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骨と同じ成分からなる脱"レアメタル"触媒でSDGs達成に貢献 ー光化学オキシダントの原因となるVOCガスの分解性能を飛躍的に向上させる新たな表面活性化技術を開発ー

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カテゴリ:プレスリリース|2021年4月14日掲載


発表のポイント

〇 歯や骨の主成分として知られる水酸アパタイト(HAp)へのメカノケミカル処理により、大気環境汚染の原因物質である揮発性有機化合物(VOC)を100%無機成分まで完全酸化分解することに成功
〇 メカノケミカル処理中に使用するボールのサイズを調整するだけで、HApの表面化学構造を簡便に制御できる表面処理技術の開発に成功し、大幅な特性向上が実現
〇 貴金属フリー、高活性、高安定性を併せ持つ、多機能性環境浄化触媒として、世界的な大気環境改善や水質浄化用途に利用することで、SDGs達成への貢献が期待

概要

 本学大学院工学研究科、先進セラミックス研究センターの白井孝准教授、辛韵子特任助教の研究グループは、大気・室温でのワンステップのメカノミカル(Mechanochemical,*1)処理により、水酸アパタイト(Hydroxyapatite, HAp*2)の表面を選択的に活性化させ、揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound, VOC*3)を100%無機成分まで完全酸化分解し、かつサイクル特性に秀でた高安定性触媒材料の開発に成功しました。今回のターゲット材料であるHApは、地球上に多く存在するカルシウムとリン酸から構成され、歯や骨の主成分として知られ、人々に身近なセラミックスです。近年、熱励起ラジカル(*4)及び酸塩基特性の利用により、酸化触媒として有用であることが本研究グループにより世界で初めて報告されました(*5)。これまでHAp材料に対し触媒能を付与するために、HAp材料の合成時における緻密な条件設定が必要でしたが、今回、市販される汎用的なHAp粉体に対して、今回、大気・室温での簡便なメカノケミカル処理を施すことで、市販される汎用的なHAp材料表面を、選択的に活性化させ、その触媒能を飛躍的に向上させつつ、安定なサイクル特性に秀でた機能性触媒材料の開発に成功しました。HAp材料自身が触媒能を持つため、通常の貴金属触媒のようにセラミックス担体に担持させる必要がなく、HAp材料のみで触媒フィルターを作製することが可能であるなど、環境保全および資源の有効活用のみならず、実用上や経済上の優位性をもつことから、今後、VOCの排出制御による大気及び水質浄化への環境浄化技術への実用化が期待されます。
 なお、本成果は、2021年4月6日(日本時間)にイギリスのネイチャー・リサーチが刊行する学術雑誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
(URL:https://www.nature.com/articles/s41598-021-86992-8
 

研究の背景

 化学製造、印刷、発電所、自動車などの工業プロセスから排出される揮発性有機化合物(VOC)は、光化学スモッグや二次エアロゾルの前駆物質として、最も有害な大気汚染物質の1つです。また、VOCは毒性と発がん性があり、人類にとって非常に有害な影響を及ぼすため、VOC排出の抑制は最も重要な地球環境問題の1つになっています。
 従来、VOCの排出対策として、凝縮、吸着、生物分解および触媒酸化分解などの除去技術が確立されてきました。特に触媒酸化分解法は、より低エネルギーでVOCを水や二酸化炭素などの、無毒性な最終生成物に分解できるため、多く利用されています。同手法は一般的に、白金、パラジウム等の貴金属ナノ粒子触媒を用いて、VOCを200~400℃の低温下で酸化分解処理しますが、低温での分解が可能である反面、貴金属ナノ粒子を触媒として用いているため、その高い生産コストや触媒中毒による劣化、リサイクル利用が困難などの問題があるほか、希少価値材料保全やその供給リスクの観点から、安価な貴金属フリー代替触媒材料の開発が求められています。近年、転移金属酸化物やその転移金属を担持したものなどを、貴金属フリー代替触媒材料として開発されていますが、複雑な合成プロセスおよび、その化学組成の精密制御が必要な点等が、工業利用上の問題点となっています。

