放射光を利用することにより熱電変換性能に関係する歪の観測に成功 ― 歪を利用した新たな熱電変換材料の開発に期待 ―
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カテゴリ:プレスリリース|2020年11月16日掲載
名古屋工業大学
名古屋大学
発表のポイント
〇 放射光による精密な構造解析とスーパーコンピューターによる大規模な結晶構造のシミュレーションの組合せにより、熱電変換材料中に存在するわずかな欠陥原子周辺の歪の観測に成功しました。
〇 製鉄所などの高温排熱を効率よく電気に変換することができるハーフホイスラー化合物の高い変換効率は、材料中の欠陥原子周辺の歪が関係していることを世界で初めて明らかにしました。
〇 本技術を用いて、"欠陥原子周辺の歪の制御"を利用した新たな熱電変換材料の開発が期待できます。
概要
工場や自動車から排出される熱を電気に直接変換させることができる熱電変換発電(注1)は、電気を発電する際に二酸化炭素を排出しないことから、脱炭素社会の移行および持続可能な社会を実現するためのカギとなるクリーンな発電技術として注目を集めています。
製鉄所やごみ焼却所から排出される高温排熱用の熱電変換材料の候補であるハーフホイスラー化合物の高い熱電変換性能のしくみは、結晶構造中の隙間に原子が侵入するという欠陥原子が関係していると予言されており、これまでに欠陥原子の存在は確認されてきました。しかし、その欠陥原子周辺の結晶構造は分かっていなかったため、実際に高い熱電変換性能に原子欠陥がどのように寄与しているかは明らかにされていませんでした。
そこで、名古屋工業大学大学院工学研究科物理工学専攻の宮崎秀俊准教授及び西野洋一教授、名古屋大学の曽田一雄名誉教授(研究当時:同大学大学院工学研究科教授)らを中心とした研究グループは、あいちシンクロトロン光センターの放射光X線を利用したX線吸収微細構造(XAFS)(注2)と自然科学研究機構・計算科学研究センターのスーパーコンピューターによる大規模な結晶構造のシミュレーションを組み合わせることにより、高い熱電変換性能を持つハーフホイスラー化合物NiZrSn合金中に存在する歪の観測に世界で初めて成功し、高い熱電変換性能のしくみを説明することができました。これは、"欠陥原子周辺の歪の制御"という新しい熱電変換材料の開発につながる成果であり、今後、工場や自動車からの排熱を効率よく電気に変換可能な熱電変換材料の開発が期待できます。本研究で開発された結晶構造中のわずかな歪の観察技術は、他の材料にも適用可能な方法です。将来、次世代スピントロニクス材料などにも本研究成果を適用することにより、新たな機能性材料開発へと進展することが期待されます。
研究の背景
工場や自動車において化石燃料を燃焼させた際に生じる熱エネルギーは約30%程度しか利用されておらず、それ以外の熱エネルギーは排熱として捨てられているのが現状です。また、排出される二酸化炭素は、温室効果ガスとしてよく知られており、現在、二酸化炭素の削減による脱炭素社会への移行と持続可能な社会づくりが急務となっています。そのため、これまでは使われることなく捨てられてきた熱エネルギーをエネルギーとして再利用するエネルギーハーベスティング技術が注目されています。熱電変換発電では、材料の両端に温度差をつけることにより、材料が熱を電気に変換することができる技術です。熱電発電の際には、二酸化炭素を一切、発生させずに電気を生み出すため、クリーンな発電方法として、世界中で活発な研究・開発がなされています。図1に示すように、自動車のエンジン部から排出される熱を電気に変換して再利用したり、人間の体温と外気との温度差を利用したIoTセンサー用の永久電源として利用することができると期待されています。
500℃以上の高温で高い熱電変換性能を持つ材料であるハーフホイスラー化合物は1970年代から盛んに研究されており、工場用排熱発電システムなどで実用化が進められてきました。しかしながら、この材料における高い熱電変換性能は、結晶中に存在する隙間(空孔)に原子が欠陥として侵入することに関係していることが理論的に予言されてきたものの、その欠陥原子の存在はこれまでに確認されてきましたが、欠陥原子周辺の詳細な構造は明らかになっていませんでした。そのため、欠陥原子周辺の詳細な構造を知ることができれば、この材料の高い熱電変換性能のしくみが明らかになり、新しい材料開発手法の提案につながると期待されてきました。
研究の内容・成果
そこで、本研究では高い熱電変換性能を有するハーフホイスラー化合物NiZrSn合金に注目しました。
正確な欠陥原子周辺の原子位置を調べるためには約100原子という多くの原子を含んだ合金を計算する必要があります。そこで、自然科学研究機構・計算科学研究センターのスーパーコンピューターを用いた大規模なシミュレーションを行った結果、欠陥原子周辺の原子は、1 %程度、歪んでいる構造になっていることが明らかになりました(図2)。
