「PFASフリー」次世代フッ素分子を創る新技術 ― ベンゼン環を自在に組み替える高効率骨格編集反応 ―
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カテゴリ:プレスリリース|2025年11月27日掲載
発表のポイント
〇 PFASフリーなSF₅・SF₄が骨格編集反応を大幅に促進
〇 ベンゼン環からアゼピン環への高効率変換を実現
〇 SF₅・SF₄アゼピンの世界初合成
〇 環境調和型フッ素分子設計(PFAS-free fluorine design)の新基盤技術を確立
概要
名古屋工業大学の Chavakula Nagababu博士(研究当時:生命・応用化学類・研究員)、村松拓哉氏(生命・応用化学科・研究生)、Muhamad Zulfaqar Bacho氏(共同ナノメディシン科学専攻3年)、Wu Shiwei氏(工学専攻生命・物質化学プログラム2年)、落合世舟氏(同プログラム2年)、および柴田哲男教授(生命・応用化学類)らの研究グループは、スペイン・バレンシア大学の Jorge Escorihuela教授と共同で、PFAS(*1)に依存しない次世代フッ素官能基「超原子価硫黄フッ化物(ペンタフルオロスルファニル(SF₅)およびテトラフルオロスルファニル(SF₄)」を活用した革新的な骨格編集反応(skeletal editing)(*2)を開発しました。
本研究では、SF₅およびSF₄基を導入したベンゼン誘導体に可視光を照射することで、芳香族ベンゼン環を7員環窒素複素環(アゼピン)へと高効率に変換する骨格編集反応を実現しました。特に骨格編集反応を伴うフェノール類とのカップリング反応において、従来は収率約7%にとどまっていた反応が、本手法では最大83%という飛躍的な高収率を達成しました。さらに注目すべき成果として、生成したアゼピン骨格を元のベンゼン構造へと戻す「逆骨格変換反応」にはジフルオロ酢酸無水物(DFAA)を用いることで、OECD(*3)の定義においてPFASに該当しない「COCF₂H置換芳香族化合物」を高収率で合成可能であることを実証しました。

本研究は、環境残留性の懸念がない「PFAS-free フッ素分子設計」という概念を具体的な合成技術として確立したものであり、医薬品・農薬・機能性材料の分子設計における持続可能なフッ素化学の基盤技術となることが期待されます。加えて本成果は、SF₅・SF₄官能基を有するアゼピン骨格の世界初の合成例であり、フッ素系分子設計のための革新的な材料として高い価値を有しています。本研究成果は、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry、 RSC)が発行する国際誌Chemical Science において、2025年11月19日にオンライン公開されました。
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謝辞
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)、元島栖二博士 (CMC総合研究所)の支援を受けて実施しました。
論文情報
論文名: High-valent sulfur fluorides as reactivity switches for PFAS-free benzene-azepine skeletal editing
著者名: Chavakula Nagababu、 Takuya Muramatsu、 Muhamad Zulfaqar Bacho、 Shiwei Wu、 Seishu Ochiai、 Jorge Escorihuela、 Norio Shibata*
*責任著者
掲載誌: Chemical Science
公表日: 2025年11月19日
DOI: 10.1039/D5SC08177G
URL: https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2025/SC/D5SC08177G
用語解説
(*1)PFAS
有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称。
化合物中の炭素原子が形成できる結合すべてがフッ素と結合している部分構造を持つ化合物がその対象となる。撥水・撥油剤、界面活性剤など様々な用途で利用されている。しかし、高い安定性のために環境中でほとんど分解されないことから、「永遠の化学物質」とも呼ばれ、環境への蓄積や残留性が問題となっている。ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、ペルフルオロオクタン酸(PFOA)、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)は、発がん性などの健康被害の可能性が報告され、特定PFASとして規制対象となっている。
(*2)骨格編集反応(skeletal editing)
有機分子の骨組みそのものを切断・組み替えすることで、まったく新しい分子構造へと変換する有機合成手法。置換反応のように部品を付け替えるのではなく、分子の基本構造そのものを再設計できる点が特徴であり、革新的な技術として注目されている。
(*3)OECD
経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)の略。先進国を中心に構成される国際機関で、経済政策や環境規制、化学物質管理などに関する国際基準の策定を行っている。PFASに関しても、どのような構造の物質をPFASとして規制対象とするかの国際的な定義を公表している。
お問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
*[at]を@に置換してください。
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