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パワーデバイス材料SiCの電気特性を世界最高の空間分解能で測定する装置を開発

カテゴリ:プレスリリース|2020年09月09日掲載


発表のポイント

〇 パワーデバイス材料シリコンカーバイド(SiC)の電気特性の分布を光の強度で測定する装置を新たに開発した。
〇 開発した装置で得られた空間分解能は3ミクロンと従来の報告値を超え世界最高であった。
〇 SiC中の微細な電気特性の分布を可視化し、高性能なSiCデバイスの製造およびコスト削減につなげることができる。

概要

 大電力の電圧変換に用いられるパワーデバイス(※1)として、シリコンカーバイド(SiC)(※2)という結晶材料の採用が期待されています。大きな電力を制御するパワーデバイスを作るには、SiC結晶内部の電気特性の分布を制御する必要がありますが、微細な電気特性の分布を可視化することは従来できませんでした。
 本学大学院工学研究科の加藤正史准教授の研究グループは、富士電機株式会社、一般財団法人電力中央研究所、昭和電工株式会社および国立研究開発法人産業技術総合研究所の研究グループと協力して、SiC中の電気特性の微細な分布を3ミクロンという世界最高の空間分解能(※3)で測定する技術を確立し、装置を開発しました。この測定技術はSiCパワーデバイス内部の構造が、設計通りに作製されているかの可視化を容易にし、SiCパワーデバイスの高性能化につながります。

(※1)パワーデバイス:大きな電流を流したり、止めたりすることができる半導体素子。半導体で作られたダイオードやトランジスタにおいて、許容できる電流・電圧が大きいものを指す。
(※2)シリコンカーバイド(SiC):ケイ素と炭素の化合物である半導体材料。SiCを用いれば従来の半導体材料であるSiに比べて、性能の高いパワーデバイスを製造することが可能となる。一方で、材料の価格や製造歩留まりが低く、コストが高いという課題がある。
(※3)空間分解能:どの程度まで細かい空間の情報を得ることができるかを示す能力値。値が小さいほど性能が高い。

研究の背景

 電車や自動車の速度の制御や、送配電系統の電圧の変換には半導体素子であるパワーデバイスが用いられます。そのようなパワーデバイスを作るための新規結晶材料として、シリコンカーバイド(SiC)の利用が期待されています。すでにSiC結晶によるパワーデバイスは次世代の新幹線などに採用されるなど、一部の分野で実用化が始まっており、大幅な消費電力の削減が報告されています。しかしながら、発電所から送電される電力などの電力インフラにおいては、さらに大きな電力の電圧変換する大電力パワーデバイスが必要です。そのような大電力パワーデバイスの性能を最大限発揮させるには、結晶内部の電気特性の分布を制御する必要がありますが、パワーデバイス作製後の分布が実際に設計通り制御されているのかを可視化することは困難でした。

研究の内容・成果

 本研究では、0.65という開口数(※4)の大きい対物レンズを通して、電子と正孔(※5)を作る波長の短いレーザー(355 nm)と、電子と正孔により吸収される波長のレーザー(405 nm)を集光してSiCに照射する装置を開発しました。図1に装置構成の概念図を示します。電子と正孔の量の時間変化、つまり電気特性の時間変化は、透過する405 nmの光の強度の時間変化により測定できます。光を絞ることができる開口数の大きい対物レンズを使用することと、波長405 nmという比較的短い波長の光を使うことで、狭い領域のみの電子と正孔の量を観測できることが、この装置の特徴です。

(※4)開口数:レンズの性能を示す数値。値が大きければ光を集中させる度合が高くなる。
(※5)電子と正孔:半導体中で電流を運ぶ粒子。これらの量が多いほど電気が流れやすい。

図1.png

図1. 高い空間分解能でSiCの電気特性を測定する装置の概念図。1 ナノ秒パルスで発振する波長355 nmレーザーと、波長405 nmの連続波(CW)レーザーとを、開口数0.65を有する対物レンズを通してSiCサンプルに照射して、サンプルを透過してくる405 nmの光の強度を読み取って電子と正孔の消える速さを測定する。

