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月面インフラ構築に向けた世界最高強度を有する建材製造技術を開発 -月面有人探査及び長期滞在に向けたインフラ構築実現へ前進-

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カテゴリ:プレスリリース|2024年12月16日掲載


発表のポイント

〇 マイクロ波真空加熱中における月面模擬砂の化学構造およびマイクロ波応答性変化を詳細に調査し、建材の機械的性能を著しく低下させる熱暴走要因を特定。
〇 推定される反応現象を基にした加熱制御法を新たに考案し、月面模擬砂のみを原料とした世界最高レベルの機械的特性(圧縮強度)をもつ焼成溶融体の真空加熱製造に成功。
〇 月面インフラ構築に向けた高強度建材製造技術の実用化に近づく大きな一歩。

概要

 名古屋工業大学 生命・応用化学類、先進セラミックス研究センターの白井孝准教授、加藤邦彦特任助教らの研究グループは、月面模擬砂のみを用いた高強度建材のマイクロ波真空加熱製造技術を開発しました。高真空中での月面模擬砂の化学構造およびマイクロ波応答性変化等から推定した諸現象を基に新たな加熱制御法を考案し、長年の製造課題であった熱暴走を抑制することで世界最高レベルの圧縮強度を達成しました。月面有人探査や長期滞在ミッションの実現に向けたインフラ構築実現を大きく前進させる重要な研究成果です。  
 本研究成果は、2024年11月15日に国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されました。

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研究の背景

 月面有人探査と長期滞在ミッションの実現に向け、「アルテミス計画」(NASA)をはじめ国内外で様々なプロジェクトが着実に進行しており、2040年頃には宇宙飛行士を中心とする数百人~千人規模の有人滞在が月面で成立することが想定されています。大気が極めて希薄で水が希少資源であることは言うまでもなく、月面の過酷な環境(※1)が大規模な有人探査・長期滞在をより困難なものにしています。また、月面を覆う微細な砂(レゴリス(※2))の存在が、月面車(ローバー)による輸送効率低下や太陽光発電効率低下等を招きます(粉塵被害)。そのため、月面インフラ整備による輸送効率の向上や安全の確保が特に重要です。また、地球からの建材運搬コストを可能な限り抑えるため、月面にある資源を活用した建材製造技術(※3)の確立が喫緊の課題となっています。
 現在までに提案されている建材製造技術は、「①化学反応で固化させる手法」、「②圧縮して押し固める手法」、「③加熱して焼き固める・溶かす手法」に大別されます。中でも、手法③は希少な水資源や月に存在しない添加剤(有機バインダー等)が一切不要で、最高レベルの機械的強度が得られる点において優位性があると考えられています。ただし、極高真空下では、熱対流や熱伝導を利用する従来の電気炉加熱は非効率的とされており、本研究グループはマイクロ波加熱技術に着目しました。マイクロ波加熱技術を用いた月面インフラ整備に関する構想は実は20年以上前から提案されているものの、技術の実用化を妨げる熱暴走が問題となっていました。マイクロ波加熱ではレゴリスを構成するケイ酸塩化合物の加熱溶融および冷却固化により、緻密なガラス構造が形成される一方で、熱暴走を起こし温度制御が困難な状態になると化合物自身の熱分解が顕著になります。熱分解によるガス発生に伴い、急激な膨張が引き起こされて、冷え固まる過程で多孔質構造を形成します(図1)。この現象は特に真空中で観測され、成形時の形状を維持できないだけでなく、建材(焼成溶融物)の機械的強度を著しく低下させる致命的要因となります。強度向上には加熱溶融・緻密化が必須条件であるものの、その温度制御の難しさから、マイクロ波加熱のみでの建材製造には限界があるとされてきました。


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図1.熱暴走による多孔質構造の形成例

 本研究では、高真空中における月面模擬砂(レゴリスシミュラント(※4))のマイクロ波加熱挙動や微細構造・化学構造を詳細に調査することで、マイクロ波加熱中に引き起こされる諸現象を紐解き、技術課題を克服できる新たな加熱プログラムを考案しました。その結果、月面模擬砂のみを原料とした高真空マイクロ波加熱製造により世界最高レベルの機械的特性(圧縮強度:~65 MPa)をもつ建材の作製に成功しました。

研究の内容・成果

マイクロ波加熱中の微構造変化とガス発生現象の調査
 本研究での加熱製造には、大型の2.45GHzマイクロ波加熱炉を用いています(図2)。マイクロ波を吸収しない特性容器(石英ガラス製)内に試料を設置し、高真空排気システムとの接続により高真空下(<1.0×10⁻² Pa)で加熱制御を行いました。原料には、国産レゴリスシミュラント(FJS-1)を使用しました。
 大気条件では加熱処理後も非常に脆い状態(強く掴むと崩壊)であったのに対し、高真空条件では同じ処理温度であっても緻密質な構造体が得られました。さらに加熱処理温度を上げるとわずか50 ℃の違いであっても状態が劇的に変化することわかりました(図3)。なお、処理雰囲気の違いによる色の変化は、後述する酸化鉄の化学構造に由来します。熱暴走を経由した試験体内部には無数の気孔(数百μmオーダー)が確認されました。加熱中の真空度をモニタリングした結果、1000 ℃以上で急激な真空度の低下が確認されました。これは、ケイ酸塩化合物の熱分解によるガス生成が顕著になることに起因しています。容器内壁に付着した化合物の化学分析により、生成ガスにはケイ酸塩鉱物を構成する主要元素(ケイ素Si、ナトリウムNa等)だけではなく、鉄Feが微量含まれていることが判明しました。

