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世界中にあるフッ素系農薬を全て探索&解析 ― 地球環境に配慮した新しい農薬開発へ指針 ―

カテゴリ:プレスリリース|2020年09月03日掲載


発表のポイント

〇 世界中にあるフッ素系農薬424剤を全て解析。
〇 化学的性質から「除草剤&殺菌剤」と「殺虫剤&殺ダニ剤」の2つに分類されることが判明。
〇 残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に基づいた環境への影響を推測。
〇 地球環境を考えた新しい農薬の設計指針になると期待。

概要

 本学大学院工学研究科の小川雄大氏(生命・応用化学専攻大学院生)、徳永恵津子研究員、柴田哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻)らの研究グループは、公益財団法人相模中央化学研究所の平井憲次副理事長、小林修副主任研究員らと共同で、世界中に存在する2500以上の農薬を全て解析し、その中に含フッ素物質が424剤存在することを見出しました。最近20年間では、開発品の5割以上が含フッ素物質であることを突き止め、今世紀に入りフッ素の需要がますます伸びていることがわかりました。続いて424剤の構造、物性、薬効などの情報をデータベース化し解析した結果、フッ素系農薬はそれらの物性から「除草剤&殺菌剤」と「殺虫剤&殺ダニ剤」の2つのグループに分類出来ることがわかりました。残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に掲載されている化学物質と照らし合わせることにより、フッ素系農薬は塩素系農薬に比べて安全性が高いことも示唆されました。これらの解析結果により、喫緊の課題である、地球環境に配慮した農薬の開発研究が加速すると期待されます。本研究成果は、2020年9月3日にCell Press社が提供するオープンアクセス・ジャーナル「iScience」で公開されました。

図☆.jpg図.本研究のイメージ図

研究の背景

 "明日のための寓話・・・そして、鳥は鳴かず・・・自然は逆襲する"。これは、「沈黙の春、レイチェル・カーソン/著」(*1)単元見出しからの抜粋です。「沈黙の春」は、1940年から1960年代にアメリカを含め世界中で実用化され、大規模に空中散布されたDDT(*2)をはじめとする殺虫剤の危険性と実態を告発した衝撃的な出版物で、農薬を含む化学物質の使用に警鐘を鳴らした環境問題を取り扱う古典といえます。「沈黙の春」は、世界を動かしDDTの使用禁止を実現しました。その反面、あと一歩にまで迫ったマラリア撲滅を逃したともいわれる議論多き書物でもあります。現在、マラリア感染をはじめ、デング熱、ジカ熱など蚊が媒介とする感染症による死亡者数は、毎年70万人ともいわれており、感染症対策は人類の喫緊の課題です。そもそも農薬に限らず化学物質の危険性は、事あるごとに取り上げられており、医薬品によって起こる薬害も含まれます。なかでも健常者が摂取する可能性のある農薬は、その使用量が医薬品と比べて桁違いに多く環境への影響も大きいことから、所定の農薬登録基準を満たした化合物しか農薬登録ができず、さらに適正な管理のもとで使用されていますが、人体や地球環境を考えるうえで、もっとも注意すべき化学物質であるといえます。無農薬野菜をはじめ食の安全性に注目があつまりますが、増え続ける世界人口、とりわけアジアやアフリカ地域の人々の食を確保・維持していくには、農薬なしでは実現できません。そのうえ、効率的な農薬を開発しても、植物や昆虫などが薬剤に対する耐性を獲得するため、効き目が減少します。このような社会情勢の中、耐性を獲得した有害生物に対しても卓効を示し、人も含めた哺乳動物や有用生物に対しても安全でかつ環境保全性に優れた、高活性な新しい農薬の開発が切望されています。

