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歯や骨の主成分として知られる水酸アパタイト(HAp)を用いて揮発性有機化合物(VOC)の完全分解を達成 ー貴金属添加が不要なセラミックス触媒による環境浄化技術の新たな可能性ー

カテゴリ:プレスリリース|2020年08月21日掲載


発表のポイント

〇 水酸アパタイト(HAp)の熱励起ラジカルにより揮発性有機化合物(VOC)を効果的に酸化分解することに成功
〇 HApによりVOCが熱分解する際の触媒反応メカニズムを世界で初めて解明、VOCの完全分解を達成
〇 高価で希少物質である貴金属を全く使わない酸化触媒として実用化に期待

概要

 本学大学院工学研究科、先進セラミックス研究センターの白井孝准教授、辛韵子特任助教らの研究グループは、歯や骨の主成分として知られ、人々に身近なセラミックスである水酸アパタイト(Hydroxyapatite, HAp*1)を用いて、HAp表面の熱誘起ラジカル(*2)及び酸塩基特性を利用することにより、貴金属触媒を用いることなく高効率で揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound, VOC*3)を分解しうる新規セラミックス触媒材料の開発に成功しました。今回開発された新規HAp触媒は地球上に多く存在するカルシウムとリン酸から構成され、安全かつ安価な材料であり、その材料自身が触媒能を持つため、通常の貴金属触媒のようにセラミックス担体に担持させる必要がなく、HAp材料のみで触媒フィルターを作製することが可能であるなど、環境保全および資源の有効活用のみならず、実用上や経済上の優位性をもつことから、今後、VOCの排出制御による大気及び水質浄化への環境浄化技術への実用化が期待されます。
 本成果は、英国王立化学会が刊行する学術雑誌Catalysis Science & Technology(冊子体)[8月21日発行]に掲載されました。
 

研究の背景

 塗料や接着剤などに溶剤として含まれるVOCは、世界的な環境問題となっているPM2.5などの浮遊粒子状物質(SPM)や、光化学スモッグを引き起こす光化学オキシダント(Ox)の生成原因となることが知られています。また、悪臭及び発がん性等の健康被害などへの影響が報告されており、特に最近ではシックハウス症候群や化学物質過敏症の原因物質として認知され、社会的な問題となっています。最近では世界有数のVOC排出大国である中国でも、汚染物質の排出規制が強化されるなど、世界的なVOC削減の取り組みが行われています。日本では2004年より改正大気汚染防止法により、大規模排出施設への直接規制が行われ、VOC処理装置の導入が進んでいる一方で、排出事業所数の93%を占める中・小規模施設に対しては自主的取組を促す「ベスト・ミックス」と呼ばれる方法が取られているものの、装置のコストがネックとなり導入が進んでいないのが実情です。中小規模施設で検討されているVOC処理装置は触媒燃焼方式と呼ばれるもので、白金、パラジウム等の貴金属ナノ触媒を用いてVOCを200~350℃の低温下で酸化分解処理されますが、低温での燃焼が可能である反面、貴金属ナノ粒子を触媒として用いているため、その高い生産コストや再資源化、リサイクル利用の難しさなどの問題があるほか、希少価値保全、供給リスクの観点から、安価な代替触媒材料の開発が求められています。

研究の内容・成果

 本研究グループは、その高い生体親和性および吸着特性から人工骨など生体材料用途に用いられることの多い水酸アパタイト(HAp)に着目し、加熱下の材料表面にて熱励起され格子欠陥に捕捉された電子(捕捉電子)により活性酸化ラジカルが生成し、VOCを効果的に酸化分解できることを見出しました。ラジカルの生成過程を図1に示します。加熱中にHAp表面の水酸基が脱離することで、結晶欠陥に形成された不飽和電子が表面吸着された酸素分子と反応し、活性酸化ラジカルが生成されます。この活性酸化ラジカルの生成挙動には、HApの結晶性やCa/P比が大きく影響し、それら材料組成を精密に制御することで、貴金属触媒の代替材料として有用であることを明らかにしました。

図1.jpg

図1 HAp表面における熱励起ラジカルの生成過程


 
本研究では、異なるCa /P比(1.70/1.67/1.57/1.37)のHApを用いて、様々なVOC(酢酸エチル、イソプロパノール、アセトン)の熱分解特性について調査しました。Ca/P比1.67のHApは化学量論組成Ca10(PO4)6(OH)2になります。Ca/P比1.70のHApはCa-rich型アパタイトと呼ばれ、量論型HApより構造中もしくは表面に合成原料由来のCaイオンが多く存在しています。Ca/P比1.57及び1.37の場合はCa欠損型HApとして知られています、化学構造として、量論型中のOH-がHPO42-に置換され、化学式はCa10-x((PO4)6-x(HPO4)x(OH)2-xになります。それぞれのHApにおける酢酸エチル、イソプロパノール及びアセトンの熱分解効率は、それぞれ98.04%、95.45%及び78.52%を達成しました。(図2)

図2.jpg
図2 各HApにおける酢酸エチル、イソプロパノール及びアセトンの熱分解効率


 
また、触媒反応メカニズムを解明するために、熱分解中の生成物をガスクロマトグラフィー及び質量分析計を用いて、定性定量分析を行いました(図3)。酢酸エチルの熱分解過程における副生成物として、エタノール、アセトアルデヒド及びエタンが確認でき、エタノール、アセトアルデヒドの生成に関しては、ラジカル起因のエチル分解での生成物であることが見いだされました。また、Ca /P比の違いにより、各生成物の割合が変化することも示唆されました。イソプロパノールの熱分解過程における副生成物としてアセトンとプロペンが生成され、プロペンは表面酸基サイト(Ca2+, HPO42-)におけるイソプロパノールの脱水反応由来によるもの、一方、アセトンはHAp表面の塩基サイト(OH-, PO43-)での脱水素反応により生成することを明らかにしました。また、Ca /P比の違いにより、HAp表面に存在する酸塩基の割合が変化され、脱水及び脱水素反応によってプロペンもしくはアセトンが選択的に生成されることも確認しました。アセトンの場合は有機物の生成は確認できないため、ラジカル由来の酸化反応により二酸化炭素や水などの無機化反応が起こると考えられます。