図2. 欠陥が存在しない理想的なハーフホイスラー化合物NiZrSn合金(左)。コンピューターシミュレーションにより予測された空孔にNi原子が侵入することにより結晶構造の一部が歪んだハーフホイスラー化合物NiZrSn合金(中央)と原子位置のずれ(右)。
また、合金中に含まれている任意の元素の周辺原子の結晶学的な情報を調べることができる放射光X線を利用したX線吸収微細構造(XAFS)を測定した結果、図3に示すように先のシミュレーションにより予測された欠陥原子周辺の歪を考慮したハーフホイスラー化合物NiZrSn合金の理論的なXAFS測定の結果とほぼ一致しており、この合金では欠陥原子周辺の結晶構造に歪が生じていることが分かりました。ハーフホイスラー化合物において欠陥原子周辺の歪を実験的に直接観測したのは世界初であり、この歪の存在が高い熱電変換性能つまり「材料中に温度差を加えた際に大きな電圧を生み出すが熱は伝えにくくする」、というしくみに関与していることが明らかになりました。
図3. ハーフホイスラー化合物NiZrSn合金のZrおよびNi K吸収端におけるXAFS測定の実験値と欠陥原子により周辺の結晶構造が歪を考慮した際のXAFS測定の理論値。
社会的な意義
脱炭素社会の移行と持続可能な社会の実現のために、現在、捨てられている排熱を有効に活用することができる熱電変換発電技術の更なる高性能化が望まれています。その実現のためには新材料の開発が必要不可欠です。今回、観察に成功した熱電変換材料中の欠陥原子周辺の歪の観察は、新しい熱電変換材料の実現に役立つものであり、今後、この歪の構造を積極的に活用したより高性能な新たな熱電変換材料の実現が期待できます。
今後の展望
本研究で開発された結晶構造中のわずかな歪の観察技術は、他の材料にも適用可能な方法です。今後、他の機能性材料にも本研究成果を適用することにより、新たな機能性材料開発へと進展することが期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(C)、名古屋大学シンクロトロン光研究センター・あいちシンクロトロン光センター利用支援制度および自然科学研究機構・計算科学研究センター施設利用制度の支援を受けて実施されたもので、ネイチャー・パブリッシング・グループの学術誌「サイエンティフィックレポート(Scientific Reports)」オンライン版に11月13日付(日本時間19時)で掲載されました。
用語解説
(注1)熱電変換発電:材料の両端に温度差を加えた際には、ゼーベック効果により材料の両端には電位差が生じる。この電位差を利用した発電方法が熱電変換発電である。発電のための駆動部を持たないため、メンテナンスフリーであり、発電の際に二酸化炭素を生じないため、クリーンな発電方法として注目されている。
(注2)X線吸収微細構造(XAFS):各元素には、元素固有のX線を特に吸収するエネルギー(吸収端)が存在し、放射光のような連続的なエネルギーを持つX線を用いた場合にはX線吸収スペクトルが得られる。このX線吸収スペクトルを解析することにより、周辺原子の数や距離などの局所的な結晶構造の情報を得ることができる。
論文情報
論文名:Probing Local Distortion around Structural Defects in half-Heusler thermoelectric NiZrSn Alloy
著者名:Hidetoshi Miyazaki, Osman Murat Ozkendir, Selen Gunaydin, Kosuke Watanabe, Kazuo Soda, Yoichi Nishino
掲載雑誌名:Scientific Reports
公表日:2020年11月13日
doi:10.1038/s41598-020-76554-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-020-76554-9
問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学大学院工学研究科 物理工学専攻
准教授 宮崎 秀俊(みやざき ひでとし)
TEL:052-735-5394 E-mail:miyazaki[at]nitech.ac.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647 E-mail:pr[at]adm.nitech.ac.jp
名古屋大学 管理部総務課広報室
TEL:052-789-3058 E-mail:nu_research[at]adm.nagoya-u.ac.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。
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