研究の内容

 地球に優しく、かつ、雑草や病害菌、害虫、また寄生虫等を選択的に防除可能な優れた農薬の開発は、どのように実現することができるのでしょうか。今回、柴田教授らは、フッ素物質に着目し、農薬を解析することにしました。世界に存在する農薬は2500程度あると推察され、国やそれぞれの地域によって耕作面積、気候や生物、また経済状況も大きく異なるため、使用される農薬の数は膨大です。農薬残量基準値も我が国と諸外国では設定状況が異なり、使用されている農薬の詳細やそれぞれの性質を把握することは簡単ではありません。
 柴田教授らは、最近の約20年間に国際標準化機構に登録された農薬をすべて解析しました。その結果、登録された農薬は238剤で、そのうちフッ素物質は127剤、実に登録数の53%を占めることがわかりました(図1)。これは、予測を大きく覆す驚くべき結果です。フッ素の使用によって生物活性物質の性能が向上する例が多々報告されていますが、非フッ素物質に比べ大きな製造コストがかかるのが障壁です。そのため医薬品等への積極的な利用は目立ちますが、大量散布と安価製造が要求される農薬への使用は、避ける傾向があるといわれています。さらに、使用目的別に解析した結果、抗菌剤と除草剤では登録品の半数程度がフッ素物質であるのに対し、殺虫剤と殺ダニ剤では、それぞれ70%、77%をフッ素物質が占めることがわかりました(図2)。

図1☆.jpg

図1. 1998年以降に登録された農薬のフッ素物質と非フッ素物質の割合

図2☆.jpg図2. 1998年以降に登録された農薬の使用用途別分類とフッ素物質と非フッ素物質の数


 
続いて国際標準化機構に登録されている農薬だけでなく、世界中で使用されている(現在、使用禁止等も含む)農薬約2500剤を調べたところ、フッ素物質が424剤存在することがわかりました。この424剤を用途別に解析した結果、物質に含まれるフッ素の数が増えるほど、殺虫剤、殺ダニ剤の占める割合が増えていくことがわかりました。分子中に含まれるフッ素原子の数を6個以上で解析すると、実に75%が殺虫剤と殺ダニ剤であることが判明しました(図3)。さらに分子量解析、オクタノール/水分配係数(logP)(*3)に基づいて解析した結果、除草剤、抗菌剤は、医薬品に似た物性傾向を示すのに対し、殺虫剤、殺ダニ剤では、医薬品とは正反対の傾向が見いだされました(図4)。この理由をさらに詳しく解析した結果、脂溶性・水溶性のバランスが大きく関与していることがわかり、昆虫やダニの表面への吸着や浸透にフッ素が有効である可能性が示唆されました。

図3☆.jpg
図3. フッ素原子を6つ以上持つ農薬の用途別分類

図4.png図4. フッ素系農薬424件の使用用途とオクタノール/水分配係数(logP)との関係

 
続いて農薬中に含まれる複素環を調査しました。複素環は、農薬活性を引き出す重要因子であることは知られており、農薬のおよそ80%が複素環化合物であることがわかっています。ところがフッ素含有農薬では、複素環の割合は60%でした。この解析結果は、フッ素原子による脂溶性・水溶性のバランス調整力が深く反映していると考察され、フッ素が複素環の代替部品としての役割の可能性も示唆しています。
 最後に地球環境への影響を解析しました。そもそもフッ素物質が化学的に安定であることはよく知られており、テフロン製品などは、その丈夫さを活用した好例です。一方、フッ素物質の高い安定性は、自然環境に対しては有害にも働きます。温暖化やオゾン層破壊で問題となっているフロンガス(*4)、人体や環境中に長く残るため「永遠の化学物質」と呼ばれるPFOA(*5)、PFOS(*6)などがそれにあたります。そこで、ストックホルム条約(*7)で規制されている化学物質を調べました。その結果、18種の農薬が規制対象となっており、最大警告付随書Aには17剤、条件付き使用付随書Bには1剤の記載がありました。付随書A記載の17剤はすべて塩素物質であり、フッ素物質は、付随書Bに分類されるPFOSの1剤のみでした(図5)。PFOSは、発泡剤、消火剤などの使用される化学物質ですが、その類延体が農薬としても使用許可されています。この事実はフッ素化合物の高い安定性から考えると矛盾しており、興味深い不思議な結果といえます。環境への影響にはさらなる調査が必要です。
図5☆.jpg図5. 残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約で規制されている化学物質(農薬)

