取組紹介 - 感覚刺激を活用し身体動作をサポートする
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カテゴリ:ニュース|2025年8月22日掲載
私たちの身体は、常に外界からの情報を受け取っており、その情報に基づいて次にどのような動作を行うかを決定しています。身体が動作する際には、その動作によって生じるであろう運動や感覚を予測するとともに、運動によって実際に得られる感覚フィードバックと照合することで、運動を調整しています。このような予測と結果が整合すると、身体が自分のものであるという感覚である「身体所有感」や、動作を自分が引き起こしたという感覚である「運動主体感」が生じます。
一方で、私たちの身体認識は柔軟性を有しており、自分の身体以外の外部の機械や与えられた刺激、それらによって生じた動作に対しても、身体所有感や運動主体感を感じることがあることが知られています。このような柔軟な身体認識の特性は、技能学習などで用いられる動作教示にも応用可能です。従来、スポーツやものづくり、楽器演奏などの技能を学習する際には、主に視聴覚的な情報を活用してきましたが、近年では、感覚刺激の提示や外部機器による身体動作の誘導を通じて、より直接的かつ効率的に適切な動作を教示するシステムが開発されています。
感覚刺激を用いた動作教示では、学習者が刺激を自身で解釈し活用するため、運動主体感を感じやすいことが知られています。名古屋工業大学 電気・機械工学類の湯川光助教は、感覚刺激を用いたドラム演奏のサポートシステムを開発し、高齢者のフレイル予防への応用に取り組んでいます。フレイルとは、加齢に伴い認知機能や身体機能が徐々に低下していく状態を指し、その予防には「自分の力で、少し負荷のある運動を達成すること」が重要であるとされています。ドラム演奏は、左右の手を異なるタイミングで動かす必要があり、高齢者にとっては適度な負荷となる運動です。
こうした運動を高齢者が効果的に学習するには、認知的負荷を考慮した感覚刺激の提示手法の工夫が求められます。例えば湯川助教が開発したシステムでは、視覚刺激と触覚刺激という異なる感覚モダリティを組み合わせて動作を提示する手法が使われています。認知神経科学の研究では、同種の感覚刺激よりも異種の感覚刺激の方が互いに干渉しにくく、認識しやすいとされています。実際に、左右の手に対して視覚と触覚をそれぞれ用いることで、両手に視覚のみを用いた場合に比べ、手本のタイミングとのズレが小さくなることが示されています。このシステムを活用することで、高齢者が複数のリズムが重なった複雑なドラム演奏を実現できるようになりました。さらに、脳波や筋電位などの生体情報を取得・解析することで、脳機能の変化、動作の習熟度をより詳細に把握する試みも進められています。
【湯川助教のコメント】
こうした感覚刺激の提示は、生体情報などから推測される個人の状態に応じて制御し、パーソナライズすることで、より効果的で主体感の高い動作支援になり得る可能性があります。さらに、こうしたシステムは一人で使用して完結するだけでなく、複数人で感覚を共有しながら協働作業をするような形に拡張することで、モチベーションの維持向上、社会的なつながりの育成にも寄与することが期待されます。
また、こうした動作支援の対象になるのは、高齢者だけではありません。身体・認知機能にハンディキャップを抱えていなくとも、「手先が不器用」「リズム感がない」といった悩みを抱える人は少なくないのではないでしょうか?そうした日常的な苦手に対しても、このようなサポートは、新たな挑戦へのハードルを下げてくれるツールになるかもしれません。
将来的には、身体動作を、機械的・電気的に直接的に運動に介入する装置を適切に併用することで、主体感を保ちながら、より即時的に技能を発揮できるようなシステムへと拡張することが期待されます。例えば、「今日は子どもの誕生日だからパティシエの技能をインストールして、手づくりケーキを作ろう!」といったように、必要に応じて自由に技能を活用できる未来の実現も夢ではありません。
国立大学56工学系学部ホームページに本取り組みが掲載されました。
▷国立大学56工学系学部ホームページ-工学ホットニュース
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