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ジフルオロメチル基を持つ光学活性ジオキサンの合成 ― 新しいフッ素医薬品開発への応用へ期待 ―

カテゴリ:プレスリリース|2022年04月15日掲載


発表のポイント

〇 ジフルオロメチル基を有する光学活性ジオキサンを単純な原料から一挙に合成する手法を開発
〇 新しいパラジウム触媒を開発することにより高エナンチオ選択性を達成
〇 新しいフッ素医薬品の開発に期待

概要

 名古屋工業大学大学院工学研究科の宇野 寛人氏(研究当時:共同ナノメディシン科学専攻3年)、川井 孔貴氏(共同ナノメディシン科学専攻1年)、荒木 泰地氏(工学専攻生命・応用化学系プログラム1年)、柴田 哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および工学専攻(生命・応用化学分野))、株式会社リガクの城 始勇氏の研究グループは、ジフルオロケトン類から、医薬品候補化合物として魅力的な光学活性(*1)1,3-ジオキサン(*2)を、立体選択的に一挙に構築する新たな化学合成手法を開発しました。
 この手法の開発により、これまで困難とされてきたジフルオロメチル基を有する光学活性フッ素化合物が簡便に合成可能となり、新しい医薬品の探索研究への応用が期待されます。
 本研究成果は、2022年4月15日にドイツ化学会(German Chemical Society,GDCh)の国際学術誌「Angewandte Chemie International Edition」(Impact Factor: 15.336 (2020))のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景 

 フッ素(*3)原子は、至るところで私たちの生活を支えています。中でも有機フッ素化合物は医薬品の材料として多用されており、医薬品全体の約20%フッ素系医薬品です。フッ素は医薬品化合物の化学構造に導入すると、生理活性に関わる性能を劇的に向上させることが多々あるためです。抗HIV薬のエファビレンツやコロナウイルス治療薬デキサメタゾン、抗マラリア薬のメフロキンなどが代表例として挙げられます。しかしながら、有機フッ素化合物の化学合成は、フッ素が誘引する特異な性質のため一筋縄ではいかないことが多く、簡便で信頼性の高いフッ素化合物の合成法の開発が望まれています。とりわけ、医薬品開発には不可欠である光学活性フッ素化合物の合成手法の開発は難易度が高く、挑戦的な課題であると言えます。
 フッ素官能基の中でもジフルオロメチル基(-CF2-)はカルボニル基やスルホニル基、エーテル結合の生物学的等価体(*4)として作用するため、創薬研究において有用なツールとして利用されています。これまで、ジフルオロメチル基を有する化合物の合成法はいくつか報告されていますが、不斉炭素(*5)、特に環状骨格上の四置換不斉炭素にジフルオロメチル基を有する化合物の合成は残された課題でした。
 今回、柴田教授らは、独自に設計したパラジウム触媒を用いて、合成容易なジフルオロメチルケトンから合成困難なジフルオロメチル基が不斉炭素に導入された光学活性ジオキサン類を簡便に合成する手法を開発しました(図1)。ジオキサン骨格は医薬品開発には重要な骨格の一つです(図2)。本手法は、医薬品候補化合物として魅力的な光学活性ジオキサン骨格上にジフルオロメチル基を持つ化合物を一挙に構築することができ、新たなフッ素医薬品開発に向けた強力なツールとなることが期待されます。

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図1.ジフルオロメチル基を有する光学活性ジオキサン(本発明)

 

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図2.光学活性ジオキサン骨格を有する生理活性物質

内容

 本発明の成功の鍵は、反応剤としてアルキリデントリメチレンカーボネート(ADTMC)と、新しく設計したパラジウム触媒を用いたことにあります(図3)。ADTMCを用いた反応自体は10年前に報告されていましたが、複数の反応点を有することから立体制御が難しく不斉反応への応用は未開拓でした。そこで徹底的なパラジウム触媒のスクリーニングにより触媒構造と選択性の相関を明らかにし、それらを基に新たな触媒をデザインすることで複数の反応点や立体選択性の完全制御に成功しました。本反応は多様なジフルオロメチルケトン類に適用可能であり、簡単な操作で精密に立体構造を制御された光学活性ジフルオロメチルージオキサン類を得ることができます。また、本手法で得られた新しいジオキサン類は様々な化学変換反応を施すことが可能であり、医薬品候補化合物の合成への利用が期待できます(図4)。

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図3.新しくデザインした触媒によって位置選択性、立体選択性の完全制御を実現(本発明)

 

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図4.合成したジフルオロメチル基を有する光学活性ジオキサン類(本発明)

社会的な意義

 本手法を用いると、入手容易なジフルオロメチルケトン類から、これまで合成困難であったジフルオロメチル基を四置換不斉炭素持つジオキサン類を完全立体制御して構築することができます。冒頭にも述べたように、ジフルオロメチル基はカルボニル基やスルホニル基、エーテル結合の生物学的等価体として利用されている一方、高度な立体制御を伴ったジフルオロメチル化合物の合成法は未開拓でした。そのため、本研究で得られた光学活性ジフルオロメチル-ジオキサン類はこれまでにない新しい骨格を持つフッ素医薬品の探索研究への応用が期待されます。さらに、今回柴田教授らが開発したパラジウム触媒は、当該反応だけではなく、ADTMCや様々な化合物と組み合わせて反応させることで、複数の不斉炭素を持つ有機化合物の合成展開が期待されます。

今後の展望

 医薬品や農薬、また機能性材料の合成に展開が期待出来ます。

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究B「化学結合切断と双性イオンの発生、反応性制御に基づく中員環分子群のモジュール合成」(代表者:柴田哲男)等の支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)光学活性:例えば手袋の右手と左手のように、図形や物体、分子などが自身の鏡像と重ね合わせることができない性質を光学活性といい、その性質を持つ化合物を光学活性体という。

(*2)ジオキサン:環状エーテルの一種で、医薬品化合物や生物活性物質にしばしば含まれる、有機分子の黄基本骨格の一つ。

(*3)フッ素:ハロゲン族(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I)の一つの元素。医薬品、農薬や電子材料の製造に用いられる。歯磨き粉やテフロン性フライパンにも使用されている。

(*4)生物学的等価体:医薬分子において生物学的に同じ役割を果たす他の部分構造のこと。薬物の主要生物活性に影響を与えることなく、医薬に含まれる官能基を他のもので置換えることで、医薬特性を改善させる目的で用いられる。

(*5)不斉炭素:有機分子中で4つの異なる置換基が結合した炭素原子のこと。一般にn個の不斉炭素を有する有機分子には2nの光学異性体が存在する。1つの光学異性体を立体選択的に合成する不斉合成は有機合成化学における一大テーマである。

論文情報

論文名:Enantio-, Diastereo-and Regioselective Synthesis of Chiral Cyclic and Acyclic gem-Difluoromethylenes by Palladium-Catalyzed [4+2] Cycloaddition
著者名:Hiroto Uno, Koki Kawai, Taichi Araki, Motoo Shiro, and Norio Shibata *(*責任著者)
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
doi: 10.1002/anie.202117635
URL: https://doi.org/10.1002/anie.202117635

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田 哲男
Tel:052-735-7543
E-mail:nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647       
Email:pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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