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齋藤泉助教・後藤俊幸教授の研究成果がNature Physics 誌の Research Highlightsで紹介されました

2018年03月27日掲載


概要

 物理工学専攻・応用物理分野・流体科学研究室の後藤俊幸教授・齋藤泉助教らの研究グループは、理化学研究所の「京コンピュータ」等を用いた大規模直接数値シミュレーションにより、雲の中で水滴が成長し雨粒が形成される様子を世界で初めて再現することに成功しました。これにより天気予報などで用いられている雲パラメタリゼーションを改良し、気象予測の精度向上に貢献することが期待されます。この研究成果は雑誌New Journal of Physics 201820号に掲載され、雑誌Nature Physics 20183月号のResearch Highlights において紹介されました。

背景

 雲(図1)は日照りや降水を通じて日常生活に関わる身近な大気現象ですが、同時に数値予報(コンピュータを用いた数値シミュレーションによる気象予測)が困難な現象でもあります。その理由は、雲に内包される運動の多様さ・複雑さにあります。一つの積雲に着目するとその大きさは数百メートルから数キロメートル程度ですが、その中ではミリメートルに至るまでの様々なスケールの乱流が混在・相互作用し、数マイクロメートル程の無数の水滴が、凝縮・蒸発や衝突によって互いに影響を及ぼし合っています(図2)。このような複雑な運動を数値シミュレーションで全て表現するのは不可能なため、表現できない小さな乱流運動からの影響をモデル化する必要があります(これをパラメタリゼーションといいます)。雲パラメタリゼーションは未だ不確実な要素が多く、数値予報の精度向上を妨げる要因となっていました。

fig1.jpg fig2.jpg

  図1(左図):海上で観測された雲の写真
        
(出典:https://www.atmos.illinois.edu/~rauber/resear6.jpg
  図2(右図):雲の中で起こる様々な現象と、雲マイクロ物理シミュレータの概念図



研究の内容

 雲パラメタリゼーションの改良に貢献することを目指し、当グループでは「雲マイクロ物理シミュレータ」と呼ばれるモデルを開発してきました(図2)。このモデルは、水滴や流れ場の動きを第一原理に則って計算することで、雲の中で起こる複雑な運動を明らかにします。例えば、水滴はひと粒ずつの運動が運動方程式に従って解かれ、その大きさは水滴周囲の熱力学場に応じて凝縮・蒸発することで変化します。また、水滴同士はそれらの軌道に応じて衝突・合体します。更に、雲内の流れ場に存在する様々な時空間スケールの揺らぎの影響を正確に取り入れるために、ミリメートルに至るまでの乱流運動を高精度で解像する計算手法を用いています。このような計算はもちろんノートパソコンのような小さな計算機で行うことは不可能なので、理化学研究所の京コンピュータや海洋研究開発機構の地球シミュレータ、名古屋大学や核融合研究所のFX100 といった、最先端のスーパーコンピュータを利用させて頂いています。

 今回の研究成果ではこれらスーパーコンピュータの助けを借りて、初期に10マイクロメートル程度の大きさの水滴が凝縮や衝突によって数百マイクロメートルまで成長していく、雨粒形成の初期段階を再現することに成功しました。更に、乱流(流れ場の揺らぎ)の影響が強いほど雨粒の初期形成が加速されることや、揺らぎ自体も水滴の影響を受けることを明らかにしました。図3は今回の研究成果で再現された雨粒の成長の様子の一例を示しています。

fig3.png

  図3:雲マイクロ物理シミュレータによって再現された水滴の成長の一例。
     白い点は水滴を、青い色は水蒸気を表す



今後の展開

 以上のように、雨粒形成の初期段階を第一原理に基づく直接数値シミュレーションによって再現できるようになりました。今後はエアロゾルの活性化による雲粒の形成や、乱流の強度を考慮した衝突など、より現実的な過程の導入を行うと共に、気象観測や室内実験、既存のモデルとの比較を通じて雲内の物理を明らかにし、雲パラメタリゼーションの改良および気象予測の精度向上に貢献していきたいと考えています。また、相変化を伴う微小液滴と気体混合のシミュレーション技術は、エンジン内燃焼や熱交換器、結晶成長過程解析など様々な工学上の問題へも応用が期待されます。

研究協力者

 以下を含む学生の方々にご協力いただきました。

 ・畑中祥吾 (2012年卒業):乱流スカラー輸送ハイブリッドコード開発 
 ・鈴木祐有紀(2012年卒業):雲マイクロ物理シミュレータコードプロトタイプ開発
 ・杉本大輝 (2012年卒業):並列化粒子追跡コード開発
 ・末廣保  (2015年卒業):DNSモデルとパーセルモデルの結合
 ・永井一輝 (2016年卒業):水滴の衝突アルゴリズム開発
 ・阿部隼也 (2017年卒業):情報落ちに伴うスカラー分散スペクトルの誤差の発見



※本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(15H02218)、革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCIhp160085, hp170189)、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点事業(JHPCNjh170013)、海洋研究開発機構の支援を受けています。


引用論文

I. Saito and T. Gotoh, "Turbulence and cloud droplets in cumulus clouds", New J. Phys., 20, 023001, 2018, DOI: 10.1088/1367-2630/aaa229

A. H. Trabesinger, "Turbulent rain", Nature Phys., 14, 206, 2018, DOI: 10.1038/s41567-018-0084-1


●研究成果のウェブサイト

New Journal of Physics の論文

Nature Physics の記事


●研究者のウェブサイト

後藤俊幸教授

齋藤泉助教


この情報は研究支援課が提供しています。

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