイクリックAMP、サイクリックGMPなどの環状エステル結合を持つヌクレオチド。細胞内シグナル情報伝達においてセカンドメッセンジャー(二次情報伝達物質)として働く。

注2)光スイッチ型イオン輸送分子
細胞膜中に組み込まれたたんぱく質で、光を受けるとイオンを通すことで細胞内外のイオン濃度を変化させ、その結果としてたんぱく質の機能変化をもたらす。高度好塩菌が持つバクリオロドプシンや、緑藻類が持つチャネルロドプシンなどが知られている。

注3)襟べん毛虫(Choanomonada、コアノモナダ)
体長数ミクロンの単細胞生物で1本のべん毛を持つ。単細胞生物ではあるが、進化的には多細胞生物に最も近いとされる。
 
注4)ロドプシン
光受容型膜たんぱく質。発色団としてレチナールを結合しており、光が当たるとイオン輸送などの機能を発揮する。

注5)ホスホジエステラーゼ(PDE、phosphodiesterase)
環状ヌクレオチド加水分解酵素。人では11種類のファミリーが知られており、その基質特異性や、活性調節の仕組みが異なる。

注6)遺伝子コード
DNAの塩基配列からたんぱく質のアミノ酸配列に変換するためのコード。

注7)サイクリックAMP、サイクリックGMP
環状アデノシン一リン酸、および環状グアノシン一リン酸の略称(参照:注1)。

注8)HEK293細胞
Human Embryonic Kidney cells 293の略称。ヒト胚性腎細胞をアデノウイルスのE1遺伝子により形質転換して樹立された細胞株。増殖しやすく、遺伝子導入することが容易であり、広く細胞生物学の研究で利用されている。

論文タイトル

"A unique choanoflagellate enzyme rhodopsin with cyclic nucleotide phosphodiesterase activity"
(ホスホジエステラーゼ活性を持つ襟べん毛虫由来の新規酵素型ロドプシン)                  
doi:10.1074/jbc.M117.775569

お問い合わせ先

<研究に関すること>
角田 聡(ツノダ サトシ)
科学技術振興機構 さきがけ研究者
名古屋工業大学 大学院工学研究科 客員准教授
〒466-8555 愛知県名古屋市昭和区御器所町 名古屋工業大学1号館806A
Tel/Fax:052-735-5218
E-mail:tsunoda.satoshi[at]nitech.ac.jp

<JSTの事業に関すること>
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K's五番町
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E-mail:presto[at]jst.go.jp

<報道担当>
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名古屋工業大学 企画広報課広報室
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