 本研究で測定したSiCサンプルは、図2に示すp型とn型領域を有するダイオード構造のものです。そのうち一つのサンプルには内部に意図的にバナジウムという不純物元素を入れた厚さ11ミクロンの薄い層を入れて、電子と正孔の消える速度が速く、周辺とは電気特性の異なる部分の形成を試みました。この層があることにより、ダイオードがオンからオフに変わるときの電力消費が少なくなり、ダイオードの性能を高めることが期待できます。ただし、その層で実際に電子と正孔が速く消えているかは、従来確認できていませんでした。
図2r.png
図2. 測定したサンプルの断面構造図。n+型基板の上にn+型→n型→p型→p+型という構成となっており、ダイオードとして機能する。(b)のサンプルではn型領域の中にバナジウム(V)のある層(N/V ドープ層)を入れており、ダイオードの性能を上げている。


 図3(a)は二次イオン質量分析法(※6)により図2(b)のサンプル内部のバナジウムの量を測定した結果で、設計通り11ミクロンの幅でバナジウムが入っていることがわかります。図3(b)は本研究で開発した装置により図2(a)と(b)のサンプル中の電子と正孔の消える速さ(1/eライフタイム: 値が小さいほど速いことになる)の分布を測定したものです。バナジウムを入れていない図2(a)のサンプルでは均一な分布となっていますが、バナジウムを入れた図2(b)のサンプルではバナジウムが入っている層で小さい1/eライフタイムの値を示すことがわかりました。つまり、サンプルの電気特性は設計された通りの分布を有していることが可視化できました。また、この結果から開発した測定装置の空間分解能はおよそ3ミクロンということがわかりました。
 また、開発した装置では高い空間分解能での測定のみならず、測定条件を調整することで電子と正孔の消える速さの正確な値を見積もることができます。

(※6)二次イオン質量分析法:材料に加速したイオンをぶつけて、材料の中の元素をイオンとしてはじき出し、それを検出することにより、材料中の元素の分布を測定する手法。

図3R.jpg

図3. (a)バナジウムを入れたサンプルでのバナジウムの量の深さ分布。X=0が図2のp+型の表面であり、表面から深さ22-33ミクロンの位置に11ミクロンの幅でバナジウムが入っていることがわかる。(b)電子と正孔が消える速さを示す1/eライフタイムの深さ分布。挿入図はバナジウムを入れた層周辺の詳細な1/eライフタイム深さ分布。バナジウムの入っている深さ22-33ミクロンの位置で、1/eライフタイムが小さくなっていることがわかる。また、1/eライフタイムが均一な位置から極小値の位置までの距離から、空間分解能が3ミクロンであることがわかる。

社会的な意義

 開発した装置により、SiC内部の電気特性の微細な電気特性の分布を可視化できます。本研究ではSiCダイオード内部のバナジウム導入の効果を可視化しましたが、他の要因によるSiCの電気特性の分布も可視化可能です。したがって、この技術はSiCパワーデバイスの開発・製造において重要な情報源を提供できるものであり、SiCパワーデバイスの高性能化および製造コスト削減につながるものです。

今後の展開

 開発した装置をSiCパワーデバイス研究開発に適用することで、高性能・低価格な大電力SiCパワーデバイスの市場販売につながることが期待できます。さらには大電力SiCパワーデバイスが普及することにより、将来的には電力インフラでの消費電力の削減が可能となります。

 本研究は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラムおよび国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業「地域産学バリュープログラム」の支援をもとに、富士電機株式会社、一般財団法人電力中央研究所、昭和電工株式会社および国立研究開発法人産業技術総合研究所の共同研究により実施しました。

論文情報

論文名:"Observation of carrier lifetime distribution in 4H-SiC thick epilayers using microscopic time-resolved free carrier absorption system"
著者名:K. Nagaya, T. Hirayama, T. Tawara, K. Murata, H. Tsuchida, A. Miyasaka, K. Kojima, T. Kato, H. Okumura, M. Kato
掲載雑誌名:Journal of Applied Physics 
公表日:2020年9月8 日
doi: 10.1063/5.0015199
URL:https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0015199

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
電気・機械工学専攻 
准教授 加藤 正史
Tel:052-735-5581
E-mail:kato.masashi[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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