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フッ素官能基を持つアルカロイド様物質の製造に成功 -創薬の成功確率を向上させる新しい化合物ライブラリーの開発-

カテゴリ:プレスリリース|2021年11月30日掲載


発表のポイント

〇 アルカロイドのような光学活性多環式複素環化合物を一挙に製造する手法を開発
〇 得られる複素環化合物は、医薬品設計には欠かせないフッ素官能基を不斉四置換炭素上に持つ
〇 創薬の成功確率を向上させる新しい化合物ライブラリーの開発

概要

 本学大学院工学研究科の柴田哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および生命・応用化学専攻)、Malla Reddy Gannarapu氏(研究当時:研究員)、今井宇紀氏(研究当時:生命・応用化学専攻博士前期課程2年)、岩城健太郎氏(工学専攻創造工学プログラム博士前期課程2年)、産業技術総合研究所の都築誠二氏らの研究グループは、天然から得られるアルカロイドのような骨格と、天然には全く存在しないフッ素官能基であるトリフルオロメチル基を併せ持った多環式インドール/インドリン化合物の一段階不斉製造法を見出しました。医薬品や農薬を開発するために力を発揮する品質の高い化合物ライブラリーの迅速合成法になると期待できます。

 本研究成果は、20211118日にNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル「Communications Chemistry」のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景 

 自然界に広く存在するアルカロイド(*1)は、複数の窒素原子と不斉炭素を有する多環式インドール/インドリン骨格を持つ化合物が多く、合成化合物と比較し、広く多様性のある特異な化学空間(ケミカルスペース)(*2)を示すのが特徴です。多くのアルカロイドが興味深い薬理活性を示すことが知られており、アルカロイドやその誘導体は医薬品として活用されています。アルカロイドが薬理活性を示す理由のひとつは、アルカロイドが持つ化学空間に起因すると考えられています。physostigmine (アセチルコリンエステラーゼ阻害剤)、 fructigenine A(抗炎症剤)、 gliocladin B (抗腫瘍薬)、 polyveolineなどがその例になります(図1a)。一方、天然には全く存在しないフッ素(*3)官能基であるトリフルオロメチル(CF3)基を不斉炭素中心に持つ有機物質には、例えばefavirenz(抗HIV薬)やDPC 083(抗HIV薬)、lotilaner(動物用医薬品)、esaxerenone(非ステロイド系抗ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)のように、医薬品や農薬として大きな成功を収めている化合物が数多く存在します(図1b)。このような現状を顧みると、これら2つの特徴を兼ね備えた物質、すなわち、不斉炭素中心にトリフルオロメチル基を持つ含窒素アルカロイドのような多環式インドール化合物は、興味深い生物活性を示す可能性が多分にあると予測出来ます。しかしながら、そういった化合物の製造手法は限られており、また、多段階合成が必要であることなどから、医薬品候補化合物としての研究は進んでいない状況にあります。

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図1.a) 多環式のインドール/インドリンを骨格とする代表的な生物活性アルカロイド
   b) 立体的な炭素中心にCF3基を持つ代表的な合成医薬品(医薬品および農薬)

研究の内容

 今回、柴田教授らは、アレンとトリフルオロメチル基を持つエチニルベンゾオキサジナノン類1と、環状スルファミルイミン化合物2とを不斉配位子Lの存在下、銅(Cu)触媒を用いて反応させると、脱炭酸反応を伴いながら、カスケード型縮環反応を起こして、特異な化学空間を持ち、トリフルオロメチル基が不斉四置換炭素上に結合した多環式インドール/インドリン化合物3が高い立体およびエナンチオ選択性で合成出来ることを見出しました(図2)。この反応手法は、天然から得られるアルカロイドの様な多環式物質で、かつ、天然には存在しないトリフルオロメチル基を持った有機化合物が、一挙に不斉合成出来る革新的なものです。新しい医薬品や農薬の開発研究をサポートする手法として大いに期待されます。

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図2.トリフルオロエチニルベンゾオキサジナノン類と環状スルファミルイミン化合物との銅(Cu)触媒を用いた新しい脱炭酸カスケード型縮環反応