社会的な意義

 柴田教授らは、さらにフッ素官能基別や作用機序別にも詳細な解析を行い、フッ素が農薬活性に及ぼす様々な傾向を掘り起こすことに成功しました。これらの解析結果から、除草剤、殺菌剤、殺虫剤、殺ダニ剤などの使用目的別に農薬をデザインするためのひとつの指針が見えてきたといえます。とりわけ、耐性獲得が早い殺ダニ剤、殺虫剤、そして殺菌剤では、常に新規農薬開発が求められており、フッ素系農薬の開発需要が顕在化しています。また、ストックホルム条約と照らし合わせ、環境に優しい農薬の設計にもヒントが得られたといえます。
 新型コロナウイルス感染で経験しているように、私たちは古くから、突如として現れる感染症に脅かされてきました。近年我が国でもデング熱感染が報告されるなど、蚊が媒介する熱帯感染症であっても、地球温暖化が進む現在は、熱帯地域だけの問題ではなくなっています。毒性を持つ特定外来生物ヒアリの被害などもその一部といえるでしょう。私たちは、我が国だけでなく、地球規模で農薬開発に取り組んでいく必要があります。

今後の展開

 昨年、フッ素で置換されたDDT(フッ素化DDT)が、より少ない散布量で効果的に蚊を殺すことが報告されました(*8)。私たちは、短くともこの先100年を見据えた地球環境を考慮しながら、農薬を開発していかなくてはなりません。私たちフッ素を取り扱う化学者が、農薬研究に携わる多くの企業、関係者と共同で研究を行い、かつ環境問題に取り組む研究者とも意見交換を密接に行うことによって、100年先を見据えた環境に優しい農薬の開発が実現すると考えています。

 本研究は、日本農薬学会研究助成金(代表者:徳永恵津子、柴田哲男)等の支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)沈黙の春(原題Silent Spring・1962):レイチェル・ルイズ・カーソン/著 、青樹簗一/訳
(*2)DDT:ジクロロジフェニルトリクロロエタンの略。1939年から殺虫剤として使用された農薬。日本では戦後、ノミ、シラミを退治するために人にふり掛けていた薬剤。地球環境への影響が強く、使用が禁止されていたが、最近、目的、場所など制限付きで使用が認められている。
(*3)オクタノール/水分配係数(logP):オクタノールと水の2相システムにおける物質のオクタノール相と水相に溶解している濃度の比。医薬品開発の重要な因子とされている。
(*4)フロンガス:エアコンや発泡剤などに使用される炭素数1から3程度のフッ素化合物。モントリオール議定書で記載されたオゾン層破壊の要因になる物質は、塩素を含むクロロフルオロカーボン(CFC)である。非オゾン破壊性の塩素を含まないフロン(HFC、 代替フロン)が開発されているが、地球温暖化係数が高く京都会議以降に規制対象となっている。
(*5)PFOA:ペルフルオロオクタン酸。ストックホルム条約による付随書A記載(使用禁止物質)。
(*6)PFOS:ペルフルオロオクタンスルホン酸。ストックホルム条約による付随書B記載(使用制限物質)。
(*7)ストックホルム条約:残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約。2001年5月、ストックホルムで行われた外交会議において採択。
(*8)以下参照"A Nazi Version of DDT Was Forgotten. Could It Help Fight Malaria?"
https://www.nytimes.com/2019/10/17/science/nazi-ddt-malaria.html

論文情報

論文名:Current contributions of organofluorine compounds to the agrochemical industry
著者:Yuta Ogawa, Etsuko Tokunaga, Osamu Kobayashi, Kenji Hirai* and Norio Shibata*(*責任著者)
発表雑誌:iScience, 23 (9), 101467, SEPTEMBER 25, 2020
URL: https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(20)30659-3
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101467

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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