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図2.高真空マイクロ波加熱装置の概要

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図3.加熱雰囲気の違いによる形状比較:(A)処理雰囲気の違いによる外観変化(真空 vs. 大気)、(B) 真空加熱製造により得られた試験体の内部構造。

マイクロ波応答性変化および熱暴走要因の特定
 マイクロ波吸収特性について詳細に調査したところ、真空加熱で作製された焼成溶融物は大気加熱条件に比べ2倍近く高い吸収性を示すことがわかりました(図4)。また、この吸収特性には強い温度依存性があり、高温になるほど増加する傾向が確認されました。さらに、マイクロ波の電場成分・磁場成分いずれに対しても高い応答性を示し、わずか90秒で800 ℃以上に到達しました(マイクロ波電場印加時)。構造解析の結果、前述した真空加熱時の黒色化はマグネタイト(Fe3O4)形成に由来し、他方大気加熱(酸化雰囲気)ではヘマタイト(Fe2O3:赤褐色)が優先的に形成されることが明らかになりました。マグネタイトはマイクロ波吸収性の高い物質としてよく知られています。真空加熱中での酸化鉄の化学構造変化がマイクロ波吸収性向上に大きく寄与すると同時に、選択的マイクロ波応答による局所加熱・熱暴走を引き起こす要因となり得ることが示唆されました。これは、生成ガス中にFe元素が含まれていたこととも一致します。

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図4. (A) 異なる処理温度、雰囲気(真空 vs. 大気)および製造手法(マイクロ波 vs. 電気炉)におけるマイクロ波吸収特性の変化(※5)、(B) 温度依存性、(C) 各マイクロ波成分(電場・磁場)への応答性(時間-温度変化)

新たな加熱設計による高強度建材製造の実現
 推定されたマイクロ波加熱現象をもとに、マイクロ波加熱製造技術の限界を克服するための加熱制御法(多段階加熱制御)を新たに考案しました。この制御法は三次元ガラスネットワークの形成促進と熱暴走・形状変化抑制の両立に成功したものです(図5)。これにより、強力な静水圧冷間プレス等の特殊な前処理なしで世界トップクラスの機械的性能(圧縮強度:~65 MPa)をもつ建材の真空加熱製造が達成されました(類似研究との性能比較:表1)。

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図5.(A) 推定しているマイクロ波加熱中での諸現象、(B) 加熱デザインの刷新(多段階加熱制御)、(C) 新加熱デザインにより得られた試験体の外観、(D) 機械的特性比較(最適化前:一段階 vs. 最適化後:多段階加熱)

 

表1.類似研究との機械的性能比較
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社会的な意義

 マイクロ波加熱技術では、添加材等が一切不要で月面で入手可能な材料のみで建材を製造できるため、資源を無尽蔵に調達することが可能であり、地球からの輸送費の大幅な削減が見込まれます。加熱中における化合物の化学構造およびマイクロ波応答性変化に応じた加熱プログラムを新たに設計することにより、長年課題であったマイクロ波加熱製造における限界を打ち破ることで、月面拠点に向けた製造プロセスの実現に一歩近づきました。

今後の展開

 現在、本研究グループは居住施設防護層や月離着陸機の離発着場・運搬路の舗装材の大量製造技術の開発を目指しています。レゴリスの鉱物組成は採掘場所によって大きく異なることが知られており、本製造技術の実用可能性を検証するため様々な鉱物組成をもつ月面模擬砂のマイクロ波加熱挙動や力学特性に及ぼす影響調査が網羅的に行われています。さらに、今後パラボリックフライト(※6)を用いた微小重力実験を実施することで、微小重力下での加熱溶融・ガス生成挙動が建材の微細構造や力学特性に及ぼす影響についても詳しく調査していく予定です。

 本研究は、国土交通省「宇宙開発利用加速化戦略プログラム・宇宙無人建設革新技術開発」、株式会社大林組との共同研究、およびJSPS科研費JP23H07153(研究代表者:白井 孝)の支援を受けて実施しました。

用語解説

(注1)月面の過酷な環境
低重力(1/6G)、強烈な放射線、温度の極端な高低差、微小隕石の衝突や粉塵被害(レゴリス)などが挙げられます。

(注2)レゴリス
月の表面全体を覆う数メートルから十数メートルの厚さの堆積層のこと。レゴリスは、何億年もの月日をかけて隕石の衝突や太陽風、宇宙線など宇宙風化作用によって生みだされたとされています。

(注3)月面にある資源を活用した建材製造技術
その場資源利用 ISRU(In-Situ Resource Utilization)と呼ばれます。

(注4)レゴリスシミュラント
NASAにより地球に持ち帰られたサンプルは非常に希少であるため、多くの場合、レゴリスの化学組成、粒子径および粒度分布やその他の機械的特性を模擬した砂(レゴリスシミュラント)を使用します。通常、地球上の天然鉱物の配合を調整して作製されます。

(注5)図4. (A)におけるマイクロ波吸収特性の変化
数値(ε*tanδ)が高くなるほどマイクロ波吸収能が高いことを表しています。

(注6)パラボリックフライト
航空機で放物線運動を行い、無重力に近い状態を作る実験。

※記載されている製品名などの固有名詞は、各社のサービス等の登録商標です。

論文情報

論文名:Multi-step thermal design of microwave vacuum heating to basaltic regolith simulant towards lunar base construction
著者名:Kunihiko Kato and Takashi Shirai* *責任著者
掲載雑誌名:Scientific Reports
公表日:2024年11月15日(オンライン)
DOI: 10.1038/s41598-024-79504-x
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-024-79504-x

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
准教授 白井 孝
TEL: 052-735-7536
E-mail:
shirai[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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