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フッ素化合物からフッ素のみを除去し分子変換する手法を開発 ― 環境破壊物質から医薬品や電子材料などへの再利用に期待 ―

カテゴリ:プレスリリース|2021年06月21日掲載


発表のポイント

〇 頑丈な有機フッ素化合物のフッ素部位のみを選択的に分解し、分子変換するプロセスを開発
〇 芳香族フッ化物、脂肪族フッ化物など有機フッ化物の種類によらず適応可能
〇 フロンガスやPFOSなど環境破壊物質を分解し、医薬品や電子材料など有用材料への再利用に期待

概要

 本学大学院工学研究科の周 军研究員、蒋 冰瑶氏(研究当時 生命・応用化学専攻大学院生)、冨士平 和氏(工学専攻生命・応用化学系プログラム大学院生)、赵 正宇氏(共同ナノメディシン科学専攻大学院生)、今井 宇紀氏(研究当時 生命・応用化学専攻大学院生)、柴田 哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および生命・応用化学専攻)の研究グループは、丈夫で堅牢性の高い有機フッ素化合物を精密分解し、医薬品や農薬、電子材料の製造に利用できる物質に変換する新しいプロセスを開発しました。

 この手法の開発により、これまで問題となっていた使用済みのフッ素物質からフッ素を除去し、有用な非フッ素物質に変換して再利用する道が開けると期待できます。

 本研究成果は、2021年6月18日(日本時間18時)にNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景 

 有機フッ素化合物は私たちの身の回りの至るところにあります。テフロン®(Teflon®)に代表されるフッ素樹脂は医療材料、自動車関連材料など様々な用途で使用されています。フッ素含有医薬品は約350種類であり、医薬品全体の20%を占めます。抗インフルエンザ薬で、新型コロナウイルス感染症治療薬としての期待がかかるアビガンもそのひとつです。スマートフォンに使われる液晶や有機ELなど機能性材料もフッ素化合物です。このように現代社会において、フッ素(*1)は必須の元素であり、フッ素を使用したファインケミカル産業は拡大し続けています。一方、 20世紀には夢の材料といわれたものの、今では環境破壊物質となってしまったフロンガス(*2)、界面活性剤や塗料、消化剤など幅広い分野で使用されたものの、食物連鎖を経て生物体内に濃縮されてしまうPFOAやPFOS(*3)も有機フッ素化合物です。フッ素化合物の特徴は、良くも悪くもその堅牢性にあります。実はこの堅牢性が故に分解が難しく、使用済みの有機フッ素材料を廃棄、分解処理することは困難です。今回、柴田教授らは、含フッ素有機化合物中におけるフッ素部分だけを識別して除去し、フッ素を持たない別の物質に変換する分子変換反応(*4)を発見しました(図1)。

図1 - コピー.jpg

図1.フッ素化合物からフッ素を選択的に除去し、新物質に変換するプロセス(本発明)

研究の内容・成果

 本発明の最大の特徴は、含フッ素有機化合物の構造の差異によらず、高い一般性でフッ素部位のみを分解することができる点にあります。とりわけ有機分子中に様々な種類の官能基が存在しても、それらに影響を与えることなく、フッ素部位のみを切断し、分子変換できます(図2)。そもそもフッ素と炭素の結合 (C-F結合)は炭素がつくりうる共有結合の中でもっとも強固です。そのためにフッ素を取り除く操作、即ち、C-F結合を切断するには、強いエネルギーが必要です。従って、C-F結合を切断しようとすると、それ以外の化学結合も分解されてしまうので、結果的に物質自体がバラバラになってしまい、再利用することは困難です。柴田教授らは、ボロンやケイ素、カリウムを用いた電子移動反応を駆使することによって、もっとも強固なC-F結合のみを分解することに成功しました(図3)。

図2 - コピー.jpg

図2.フッ素部位のみを切断し、その他の部分には影響を与えない(本発明)

 

図3 - コピー.jpg図3.電子移動反応によるフッ素化合物から、非フッ素化合物への分子変換反応(本発明)

社会的な意義

 本手法を用いると、様々なフッ素化合物を、直ちに非フッ素化合物に分子変換できます。冒頭にも述べたように医薬品や材料をはじめ、有機フッ素化合物は私たちの身の回りの至るところにあります。本手法により、入手容易な含フッ素有機化合物を、非フッ素有機物質に簡便に変換することができるため、材料合成や医薬品開発における新しい手段になると考えています。また、環境破壊物質であるフロンガスやPFOA、 PFOSは、再利用が難しいうえ廃棄も困難であるため、そのまま保管している状況にあります。本技術を適応することにより、これらの再利用の道が開けると期待できます。フッ素化合物を取り扱う産業において、積極的に利用されることを願います。

今後の展望

 本手法を用いてテフロン®(Teflon®)などのフッ素樹脂の分解を達成することが次の目標です。環境と共存するフッ素化学を目指して展開していきます。

 

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究B「フッ素化学:未解決課題の顕在化と方略」(代表者:柴田哲男)、「化学結合切断と双性イオンの発生、反応性制御に基づく中員環分子群のモジュール合成」(代表者:柴田哲男)等の支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)フッ素:ハロゲン族(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I)の一つの元素。医薬品、農薬や電子材料の製造に用いられる。歯磨き粉やテフロン性フライパンにも使用されている。

(*2)フロン:CFC(クロロフルオロカーボン)、代替フロンHCFC (ハイドロクロロフルオロカーボン)や HFC(ハイドロフルオロカーボン)などの総称であり、20世紀の夢の物質として冷媒や洗浄剤として世界的に流通した。しかし1987年のオゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書でCFCの使用が規制され、モントリオール議定書第28回締約国会議(MOP28)「キガリ改正(2016年10月採択)」ではHCFC や HFCも段階的削減が決定した。

(*3)PFOA、PFOS:PFOA(ペルフルオロオクタン酸)およびPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は、高い親水性・親油性により界面活性能が高く、塗料や消化剤など幅広い分野で使用された。しかし、世界各地の野生生物中にPFOA、 PFOSが高濃度に検出されたことから、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)第4回締約国会議(2009年5月)にて、当該条約の附属書AおよびB(条件付き使用)に追加されている。

(*4)分子変換反応:有機合成反応において、あるユニットを別のユニットに置き換える反応一般。

論文情報

論文名:Catalyst-free carbosilylation of alkenes using silyl boronates and organic fluorides via selective C-F bond activation
著者名:Jun Zhou, Bingyao Jiang, Yamato Fujihira, Zhengyu Zhao, Takanori Imai, and Norio Shibata *(*責任著者)
雑誌名:Nature Communications
doi: 10.1038/s41467-021-24031-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-021-24031-w

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田 哲男
Tel: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5316
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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