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世界最速級の結合組み換えが実現する"ビトリマー性"アクリルゴムを開発 ~アイロンで修復可能な新素材でサステイナビリティに貢献~

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カテゴリ:プレスリリース|2024年10月10日掲載


国立大学法人信州大学
国立大学法人名古屋工業大学

発表のポイント

〇 高速で起こる結合組み換え反応(共役置換反応)を活用した、新型アクリルゴムを開発
〇 架橋ゴムながら、短時間の熱プレスで透明なフィルムを成形可能
〇 破断したフィルムを家庭用アイロンで修復させることも可能
〇 研究成果は国際学術誌「Nature Communications」にてオンライン掲載中

概要

 信州大学学術研究院繊維学系の髙坂 泰弘 准教授(勤務地:先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所/繊維学部化学材料学科、信州大学Rising Star教員1)、名古屋工業大学 生命・応用化学類の林 幹大 助教らの研究チームは、高速で起こる結合組み換え反応(共役置換反応2)を架橋点に組み入れた"ビトリマー3性"アクリルゴムを開発しました。架橋ゴムにもかかわらず、短時間の熱プレスで透明フィルム成形が可能で、破断フィルムも家庭用アイロンで修復することができます(図1)。

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1 開発した新型架橋アクリルゴムの概要

研究の背景 

 架橋アクリルゴム4は耐熱性や耐候性に優れることから、自動車部品やホース、粘接着剤等に利用されています。一方で、慣例的な商用アクリルゴムは、高分子鎖間が強固に連結された架橋構造を持っています。高分子鎖間の連結は加熱してもほどけることはなく、樹脂として溶融することはありません。それゆえに、一旦架橋反応を施した後は、再成形やリサイクルが不可能です。
 この課題解決のため、組み換え可能な架橋構造を導入した高分子「ビトリマー」のコンセプトが研究されてきました。ビトリマーでは、結合組み換えが起こる温度以上では、擬似的な熱可塑性状態(高粘度流動状態)になります。結果として、架橋高分子にもかかわらず、再成形やリサイクル性が発現することが広く報告されています。一方で、既報設計のほとんどの場合、結合の組み換えを十分に活性化させるためには、数分~数時間を要しています。このため、成形加工に長時間の熱プレスを要するなど、実用上の課題がありました。このため、より短時間での結合組み換えを可能にする、化学的アイディアが求められていました。また、真の社会実装には、市販試薬からの合成を可能にする「シンプルな分子設計」も重要になります。 これらの課題を解消するため、 髙坂 泰弘 准教授が蓄積してきた合成的知見と、 林 幹大 助教が蓄積してきたビトリマーに関する材料的知見を融合させ、 2022年より新規分子設計開発を目指してきました。

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2 ビトリマーの概念図と、本研究の開発指針

研究成果の内容

 アリル位に脱離基をもつメタクリル酸エステルは、求核剤と付加-脱離機構に基づく共役置換反応を起こします。本論文では、脱離成分、求核剤をともにカルボン酸とすると、反応が可逆的に進行し、室温でも迅速な結合交換が生じることを見出しました(図3A)。この原理を架橋組み換えに応用すべく、アクリル酸エチル―アクリル酸共重合体に架橋剤6を反応させて、架橋アクリルゴムを合成しました。架橋剤6は、株式会社ケミクレアと髙坂准教授の共同開発品で、同社から市販されています。
 合成した架橋アクリルゴムは、単独では結合組み換えを起こさないため、機能を発現しません。ここに、触媒を適切量添加し、結合組み換えを活性化した結果、熱プレスにより簡便に成形が可能となり(図1:特徴-1)、高い透明度を持つフィルムが得られるようになりました。架橋網目内の結合の組み換え速度は、応力緩和試験5での緩和時間に反映されます。この材料は、結合組み換えが可能な既報のアクリル系架橋高分子と比較して、世界最速級*の緩和時間を示しました(*ビトリマーの応力緩和速度には画一的な評価法が存在しないため、最速「級」としています)。例えば、既報材料では150 °C付近での緩和時間は1001000秒ですが、開発した材料ではわずか2秒です(図1:特徴-3)。すなわち、開発した架橋ゴムでは、結合換え速度が23桁も速いことがわかりました。このような迅速な架橋組み換えは、優れた機能をもたらしました。例えば、切断したフィルムを重ねて、クッキングシートの上から家庭用アイロンで30秒加熱するだけで、切断面が接着・修復します(図1:特徴-2)。また、アクリルガラスやポリエチレンテレフタレート (PET)、アルミニウムに対して短時間処理での接着性を示します(図1:特徴-4)。その他の機能として、開発した架橋ゴムを、2級アミンを含む溶液に浸漬させると、脱架橋できることがわかりました。そのうえ、原料ポリマー(アクリル酸エチル―アクリル酸共重合体)の回収も可能であることから、再資源化も実現できます(図1:特徴-5)。

