海洋性ビブリオ菌べん毛モーター固定子の構造からナトリウムイオン透過経路と阻害剤の作用機序を決定! ~細菌の運動機能の制御を目指した分子メカニズムの解明~
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カテゴリ:プレスリリース|2025年1月16日掲載
名古屋工業大学/京都工芸繊維大学/名古屋大学
発表のポイント
〇 海洋性ビブリオ菌の運動に必須なべん毛※1モーター固定子※2の構造を明らかにした。
〇 これまで分かっていなかった固定子の中のナトリウムイオン透過経路を解明。
〇 病原性細菌の感染予防、治療に向けた新たな薬剤の開発への応用に期待。
概要
名古屋工業大学 生命・応用化学類の錦野達郎助教、大阪大学 大学院理学研究科の竹川宜宏助教、今田勝巳教授、京都工芸繊維大学 応用生物学系の岸川淳一准教授、名古屋大学 大学院理学研究科の小嶋誠司教授らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析法※3により、細菌の運動を担うエネルギー変換装置「べん毛モーター固定子」の構造を近原子レベルの分解能で明らかにしました。
海に生息する海洋性ビブリオ菌は、べん毛線維をスクリューのように回転させて泳ぎます。べん毛の回転力は、根元の膜に埋まったモーターの固定子の中をナトリウムイオンが流れることにより生み出されますが、その仕組みはよく分かっていませんでした。本研究グループは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析法により、海洋性ビブリオ菌の固定子(PomAPomB)の立体構造を明らかにし、その構造に含まれていたナトリウムイオンの配置から、固定子内のイオン透過経路およびイオン選択方法を突き止めました(図1)。さらに、ナトリウムイオンチャネル阻害剤(フェナミル※4)が結合した固定子の構造を明らかにすることで、阻害剤によりモーターの回転が物理的に阻害されるしくみを解明しました。本研究成果は、将来的に極小分子モーターの工学的開発や細菌の運動を薬剤により制御することで細菌感染に対する予防や治療を目的とした医学的応用につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」(オンライン)に2024年12月30日に公開されました。

研究の背景
細菌はべん毛と呼ばれる運動器官を回転させることで、水中を遊泳します。べん毛の根元には、二十数種類のタンパク質からなる直径約45ナノメートルの極小モーターが存在し、このモーターは、F1マシンのエンジン回転数に匹敵する20,000rpmという速度で回転することができます。この回転のトルクは、モーター中の固定子と呼ばれる膜タンパク質複合体の中を、細胞の外側から内側に向けてイオンが流れることで生み出されます(図2)。イオン流によって固定子自身が回転し、この回転がモーター中の回転子※5を回転させることでべん毛が回転すると考えられています。細菌の種類によって固定子に流入するイオンが決まっており、大腸菌やサルモネラ属菌では水素イオンが、ビブリオ属菌や枯草菌ではナトリウムイオンが流れることが分かっています。海洋性ビブリオ菌の持つナトリウムイオン駆動型の固定子は二種類の膜タンパク質PomAとPomBからなっており、その構造情報は明らかになっていたものの、ナトリウムイオンがどのように固定子の中を流れ、固定子の回転を生み出すのか、よく分かっていませんでした。

研究内容・成果
本研究グループは、海洋性ビブリオ菌の固定子PomAPomBの構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析法によって近原子分解能で明らかにしました。得られたPomAPomBの構造は、2分子のPomB(PomB1,2)を5分子のPomA(PomA1~5)が取り囲むような配置で複合体を形成し(図3左)、PomAとPomBの相互作用界面の2か所にイオン透過経路と考えられる孔(ポア)が見つかりました。2つのイオン透過経路は片方が閉じており、もう一方はイオンが透過できる大きさの空間があり、開いていた側のイオン透過経路内には水分子やナトリウムイオンが存在していました(図3中央)。また、ペリプラズム※6側のイオン透過経路のポアの大きさと疎水性、及びナトリウムイオンの位置から、ペリプラズム側のイオン透過経路は水和したナトリウムイオンが結合できる一方で、より原子半径が大きい水和したカリウムイオンは結合できないことが分かりました(図3右)。このことから、ペリプラズム側のイオン透過経路は、細胞外側のナトリウムイオンのみを選択的に細胞質側へ流す門番の役割を担っていることを、世界ではじめて明らかにしました。


