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藍色光に応答するチャネルロドプシンの発見 ~新たな光遺伝学ツールとしての応用に期待~

カテゴリ:プレスリリース|2021年02月24日掲載


発表のポイント

〇 光を受けるとイオンを輸送するタンパク質であるチャネルロドプシンについて、これまでにない短波長光(藍色光)で働くチャネルロドプシンを発見した。
〇 この新たなチャネルロドプシンはカルシウムイオンを効率よく輸送することを見出した。
〇 この分子をオプトジェネティクス研究に応用することで、うつ病やアルツハイマー病などに関わる脳神経メカニズムの解明などが期待される。

概要

 本学オプトバイオテクノロジー研究センターの神取秀樹教授、角田聡特任准教授、細島頌子特任助教、及び本学大学院工学研究科の田代凛太郎氏(生命・応用化学専攻)らは、インド、ジャワハルラール・ネルー大学のスニール・カテリヤ教授との国際共同研究により、これまでにない短波長の光(藍色光)で働くイオンチャネル分子(チャネルロドプシン)を、藻類の一種である車軸藻(Klebsormidium nitens)から発見しました。
 ロドプシンは光のエネルギーを使って働くタンパク質であり、動物や微生物の生体内で視覚情報の伝達や、光によるイオンの輸送などを行っています。中でも藻類が持つチャネルロドプシン分子は光スイッチ型イオンチャネルとして機能しており、細胞内外のイオン輸送を担っています。チャネルロドプシンは、脳神経回路を調べる光遺伝学(オプトジェネティクス)と呼ばれる技術への応用、さらに視覚再生などの医療応用について高い注目を集めています。これまでに知られてきたチャネルロドプシンの多くは青緑光(470 nm付近)や、黄緑光(540 nm付近)の光を当てることで機能する分子でした。今回発見された新たなチャネルロドプシン(KnChRと命名)は、藍色光である430 nmという短波長で機能することが判明しました(図1)。
 また、このKnChRは従来のチャネルロドプシンに比べ、カルシウムイオンをより選択的に輸送することが判明しました。
 今後、藍色光を利用した神経ネットワークのオプトジェネティクス研究が可能となります。これによりうつ病などの精神疾患、心臓病、筋ジストロフィーなどの筋疾患メカニズム解明、さらには新しい治療法の開発につながることが期待されます (図2)。

 本研究成果は英国のオンライン科学雑誌「Communications Biology」誌(2021年2月23日付)に掲載されました。

図1.jpg図2.jpg

研究の背景

 私たちの眼は、どのように外部からの視覚情報を受容しているのでしょうか?それには、目の網膜に存在するロドプシンと呼ばれるタンパク質が重要な役目を担っています。このタンパク質は目に入ってくる光を受け取り、それを電気信号に変換することで、視覚情報として脳へと伝えているのです。
 一方で、微生物であるクラミドモナスやボルボックスといった緑藻の仲間には、目のような働きをする器官を持つものがいます。なぜなら、これら微生物にとっても生存のために外部からの光情報が重要だからです。クラミドモナスやボルボックスはその細胞内に「眼点」と呼ばれる器官を持ち、光を感じています。この眼点にもロドプシンが存在します。しかし、微生物においては、ロドプシンは動物の持つロドプシンとは異なる働きをします。微生物のロドプシンは光を受け取ると細胞の外から中へ、または中から外へと陽イオンや陰イオンを運びます。特に、クラミドモナスの持つロドプシンはチャネルロドプシンと呼ばれ、陽イオンを輸送することで細胞内外の電気的バランスを変化させます。クラミドモナスのチャネルロドプシンは青緑色(470 nm)の光に最もよく応答します。一方、ボルボックスが持つチャネルロドプシンは黄緑色光(550 nm)に応答します。
 チャネルロドプシンは、神経細胞や筋肉細胞など動物の細胞へ人工的に導入することができます。すると、光を当てると細胞へイオンが取り込まれ、「活動電位」と呼ばれる電気パルスが発生し、これら細胞を光で働かせることができます。このような手法は光遺伝学(オプトジェネティクス)と呼ばれます。オプトジェネティクスを使うことで、複雑な脳神経ネットワーク同士のつながりや、ネットワーク間での情報のやり取りの様子などを明らかにすることが可能となります。さらには、脳における記憶形成のメカニズムや、アルツハイマー病、うつ病などの疾患研究にも応用されています。
 一方、心筋などの筋肉細胞へチャネルロドプシンを導入すると、光照射のタイミングに合わせて心拍ペースをコントロールが可能となることがわかっており、心疾患研究への応用も期待されています。