 柴田教授らの見出した脱炭酸カスケード型縮環反応の鍵は、銅触媒の存在下、アレン部分が変換して生じる「銅-アレニリデン反応中間体I」の3つの連続した炭素中心の反応制御にあります。銅-アレニリデン反応中間体Iには、銅原子から数えて、αβγ位に3つの反応性の高い炭素が連続して並んでいます。これまでの常識では、γ位の炭素で反応が優先的に起こり、2つの新しい結合を持つエチニル-N-複素環が生成します(モードA、図3a)。ところが、トリフルオロメチル基に隣接した銅-アレニリデン中間体Iでは、従来型のγ-位炭素での反応は起こらず、α-およびβ-位炭素を経由して環化反応が進行するというこれまでの知見とは異なった反応が起こることがわかりました(モードB、図3b)。その結果、トリフルオロメチル基を不斉四置換炭素上に持つインドリン複素環3が、優れたジアステレオ・エナンチオ選択性(最高99% dr99% ee)および高収率で得られました(図2)。とりわけ、トリフルオロメチル基が縮環位不斉四置換炭素上に結合した複素環有機化合物の合成手法は、ほとんど報告例がないことから、当該手法は、革新的な合成手法といえます。

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図3.エチニルベンゾオキサジナノン類を用いた反応様式
    a) 既存の反応 b) 新反応の仮説(柴田教授らの研究)

社会的な意義

 本研究では、エチニルベンゾオキサジナノン類の環化形式を、フッ素を用いて制御する新しい戦略を明らかにしました。銅-アレニリデン部位には、α、β、γ位の3つの反応性の高い炭素が並んでおり、これら反応点の制御は、この分野における重要な課題でした。柴田教授らの新しい知見は、銅-アレニリデン化合物の研究に大きな進展をもたらすと考えられます。
 この反応では、まるで天然から得られるアルカロイドのような複雑な化学構造を持ち、天然からは決して得ることの出来ない含フッ素多環式複素環化合物を、収率良く、その上最大99%の光学純度で合成出来ることも大きな特徴です。分子内にフッ素原子持つ有機化合物は、医薬、農薬分野で重要であります。最近5年間で開発された新しい合成医薬品の30%、合成農薬の70%は含フッ素有機化合物です。しかしながら、そのほとんどが不斉炭素を持たない化合物、あるいはラセミ体の混合物として使用されています。これは光学活性含フッ素有機物質の合成手法が成熟していないことを意味しています。柴田教授らが発見したこの手法を用いることにより、光学的に純粋な含フッ素多環式複素環化合物が容易に入手出来るようになります。今後、医薬・農薬開発に重要なツールとなることが期待出来ます。

今後の展開

 本手法で合成した含フッ素多環式複素環化合物群は30種類程度あり(図4)、そのいずれもがアルカロイドのような生物学的に興味深い性質を示す可能性があります。今後は製薬・農薬関係の研究機関の協力を得て、一連の化合物群の生理作用を調べていく予定です。また、今回見出した銅-アレニリデン化合物の反応制御手法を展開し、より複雑な多環式複素環化合物群の不斉合成にも展開していきたいと考えています。

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図4.当該手法を用いて合成した含フッ素多環式複素環化合物群

 

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究B「化学結合切断と双性イオンの発生、反応性制御に基づく中員環分子群のモジュール合成」(代表者:柴田哲男)等の支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)アルカロイド:植物、微生物、真菌や両生類などの天然物から得られる、窒素原子を含んだ有機化合物。ケシから得られるモルヒネは、麻酔薬として使用されるアルカロイドである。

(*2)化学空間(ケミカルスペース):化合物群の構造多様性を表現する一つの考え方。化合物構造の特性を、脂溶性、分子量、sp3炭素の数やヘテロ原子など様々なn個のパラメーターで表した時に形成されるn次元の空間。空間的な広がりが大きいほど構造多様性に富んでいることを示す。天然物と合成化合物では、天然物の方が広い化学空間を占める。

(*3)フッ素:ハロゲン族(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I)の一つの元素。医薬品の製造に用いられる。歯磨き粉やテフロン性フライパンにも使用されている。

論文情報

論文名:Construction of poly-N-heterocyclic scaffolds via the controlled reactivity of Cu-allenylidene intermediates
著者名:Gannarapu, M. R.; Imai, T.; Iwaki, K.; Tsuzuki, S.; Shibata, N.*(*責任著者)
雑誌名:Communications Chemistry
DOI: 10.1038/s42004-021-00596-x
URL:https://www.nature.com/articles/s42004-021-00596-x

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
共同ナノメディシン科学専攻、生命・応用化学専攻
教授 柴田 哲男
Tel:052-735-7543
E-mail:nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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