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図3 共役置換反応に基づく高速カルボン酸交換(A)と、ビトリマー性架橋アクリルゴムへの応用(B)

波及効果と今後の展開

 開発した架橋組み換え技術は分子設計の自由度が高く、主ポリマーの種類や架橋割合を変化させることで、硬さや粘性を自在に調整できます。このため、本研究で開発した架橋技術は、自動車部品から粘接着剤まで、幅広い応用が期待されます。さらに、迅速な応力緩和を利用した防振ゴムや、接着性を利用したコーティング剤、塗料などへの応用も視野に入ります。
 研究チームでは、社会実装に向けて、製造プロセスの改良や、ビトリマー性を示す架橋アクリルガラスの開発を進めています。同時に、架橋組み換えのさらなる高速化など、ビトリマーの性能改良に向けた基礎研究も実施しています。さらに、学術研究と製品開発を同時に進めるため、研究体制の増強を企図しています。基本特許(特許7441526号)は信州大学が単独で取得しており、実用化に向けた開発を支援する企業を募集中です。

用語解説

1. 信州大学 Rising Star 教員
新進気鋭の若手研究者を真の星(スーパースター研究者)に養成することを目的とする、信州大学独自の認定制度。

2. 共役置換反応
ここでは、アリル位に脱離基を有するメタクリル酸エステルと、求核剤の間で生じる反応を指す。溶液中、適切な触媒の存在下において、室温でも数分以内に完結する迅速性をもつ。また、無溶媒でも(固体でも)進行するため、材料化学との相性がよい。

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図4 共役置換反応の反応式。X, Yの構造により、可逆的にも、不可逆的にも進行する

3. ビトリマー
「架橋を解かずに架橋を組み換える」ことができる新型架橋高分子。2011年にフランスESPCI-Paris techのLeiblerらが提唱した。架橋点組み換えによる応力緩和や分子拡散を駆動力に、再成形性やリサイクル性、自己修復性などの機能が報告されている。世界的に注目を集めており、2023年には全世界で300報以上の論文が出版された。なお、vitrimer(ビトリマー)はFONDS ESPCI PARISの登録商標です。

4. 架橋アクリルゴム
アクリル酸エチル、アクリル酸n-ブチル、あるいはアクリル酸2-メトキシエチルを主原料とする架橋ポリマーのこと。

5. 応力緩和試験
試料に瞬間的なひずみを加え、その際に発生する内部応力が、時間とともに減衰する様子を評価する力学試験。内部応力が一定割合まで減衰する時間(緩和時間)は、架橋組み換え速度の指標になります。

研究支援

本研究は、日本学術振興会 科研費 挑戦的研究(萌芽)(20K21219)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(髙坂:JPMJPR22N4、林:JPMJPR23N7)の助成を受けて実施されました。

研究チーム

► 髙坂 泰弘|信州大学学術研究院繊維学系 准教授、信州大学Rising Star教員
(勤務地:先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所および繊維学部化学・材料学科)
► 西家 菜摘|信州大学大学院総合理工学研究科 修士課程 修了(2023年3月卒)
► 川谷 諒 |信州大学繊維学部 特任助教
           (研究当時、現所属:徳島大学大学院 社会産業理工学研究部 助教)
► 手塚 紗英|信州大学大学院総合理工学研究科 修士課程 修了(2022年3月卒)
► 水間 美羽|信州大学大学院総合理工学研究科 修士課程 在学中
► 林 幹大 |名古屋工業大学 生命・応用化学類 助教

論文情報

雑誌名: Nature Communications (Springer-Nature発行)
論文タイトル: Vitrimer-like Elastomers with Rapid Stress-Relaxation by High-Speed Carboxy Exchange through Conjugate Substitution Reaction
著者名: Natsumi Nishiie, Ryo Kawatani, Sae Tezuka, Miu Mizuma, Mikihiro Hayashi, Yasuhiro Kohsaka
公開日: 2024年10月5日
DOI: 10.1038/s41467-024-53043-5
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-53043-5

お問い合わせ先

研究に関すること

信州大学先鋭材料研究所/繊維学部化学・材料学科
髙坂 泰弘 准教授
TEL: 0268-21-5488
E-mail: kohsaka[at]shinshu-u.ac.jp

名古屋工業大学 生命・応用化学類
林 幹大 助教
TEL: 052-735-7159
E-mail: hayashi.mikihiro[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

国立大学法人信州大学 総務部総務課広報室
TEL: 0263-37-3056
E-mail: shinhp[at]shinshu-u.ac.jp

国立大学法人名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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