図3.jpg図3 熱分解中の生成物評価結果


 上記の結果及び活性ラジカル生成挙度、表面でのVOC吸着性に基づく、HAp表面におけるエチルアルコール及びホルミル官能基含有VOCの触媒反応メカニズムは図4のように表されます。
 本研究では、異なるCa/P比のHApを用いて、様々なVOCの熱分解特性について評価し、HApの化学構造における粒子形態、結晶性、表面吸着性、酸・塩基特性、ラジカル発生挙動を詳細に評価することにより、VOCがHAp表面上で熱分解する際の触媒反応メカニズムを世界で初めて解明し、VOCの完全分解を達成しました。
 歯や骨の主成分として知られるありふれたセラミックス材料であるHApを用いることで、貴金属不要なセラミックス触媒における環境浄化への新たな可能性が見出されました。また、本研究により解明された触媒反応メカニズムは、他物質の触媒を含めた化学構造及び表面化学反応における新規材料の開発にも重要な情報となります。
図4.jpg図4 HAp表面におけるVOC分子の触媒反応メカニズム

社会的な意義

 日本国内では、大気汚染防止法に基づく規制や、事業者による産業公害防止に向けた取組等の効果により、大気環境の改善がなされてきている一方、アジア地域等においては、未だ深刻な大気汚染問題が生じています。前述の通り、世界有数のVOC排出国である中国ではPM2.5問題を契機とした大気汚染防止等により環境保護の規制強化を進めるなど、世界的に環境汚染物質であるVOC削減の取り組みが行われています。本研究にて開発された、高価かつ希少な貴金属を用いず、高効率なガス分解特性を有するHAp触媒が実用化されれば、これまで導入が進まなかった国内外の中小規模施設や環境保護後進国での利用促進による世界的なVOC削減が可能になると考えられます。世界的な環境汚染物質排出の抑制と改善という人類にとって喫緊の課題の解決手段として非常に重要です。

今後の展開

 太平化学産業と協力し、VOC処理装置メーカー及び処理業者との実地検討等を行い、実用化に向けた製品開発を引き続き行っていきます。またHAp材料を主とした材料開発を通じ、他分野にも適用可能な機能性材料開発を継続していきます。

 本研究は、科学技術振興機構事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEPの支援をもとに、太平化学産業との共同研究により実施しました。

用語解説

(*1)HAp
 
ヒドロキシアパタイト。アパタイト構造を有するリン酸カルシウムの総称。化学量論型HApは化学式Ca10(PO4)6(OH)2の組成を持ち、Ca/PCaPのモル比)は1.67となります。様々な用途に用いられる機能性セラミックス材料として知られており、例えば優れた有機親和性、高い吸着能及びイオン交換能利用した、人工骨・人工歯根といったバイオセラミックス、高速液体クロマトグラフィー用充填剤、除タンパク材、抗菌剤担体などに広く利用されています。
(*2)熱励起ラジカル
 熱により励起された不対電子をもつ原子や分子、あるいはイオンを差します。
(*3)VOC
 揮発性有機物(Volatile Organic Compound)の略称で、大気中に気体で存在する有機化合物のうち沸点が50℃~260℃の物質の総称と定義されています。主な例として、塗料、印刷インキ、接着剤、洗浄剤、ガソリンなどに含まれるトルエン、酢酸エチルなどが代表的な物質になります。大気汚染問題の他、悪臭及び発がん性等の健康被害への影響も報告されており、特に最近ではシックハウス症候群や化学物質過敏症の原因物質としてされています。

論文情報

① 論文名: New possibility of hydroxyapatites as noble- metal-free catalysts towards complete decomposition of volatile organic compounds
著者名: 辛韵子(先進セラミックス研究センター特任助教)、安藤友里(研究当時:生命・応用化学専攻 大学院生)、中川草平(太平化学産業株式会社研究開発部、生命・応用化学専攻 大学院生)、西川治光(先進セラミックス研究センター客員教授)、白井孝(生命・応用化学専攻、先進セラミックス研究センター准教授)*(*責任著者)
掲載雑誌名: Catal. Sci. Technol.
公表日: 2020年8月21日
DOI: 10.1039/d0cy00787k
URL: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2020/cy/d0cy00787k#!divAbstract

② 論文名: Oxidative decomposition of volatile organic compounds on hydroxyapatite with oriented crystal structures
著者名: 辛韵子(先進セラミックス研究センター特任助教)、池内大道(研究当時:未来材料創成工学専攻 大学院生)、洪正洙(研究当時:先進セラミックス研究センター特任助教)、西川治光(先進セラミックス研究センター客員教授)、白井孝(生命・応用化学専攻、先進セラミックス研究センター准教授)*(*責任著者)
掲載雑誌名: J. Ceram. Soc. Japan
公表日: 2019年4月1日
DOI: http://doi.org/10.2109/jcersj2.18185

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 大学院工学研究科 生命・応用化学専攻
先進セラミックス研究センター
准教授 白井 孝
TEL: 052-735-7536
E-mail:
shirai[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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