研究の内容・成果

 近年、本研究グループは、歯や骨の主成分として知られ、人々に身近なセラミックスである水酸アパタイト(HAp)に着目し、熱励起ラジカル及び酸塩基特性の利用により、酸化触媒として有用であることを世界で初めて報告しました(*5)。しかし、HAp材料に対し触媒能を付与するために、HAp材料の合成時における緻密な条件設定が必要でしたが、今回、大気・室温での簡便なメカノケミカル処理を施すことで、市販される汎用的なHAp材料表面を、選択的に活性化させ、その触媒能を飛躍的に向上させつつ、安定なサイクル特性に秀でた機能性触媒材料の開発に成功しました。
 HAp材料自身が触媒能を持つため、通常の貴金属触媒のようにセラミックス担体に担持させる必要がなく、HAp材料のみで触媒フィルターを作製することが可能であるなど、環境保全および資源の有効活用のみならず、実用上や経済上の優位性をもつことから、今後、VOCの排出制御による大気及び水質浄化への環境浄化技術への実用化が期待されます。

1.jpg

図1 (a)メカノケミカル処理の概要と処理前後のHApの(b)粒子形態(SEM)、(c)結晶性評価(XRD)、 (d)HApの結晶構造、(e)結晶面の強度比

 本研究では、遊星型ボールミル装置を用いて、セラミックス製容器内に、市販HAp粉体と異なるサイズのボール(3/10/15 mm)を大気中にて充填し、種々の条件下でメカノケミカル処理を行いました(図1-(a))。メカノケミカル処理されたHAp粉体の粒子形態と結晶構造を図1-(b),(c)に示します。メカノミカル処理後、表面欠陥や格子歪みの生成によりHAp粉体の結晶性が低下しました。また、計算されたa(300)/c(002)結晶面比率の結果(図1-(d))より、メカノミカル処理は、c面に対して選択的に結晶構造を変化させることがわかりました。またX線光電子分光(XPS)表面解析の結果(図2)により、メカノミカル処理されたHAp粉体は、c面に存在している
PO43-サイト中のP-O結合解離により欠陥構造および酸素空孔が多く生成することが確認されました。用いるボールのサイズを調整することで、HAp粉体の表面欠陥の割合などの化学構造を簡単に制御できることを見出しました。さらに、電子スピン共鳴(ESR)装置の測定結果より、メカノミカル処理により表面化学構造制御されたHApは、熱誘起活性ラジカル(・O2)の生成が向上することが確認できました(図3-(a))。これらの熱誘起活性ラジカルは、HAp構造中におけるPO43-サイトの欠陥構造(PO-)および酸素空孔(vacancy)の位置に存在している不対電子と、吸着された酸素分子が反応したものと考えられます(図3-(b))。
 表面活性化されたHAp粉体を用いて、VOCの一種である酢酸エチルの酸化分解結果を図3-(c)に示します。メカノケミカル処理後のHAp粉体は、酢酸エチルをより低温領域(200度〜)から分解し、400度での無機化率は100%に達成しました。また、サイクル実験の結果より、メカノケミカル処理HAp粉体は非常に高い安定性を示し、安定的なサイクル利用が可能な高活性酸化触媒として、環境浄化技術への応用が期待できることを見出しました。


2.jpg図2 メカノケミカル処理前後のHAp のX線光電子分光解析(XPS)結果(a)O1s、(b)P2p軌道

3.jpg図3 (a)メカノケミカル処理前後のHAp の電子スピン共鳴解析(ESR)結果、(b)メカノケミカル処理により表面選択的活性化機構、(c)処理後のHAp(3mm)における酢酸エチルの無機化率及びサイクル実験の結果