社会的な意義・今後の展望
細菌べん毛モーターは細胞内外のイオン濃度勾配差を100%に近い高い効率でトルクに変換することのできる精密な生体分子モーターです。その作動原理の解明は、これまでにない高効率・高性能な極小モーターの開発や工学的応用を目指す上で極めて重要となります。また、本研究で扱った海洋性ビブリオ菌はヒトに対して病原性がないものの、腸炎ビブリオやコレラ菌といったヒトに病原性を持つビブリオ属菌の近縁種にあたります。これらの菌の病原性とべん毛による運動は密接に関わるため、阻害剤による運動能の制御は病原性細菌の不活化にもつながります。今回得られた固定子と阻害剤の結合から、より特異的に結合する新規薬剤を開発することで、腸炎ビブリオやコレラ菌を含む病原性細菌の感染予防、治療に向けた新たな薬剤の開発が期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号JP20J00329、JP23K14157、JP24117004、JP23247024、JP21H02443、JP23K18114)の支援により実施しました。また、本件は、大阪大学からも同時にリリースされます。
用語解説
(※1)べん毛:細菌の細胞表面から生えた螺旋状構造の運動器官。細胞外に存在する「べん毛線維」、細胞表層に埋まっている複数のリング構造からなるトルク産生や回転方向の決定に関わる「モーター」、モーターとべん毛線維をつなぐ「フック」の3種類の部位に分けられる。そのなかの「モーター」はさらに「固定子」と「回転子」の2つの複合体から構成される。
(※2)固定子:べん毛モーターにおいてイオンを流すことで回転を生み出すタンパク質複合体。細胞内膜を介して細胞内外に形成される電気化学勾配を利用することで、固定子自身が回転する。
(※3)クライオ電子顕微鏡単粒子解析法:極低温(クライオ)環境でタンパク質試料に電子線を照射し、得られたタンパク質の二次元投影像から立体構造を解析する手法。一般的な光学顕微鏡で区別できる大きさが数百ナノメートル(ヒトの髪の毛の太さが約百ナノメートル)なのに対し、本手法では数オングストロームの大きさ(水素原子1個の直径が1オングストローム)を区別することができる。
(※4)フェナミル:利尿剤として用いられている化合物「アミロライド」の誘導体の一種。アミロライドとその誘導体は生物の様々なナトリウムイオン輸送体に結合し、ナトリウムイオンの輸送を阻害することが分かっている。
(※5)回転子:べん毛モーターにおいて複数のリング構造からなるタンパク質複合体。固定子の回転が回転子に歯車のように伝わることにより、回転子が回転する。回転子はべん毛モーターが時計回りと反時計回りのどちらの方向に回転するのかを決定する役割も持つ。
(※6)ペリプラズム:大腸菌やビブリオ属菌などの細胞外膜をもつ細菌において、外膜と内膜の間の空間のことをペリプラズムと呼ぶ。ペリプラズムの外膜近くには、細胞壁の役割を担うペプチドグリカン層が存在する。細菌細胞では内膜によって細胞質と区切られるため、固定子などの膜に埋まった蛋白質において、ペリプラズム側は膜の外側を意味する。
論文情報
論文名: Structural insight into sodium ion pathway in the bacterial flagellar stator from marine Vibrio.
著者名: Tatsuro Nishikino*, Norihiro Takekawa, Jun-ichi Kishikawa, Mika Hirose, Seiji Kojima, Michio Homma, Takayuki Kato, Katsumi Imada*. (*:共同責任著者)
掲載雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
公表日: 2024年12月30日
DOI: doi.org/10.1073/pnas.2415713122
URL: https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2415713122
お問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学 生命・応用化学類
助教 錦野 達郎
TEL:052-735-5224
E-mail:nishikino.tatsuro[at]nitech.ac.jp
名古屋大学 大学院理学研究科
教授 小嶋 誠司
TEL:052-789-2993
E-mail:kojima.seiji.z6[at]f.mail.nagoya-u.ac.jp
京都工芸繊維大学 応用生物学系
准教授 岸川 淳一
TEL:075-724-7532
E-mail:kishijun[at]kit.ac.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647
Email:pr[at]adm.nitech.ac.jp
名古屋大学 総務部広報課
TEL:052-558-9735
E-mail:nu_research[at]t.mail.nagoya-u.ac.jp
京都工芸繊維大学 総務企画課
TEL:075-724-7016
E-mail:kit-kisya[at]jim.kit.ac.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。
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