ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル化合物の合成 ―持続可能な社会に向けた材料開発に期待―
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カテゴリ:プレスリリース|2025年1月17日掲載
発表のポイント
〇 ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル化合物の合成手法を確立
〇 最小単位のペルフルオロアルキルエーテル官能基の開発
〇 医農薬品、冷媒、高分子、機能性材料開発へ応用可能
〇 持続可能な社会に向けた材料開発に期待
概要
名古屋工業大学の川井孔貴氏(共同ナノメディシン科学専攻3年)、柴田哲男教授(生命・応用化学類)らの研究グループは、これまでに合成手法がほとんど報告されていないジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル(CF2OCF3)基を持つ有機フッ素化合物の合成に成功しました。本研究では、ラジカル(*1)トリフルオロメトキシ化試薬から発生するトリフルオロメトキシ(OCF3)ラジカルを、ジフルオロアルケンと効率的に反応させ、有機分子中にCF2OCF3部位を組み込む手法を確立しました(図1)。
ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル(CF2OCF3)化合物は、農薬、冷媒、フッ素樹脂などの部分構造として広く利用されているペンタフルオロエチル(CF2CF3)基を酸素原子で修飾したペルフルオロアルキルエーテル(*2)型の有機フッ素化合物です。ペンタフルオロエチル基の炭素―炭素結合部位に酸素を導入することで、フッ素の数を変化させることなく、ペルフルオロアルキルエーテル構造になります。ペルフルオロアルキルエーテルは、耐熱性、耐候性、耐薬品性、撥水・撥油性、潤滑性、電気絶縁性といった特性を付与することができる重要骨格であり、半導体、自動車、バッテリーなど、多くの製品で利用されています。
ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル(CF2OCF3)基を持つ化合物は、ペンタフルオロエチル(CF2CF3)基を持つ化合物と比較して分解性が高くなると考えられ、環境調和型の材料開発への展開が期待されます。開発したジフルオロアルケン類に対するラジカル的トリフルオロメトキシ化反応は汎用性の高い手法であるため、さまざまな次世代材料の開発を大きくサポートすることができると考えられます。本研究の成果は、国際学術誌「Chemical Science」のオンライン速報版に、2025年1月13日付で掲載されました。

研究の背景
有機フッ素化合物は、医薬品、農薬、冷媒、機能性材料などの様々な分野でフッ素の特異的な性質を活かした分子設計がなされ、重要骨格として活用されてきました。特に、脂溶性の調整、化学的安定性の向上、撥水・撥油性の付与といった機能は、フッ素を含有していない化合物では達成が難しく、これらの特性を実現するためにフッ素官能基の導入が不可欠です。代表的なフッ素官能基として、トリフルオロメチル(CF3)基、ジフルオロメチル(CF2)基、ペンタフルオロエチル(CF2CF3)基、トリフルオロメトキシ(OCF3)基(*3)が挙げられます。この中でも、環境調和型材料として特に注目されているのが、トリフルオロメトキシ(OCF3)基を持つ化合物です。トリフルオロメトキシ基は酸素原子を含むため、炭素―フッ素結合のみで構成される有機フッ素化合物と比べて分解しやすく、ヨーロッパでのPFAS(*4)一括規制案の対象外の化合物とされています。こうした背景を受けて、本研究グループは新たなフッ素化官能基として、ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル(CF2OCF3)基に着目しました。
この官能基は、トリフルオロメチル(CF3)基やペンタフルオロエチル(C2F5)基と同様に、フッ素の特性による高い耐久性と機能性を持ちながら、トリフルオロメトキシ(OCF3)基と同じく酸素原子を介在させることでペルフルオロアルキルエーテル構造を形成し、分解性の向上が期待されるため、環境調和型の有機フッ素材料としての活用可能性があると考えられます。さらに、ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル基は、トリフルオロメトキシ(OCF3)基よりもフッ素数が多く(3つから5つに増加)、有機フッ素化合物としての機能性が一層強化されます。
しかしながら、ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル基に関する研究は、これまでほとんど進んでおらず、汎用性の高い合成手法の確立は未開拓の領域でした。そのため、今回の研究でこの官能基の構築法が開発されたことは、フッ素化学の新たな可能性を切り開くものであり、環境配慮型材料の開発においても意義があります。

研究の内容
本研究で開発されたジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル(CF2OCF3)基を持つ化合物の合成戦略は、極めて独創的かつ汎用性の高いものです。その核心は、β、β-ジフルオロスチレンの末端炭素に対して、ラジカル的にトリフルオロメトキシ基を付加させ、ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル部位を構築する手法にあります。この反応では、安定なベンジルカチオンが生成されるため、この中間体を足がかりに、さらなる官能基導入を行うことも可能です(図3)。