社会的な意義

 2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)を達成するための技術革新が各方面で求められています。エネルギー/環境分野でも持続可能な環境づくりのため様々な取り組みがなされており、大気汚染改善や安全な水資源確保に必要な技術開発が世界的に行われています。
 日本国内では、大気汚染防止法に基づく規制や、事業者による産業公害防止に向けた取組等の効果により、大気環境の改善がなされてきている一方、アジア地域等においては、未だ深刻な大気汚染問題が生じています。前述の通り、世界有数のVOC排出国である中国ではPM2.5問題を契機とした大気汚染防止等により環境保護の規制強化を進めるなど、世界的に環境汚染物質であるVOC削減の取り組みが行われています。本研究にて開発された、高価かつ希少な貴金属を用いず、高効率なガス分解特性を有するHAp触媒が実用化されれば、コスト面で導入に積極的でなかった国内外の中小規模施設や環境保護後進国での利用が促進されると考えられ、世界的なVOC削減、ひいては大気環境の改善が可能になると考えられます。本研究により開発されたHAp触媒への表面処理による触媒活性向上技術は、富める国しか入手できない貴金属触媒の代替触媒として、日本から広く世界へ普及できれば、世界的な環境汚染物質排出の抑制と改善という人類にとって喫緊の課題を解決できると期待しています。

今後の展開

 太平化学産業と協力し、VOC処理装置メーカー及び処理業者との実地検討等を行い、実用化に向けた製品開発を引き続き行っていきます。またHAp材料を主とした材料開発を通じ、他分野にも適用可能な機能性材料開発を継続していきます。
 本研究は、科学技術振興機構事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEPの支援をもとに、太平化学産業との共同研究により実施しました。

用語解説

(*1)Mechanochemical
 メカノケミカル。物質に機械的エネルギーを与えると、物質が粉砕された同時に表面結合状態が変化を起こして活性化され、周りの物質と化学的な反応を生じること。

(*2)HAp
 ヒドロキシアパタイト。アパタイト構造を有するリン酸カルシウムの総称。化学量論型HApは化学式Ca10(PO4)6(OH)2の組成を持ち、Ca/P(CaとPのモル比)は1.67となります。様々な用途に用いられる機能性セラミックス材料として知られており、例えば優れた有機親和性、高い吸着能及びイオン交換能利用した、人工骨・人工歯根といったバイオセラミックス、高速液体クロマトグラフィー用充填剤、除タンパク材、抗菌剤担体などに広く利用されています。
(*3)VOC
 揮発性有機物(Volatile Organic Compound)の略称で、大気中に気体で存在する有機化合物のうち沸点が50℃~260℃の物質の総称と定義されています。主な例として、塗料、印刷インキ、接着剤、洗浄剤、ガソリンなどに含まれるトルエン、酢酸エチルなどが代表的な物質になります。大気汚染問題の他、悪臭及び発がん性等の健康被害への影響も報告されており、特に最近ではシックハウス症候群や化学物質過敏症の原因物質としてされています。
(*4)熱励起ラジカル
 熱により励起された不対電子をもつ原子や分子、あるいはイオンを差します。
(*5)名古屋工業大学プレスリリース
 歯や骨の主成分として知られる水酸アパタイト(HAp)を用いて揮発性有機化合物(VOC)の完全分解を達成 ―貴金属添加が不要なセラミックス触媒による環境浄化技術の新たな可能性 ―(2020年08月21日付)
URL:https://www.nitech.ac.jp/news/press/2020/8465.html

論文情報

論文名: Noble-metal-free hydroxyapatite activated by facile mechanochemical treatment towards highly-efficient catalytic oxidation of volatile organic compound
著者名:辛韵子(先進セラミックス研究センター特任助教)、白井孝(生命・応用化学専攻、先進セラミックス研究センター准教授)*(*責任著者)
掲載雑誌名:Scientific Reports
公表日:2021年4月6日(日本時間)
DOI:10.1038/s41598-021-86992-8
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-021-86992-8

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 大学院工学研究科 生命・応用化学専攻
先進セラミックス研究センター
准教授 白井 孝
TEL: 052-735-7536
E-mail:
shirai[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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