研究の内容・成果

 車軸藻(Klebsormidium nitens)は淡水から汽水に生息する多細胞藻類で、進化的には陸上植物に最も近縁な藻類と言われています。我々は、この車軸藻のゲノムに着目しました。そしてゲノム中の、クラミドモナスのチャネルロドプシン遺伝子と類似の遺伝子の存在に気づきました。そこでこの遺伝子をKnChRと名付け、その働きを調べることを試みました。KnChRを哺乳類細胞へ導入し、パッチクランプ法という手法を用いることで、KnChRも光に応答して陽イオンを運ぶチャネルロドプシンタンパクであることが判明しました。さらに良く調べると、KnChRは藍色光(430 nm)に最もよく応答し、陽イオンを輸送しました。このことからKnChRは今まで知られているチャネルロドプシンの中でも最も短波長に応答する分子であることが判明しました(図3)。さらに運び込むイオンの種類にも大きな特徴がありました。通常、チャネルロドプシンは水素イオンやナトリウムイオンなどをよく運びますが、加えてKnChRはカルシウムイオンも効率よく透過することがわかりました(図4)。
 また、イオンチャネルが働く時間(チャネル寿命)についても特徴がありました。即ち、KnChRタンパクの大きさと相関があり、タンパク質を短くすればするほどチャネル寿命が10倍程度まで長く延長できるという性質を持っています(図5)。これにはタンパク質中の2つの特定のアルギニンというアミノ酸が関与していることを突き止めました。

図3.jpg

 

図4.jpg

 

図5.jpg

社会的な意義

 今回の研究から、車軸藻(Klebsormidium nitens)が光応答性のイオンチャネル(KnChR)を持つことが明らかとなり、それが藍色光に最もよく反応することがわかりました。このことは車軸藻の藍色光を利用した生存戦略を調べる手がかりとなります。また、KnChRを藍色オプトジェネティクスツールとして利用することも可能です。脳神経細胞にKnChRを導入することで、藍色光照射による神経活動の操作が可能なると期待されます。特に、VChR1のような長波長の光に応答する既存のチャネルロドプシンなど、複数のオプトジェネティクスツールを、混在する別種の細胞組織へとそれぞれ特異的に導入することで、多色光による複数種細胞の光刺激計測が可能になります(図3)。これにより、複雑な脳神経ネットワーク間の機能のより詳細な理解への貢献が見込まれます。さらには、前述した神経疾患や精神疾患メカニズム解明、治療法開発への手助けとなると期待されます。

今後の展望

 今回発見されたKnChRの分子特性は、さらに有用性の高いチャネルロドプシン分子開発につながります。例えばKnChRを遺伝子変異により改変させることにより、より短波長である紫色光に応答するチャネルロドプシンや、よりカルシウムイオンを効率よく運ぶことができるチャネルロドプシン創生にもつながり、新たなオプトジェネティクスツールとしての応用が期待されます。特に、カルシウムイオンは生体内のシグナル伝達と呼ばれる情報伝達機構に重要な役目を担っているイオンです。カルシウムイオンだけを選択的に輸送するチャネルロドプシン分子開発が大いに待ち望まれており、KnChRの改変体開発は極めて重要です。

用語解説

パッチクランプ法:イオンチャネルやイオンポンプなどの膜内在性タンパク質のイオン輸送を検出する手法。

論文情報

論文名:Specific residues in the cytoplasmic domain modulate photocurrent kinetics of channelrhodopsin from Klebsormidium nitens
著者名:Rintaro Tashiro, Kumari Sushmita, Shoko Hososhima, Sunita Sharma, Suneel Kateriya, Hideki Kandori, Satoshi P. Tsunoda
掲載雑誌名:Communications Biology
公表日:2021年2月23日
DOI :10.1038/s42003-021-01755-5
URL :https://doi.org/10.1038/s42003-021-01755-5

 

 本研究成果は、科学技術振興機構(戦略的創造研究推進事業 さきがけ「生命機能メカニズム解明のための光操作技術」およびCREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」)、文部科学省科学研究補助金(基盤研究(A)および基盤研究(C))などの支援を受けて行われました。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科 生命・応用化学専攻
オプトバイオテクノロジー研究センター
教授 神取 秀樹(かんどり ひでき)
TEL:052-735-5207 E-mail:kandori[at]nitech.ac.jp

名古屋工業大学
オプトバイオテクノロジー研究センター
特任准教授 角田 聡(つのだ さとし)
TEL:052-735-7421 E-mail:tsunoda.satoshi[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5316
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

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