本研究チームは、2024年5月に、環境に優しい材料を指向した、有機塩基を用いるペルフルオロアルキルエーテルの簡便合成に成功しています(*5)。今回は、ルテニウム触媒を用いた光触媒系を採用し、溶媒条件を巧みに調整することで、ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル化合物の合成に成功しました。具体的には、アセトニトリルを反応溶媒として使用することで、アミノ基(NH)を高い位置選択性で導入し、水を混入させることで水酸基(OH)の導入にも成功しました(図4)。これにより、異なる官能基を自在に導入できる革新的な手法が確立され、ジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル基を有する多様な化合物の合成が可能となりました。
さらに、研究チームは、得られたジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル化合物を用いて、生物活性分子への応用可能性を示しました。具体的には、ピロール誘導体、医薬品のフェンジリン類縁体、農薬のカルプロパミド類縁体などへの変換を成功させ、創薬や農薬開発における新たな可能性を提示しました(図5)。これらの成果により、本手法は単なる合成技術にとどまらず、次世代の持続可能な有機フッ素化合物の設計と応用に向けた新たな道を切り開くものとして注目されます。


社会的な意義
近年、有機フッ素化合物の使用をめぐり、環境への影響や規制のあり方についてさまざまな議論が行われています。残留性有機汚染物質に関するPOPs条約では、PFOS(*6)やPFOA(*7)を含む3種類の有機フッ素化合物が規制対象として指定されています。本研究で開発された新規フッ素化合物は、分解性の基点となるエーテル構造を備えつつもフッ素が誘引する優れた機能性を維持しており、長期的な環境負荷の軽減にも寄与し得ると考えられます。この成果は、持続可能な社会の実現に向けた重要な一歩です。
本研究は、フッ素化学の新たなフロンティアを開拓するものであり、将来的な科学技術の発展に大きく貢献します。これにより、より環境に優しく、効率的な材料開発の基盤が構築され、次世代の研究者や技術者に新たな機会を提供します。
今後の展望
本研究で開発されたジフルオロ(トリフルオロメトキシ)メチル(CF2OCF3)基を持つ化合物の応用は、医薬品、農薬、冷媒、高分子材料など多岐にわたる分野で大きな可能性を秘めています。たとえば、トリフルオロメチル基を持つ材料の分解物として問題になりつつあるトリフルオロ酢酸の発生を回避できるため、持続可能な農業や環境に配慮した冷媒としての利用も期待できます。
本研究は、科学技術と産業界の連携を強化し、環境保護と経済発展の両立を図る新たなソリューションを提供するものです。これにより、社会全体が直面する環境と人類が共存していくための様々な問題を解決し、持続可能な未来の構築に大きく貢献することが期待されます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)、およびダイキン工業株式会社の支援を受けて実施しました。
論文情報
論文名: Radical trifluoromethoxylation of fluorinated alkenes for accessing difluoro(trifluoromethoxy)methyl groups
著者名: Koki Kawai, Mai Usui, Sota Ikawa, Naoyuki Hoshiya, Yosuke Kishikawa, Norio Shibata*
*責任著者
掲載誌: Chemical Science, DOI: 10.1039/d4sc07788a
公表日: 2025年1月13日
Journal link:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/sc/d4sc07788a
用語解説
(*1)ラジカル
化学反応における活性種の一種で、不対電子を持つ反応性の高い種であるものを指し、反応では個々の電子の移動を伴う。ラジカル反応では、熱、光、ラジカル開始剤などの影響により、C-H結合などの共有結合が均等切断され、ラジカル種が生成される。生成したラジカルは、別の分子やラジカルと反応し、新たな化学結合の形成や新たなラジカルの生成につながる連鎖反応を開始する。過去にはラジカル反応は予測不可能で制御が難しく、副生成物が生成されることもあり使いづらい反応と考えられていたが、現在では様々な工夫により有機合成化学における重要な反応になっている。
(*2)ペルフルオロアルキルエーテル
ペルフルオロアルキルエーテル構造は、フッ素材料の中でも、ネフロンPFA APシリーズ※(ダイキン)、フォンブリン® PFPE 潤滑剤※(SOLVAY)、Fluon® PFA※(AGC)やNOVECTM※(3M)などの製品に利用されている。※各社のサービス等の登録商標です。
(*3)トリフルオロメトキシ(OCF3)基
酸素原子にトリフルオロメチル基が結合したフッ素官能基の一種。強い電子求引性を示し、擬ハロゲンとも呼ばれ、化合物へ導入することで疎水性や脂溶性を向上させる。
(*4)PFAS
Per- and Polyfluoroalkyl Substances(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)の略称。熱、水、油に強いという特徴を活かし、焦げ付きにくい調理器具、食品包装、汚れにくい布地など様々な製品に使用されている。
(*5)「ペルフルオロアルキルエーテルの簡便合成に成功―環境に優しい材料開発に期待―」(2024年5月22日)https://www.nitech.ac.jp/news/press/2024/11194.html
(*6)PFOS
Perfluorooctanesulfonic acid(パーフルオロオクタンスルホン酸)の略称。優れた撥水性や撥油性を持ち、様々な工業製品に使われていた。環境中で分解されにくく生物体内に蓄積されるため、残留性有機汚染物質に関するPOPs条約により製造・使用が制限されている。
(*7) PFOA
Perfluorooctanoic acid(パーフルオロオクタン酸)の略称。PFOSと同様の性質を持ち、産業製品に利用されていたが、POPs条約で規制対象となっている。
お問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。
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