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サリドマイドの催奇形性問題を分子レベルで解明-40年間の謎に終止符-

カテゴリ:プレスリリース|2018年02月20日掲載


 箱嶋敏雄教授*ら(奈良先端科学技術大学院大学)、半田宏特任教授*ら(東京医科大学)および柴田哲男教授ら(名古屋工業大学)の共同研究グループは、40年近くもの間詳細が不明であったサリドマイドの催奇形性(胎児に奇形が起こる危険性)にまつわる問題をついに分子レベルで解明することに成功しました。今後、催奇形性の無い安全なサリドマイド型治療薬の開発が期待されるほか、新規治療薬の開発に向けての大きな足掛かりになることが期待されます。なお、本研究成果は、2018年1月22日に科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されました。(*責任著者)

背景

 サリドマイドは1950年代に催眠鎮静薬として販売された医薬品で、妊婦が服用すると奇形児が生まれるケースが相次ぎ、その使用が中止されました。そのサリドマイドは現在、多発性骨髄腫の治療薬として再認可され世界中で使用されていますが、再認可には時間がかかりました。原因の一つは、サリドマイドから催奇形性を取り除くことが出来ないからです。サリドマイドの催奇形性に関して、1979年にブラシュケ教授ら(ミュンスター大学)が発表した論文(引用文献1)によると、サリドマイドはアミノ酸などと同様に、鏡像異性の関係にある右手型と左手型の分子が存在しますが、そのうち、左手型(S体)サリドマイドのみに催奇形性があるといいます。いわゆる左手型(S体)催奇形説です。そのため、右手型(R体)サリドマイドのみを医薬品として使用すれば痛ましい薬害は回避出来るはずですが、現在でもサリドマイドは右手型と左手型の混合物として薬物療法に用いられます。これは安全な右手型サリドマイドを服用しても、私たちのからだの中で左手型との混合物に変化してしまうためです。この現象をラセミ化といいます。しかし、サリドマイドは右手型であろうと左手型であろうと私たちのからだの中でラセミ化してしまうにも関わらず、左手型催奇形説が発表されたのはなぜでしょうか。ブラシュケ教授らはマウスを用いて催奇形性実験を行いましたが、その後、この実験を再現したという報告はありません。左手型催奇形説の実験結果を間接的に支持する論文も発表されてはいるものの、多くの研究者らは、サリドマイドは右手型、左手型に関わらず同じ実験結果を与えたと報告し、左手型催奇形説には疑問が残ったままでした。
 この疑問解明のため、これまで様々な研究が行われてきました。2010年に半田特任教授ら(当時東京工業大学教授、現在東京医科大学)がサイエンス誌に発表した論文では(引用文献2)、サリドマイドの催奇形性に関与する標的タンパク質がセレブロンであることを初めて突き止め、サリドマイドと結合したセレブロンがE3ユビキチンリガーゼ複合体を形成し、酵素活性を改変することにより、催奇性が誘導されることを明らかにしました。2014年には、半田特任教授らは箱嶋教授らおよび米国セルジーン社と共に、サリドマイドがセレブロンに結合したサリドマイド-セレブロン-DDB1の複合体の立体構造を明らかにすることに成功しました(引用文献3)。この研究成果によりセレブロンとサリドマイドの結合様式が原子レベルで明らかとなりましたが、サリドマイドの鏡像異性にまつわる左手型催奇形説の謎は残されたままでした。柴田教授らの研究グループでは2010年にサリドマイドのラセミ化に関わる水素を重水素に置き換えた重水素化サリドマイドが、サリドマイドに比べて5倍以上のラセミ化安定性が確保出来ることを見出し、この分子が左手型催奇形説を解明する鍵になると期待されました(引用文献4)。さらに柴田教授らは2017年、水素をフッ素に置き換えたフッ素化サリドマイドを開発し、右手型および左手型の分子構造が薬理活性に強く影響を及ぼしていることを示しました(引用文献5)。

研究成果

 今回、箱嶋教授ら、半田特任教授らおよび柴田教授らの共同研究グループは、右手型および左手型のサリドマイドを用いて標的タンパク質セレブロンとの複合体のX線結晶構造解析に挑みました。その結果、右手型および左手型のサリドマイドがセレブロンとの結合部位である3つのトリプトファンポケットに収まる様子の詳細をそれぞれX線結晶構造解析により捉え、左手型サリドマイドが右手型よりも安定な複合体を形成することを構造レベルで証明しました。定量的な結合解析により、ラセミ化を抑制した重水素化サリドマイドと同様に、左手型サリドマイドが右手型サリドマイドに比べて約10倍強く結合していること、更に、左手型サリドマイドがセレブロンと強く結合することで、続く自己ユビキチン化を強く阻害することを確かめました。これにより、左手型サリドマイドが催奇形性を誘導すると推察されます。実際に、ゼブラフィッシュ受精卵を右手型および左手型サリドマイドで処理すると、胸ヒレの発達異常(催奇形)は圧倒的に左手型で起こることを確認しました。これにより、40年近くうやむやになっていた左手型サリドマイド催奇形性説を分子レベルで解明することができました。
 本研究成果は、世界を震撼させた薬学史上最悪の薬害ともいわれるサリドマイド事件にまつわる長年の謎であった左手型催奇形説に対し、終止符を打った大変意義のある成果であります。同時に、今回の研究成果をもとに今後催奇形性を持たない安全なサリドマイド型治療薬の開発に繋がるだけでなく、サリドマイド-セレブロン複合体を鍵とする様々な疾患に対する新規治療薬の開発に向けた大きな足掛かりになると期待されます。
本研究成果は、森智行助教(奈良先端科学技術大学院大学)、伊藤拓水准教授(東京医科大学)、Shujie Liu(東京工業大学)、安藤秀樹准教授(東京医科大学)、坂本聡助教(東京工業大学)、山口雄輝教授(東京工業大学)、徳永恵津子研究員(名古屋工業大学)らの協力を得て行ったものです。
 本研究成果は、2018年1月22日に科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されました。

引用文献

1)Blaschke, V. G. et al. Arzneim.-Forsch. 29, 1640-1642 (1979).
2)Ito, T. et al. Science 327, 1345-1350 (2010); 東京工業大学プレスリリース/サリドマイドが奇形を引き起こす機構を発見(2010年3月12日).
3)Chamberlain, P. P. et al. Nat Struct Mol Biol. 21, 803-809 (2014); 奈良先端科学技術大学院大学プレスリリース/サリドマイドの標的タンパク質「セレブロン」の三次元構造を解明 (2014年8月12日).
4)Yamamoto, T. et al. Chem. Pharm. Bull. 58, 110-112 (2010).
5)Tokunaga E., et al. PLoS ONE 12(8): e0182152 (2017);名古屋工業大学プレスリリース/ラセミ化しないサリドマイドの開発~フッ素が拓く創薬~(2017年8月01日).

発表論文情報

論文名:Structural basis of thalidomide enantiomer binding to cereblon
発表雑誌:Scientific Reports, volume 8, Article number: 1294 (2018); doi:10.1038/s41598-018-19202-7
著者:Tomoyuki Mori, Takumi Ito, Shujie Liu, Hideki Ando, Satoshi Sakamoto, Yuki Yamaguchi, Etsuko Tokunaga, Norio Shibata, Hiroshi Handa* & Toshio Hakoshima*(*責任著者)

お問い合わせ

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田哲男
Tel: 052-735-7543 E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

国立大学法人名古屋工業大学
企画広報課 広報室
Tel: 052-735-5316 E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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