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カルシウムイオンを結合するロドプシンの発見 ~海の細菌がカルシウムを感じる機構とセンサー応用への期待~

カテゴリ:プレスリリース|2022年03月10日掲載


発表のポイント

〇 陽イオンを内部に結合するロドプシンは存在しないと信じられていたが、海洋性細菌が持つTATロドプシンがカルシウムイオンを結合することを見出した。
〇 このロドプシンは、環境中のカルシウム濃度とpHを感知しているものと考えられる。
〇 このロドプシン分子の特性を活かしたカルシウムセンサーへの応用が期待される。

概要

 本学オプトバイオテクノロジー研究センターの神取秀樹教授、片山耕大助教及び大学院工学研究科の杉本哲平氏(工学専攻生命・応用化学系プログラム 博士前期課程2年)は、海洋性細菌が持つロドプシンがカルシウムイオンを結合することを発見しました。
 ロドプシンの内部には、光を吸収するためにレチナールという分子が存在しますが、これが正電荷を持つため、陽イオンはロドプシンの内部には結合しないものと信じられてきました。今回、神取グループでは、海洋性細菌に含まれるTATロドプシンというロドプシンがカルシウムイオンを結合することを発見しました。TATロドプシンは、レチナール分子の正電荷を中性化し、黄緑色の光から紫外線を吸収する状態へと変換することで、カルシウムイオンの結合を達成することが明らかになりました(図)。興味深いことに、カルシウムイオンを結合すると、百万倍以上長く光情報がタンパク質に残り、TATロドプシンはカルシウム依存的な紫外線センサーとしてはたらくものと考えられます。
 カルシウムイオンは生体内の情報伝達に不可欠なイオンであり、生体内イメージングのため、様々なカルシウムセンサーが開発されています。初めてカルシウムイオンを結合するロドプシンが見つかったことは、光遺伝学などの応用面でも発展が期待されます。

 本研究成果は米国化学会の雑誌「The Journal of Physical Chemistry」誌(2022年3月9日付)に掲載されました。

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研究の背景 

 我々の骨や歯を構成するカルシウムは、イオン(Ca2+)として心臓や筋肉の収縮、脳の情報伝達や記憶などに欠かすことのできない重要な役割を担っています。細胞外液にカルシウムイオンは2ミリモル含まれますが、細胞内には0.0001ミリモルしかありません。このような状態から、細胞内でカルシウムイオンの濃度が急上昇することにより、筋肉の収縮が始まり、脳神経細胞が活動するのです。カルシウムイメージングは、カルシウムイオンを結合して光る分子を使って脳の活動をモニターするための手法であり、光り方の変化から細胞内カルシウムイオン濃度の上昇がわかります。
 ロドプシンは、我々の視覚や微生物のさまざまな機能をもたらしている光センサータンパク質です。微生物が持つロドプシンは、動物の行動を光で制御する新技術である光遺伝学(オプトジェネティクス)のツールとしても注目されています。ロドプシンはさまざまな色の光(400-700 nm;可視光)を吸収できますが、これは光を吸収する分子レチナール(ビタミンAの類縁分子)が正電荷を持つためです。実際にロドプシン内部でレチナール分子が正電荷を失って中性になると、360-400 nmに限定された紫外線だけを吸収しますが(図)、紫外線を吸収する微生物のロドプシンはこれまで知られていませんでした。
 ロドプシンが陽イオンや陰イオンを内部に結合できれば、センサーとしての活用や光遺伝学への利用が可能になります。実際に、負電荷を持つ塩化物イオンをレチナールの近傍に結合するロドプシンは知られており、光遺伝学にも使われています。一方、レチナールが正電荷を持つゆえの静電反発から、ロドプシンの内部には陽イオンは結合できません。ロドプシンが陽イオンのセンサーとしてはたらくことは、これまで不可能とされてきました。

研究の内容・成果

 海洋性細菌が持つTATロドプシンというロドプシンは、重要な部位のアミノ酸がスレオニン(T)、アラニン(A)、スレオニン(T)であるためこう呼ばれています。このロドプシンの特徴として、海のpH条件で、可視光吸収型と紫外光吸収型の両方が存在することが挙げられます(図)。両者の比率はpHで変化することから、TATロドプシンが海洋環境中のpHを感知することがすでにわかっていましたが、今回、両者の比率がカルシウムイオンの濃度でも変化することが明らかになりました。TATロドプシンへの結合は、同じ二価のマグネシウムイオン、ナトリウムイオンやカリウムイオンなどの一価の陽イオンでも見られましたが、カルシウムイオンの結合はマグネシウムイオンよりも十倍、一価の陽イオンよりも千倍も高く起こりました。さらに、カルシウムイオンのない状態で黄緑色の光を吸収すると0.00001秒以内で熱に変換されますが、カルシウムイオンを結合した状態では、10秒以上も紫外線を吸収した情報がタンパク質に残ることがわかりました(図)。
 TATロドプシンは、レチナール分子が中性化し、黄緑色の光を吸収する可視光吸収型から紫外線を吸収する状態へと変換することで、カルシウムイオンの結合を達成します。変異体を用いた実験により、カルシウムイオンは54番目のグルタミン酸と227番目のアスパラギン酸に結合することがわかりました。また、赤外分光解析により、カルシウム結合はロドプシンの構造を大きく変化させることも明らかになりました。

社会的な意義・今後の展望

 今回の研究から、この海洋性細菌はTATロドプシンを使うことで、海洋環境中のカルシウム濃度とpHの両方を感知しているものと考えられます。カルシウムイオンの有無で光反応の時間が百万倍以上、異なることから、黄緑色の可視光ではなく、紫外線だけを情報源として使うというこの海洋性細菌の巧みなセンサー戦略が明らかになりました。しかしながら、紫外線を見ることのできる昆虫などと異なり、海の細菌が紫外線を捉えることの意義は不明であり、理解は始まったばかりです。
 カルシウムイオンは生体内の情報伝達に不可欠なイオンであり、生体内イメージングのため、様々なカルシウムセンサーが開発されています。初めてカルシウムイオンを結合するロドプシンが見つかったことは、応用面でも注目されます。例えば、カルシウムイオンを光のエネルギーを使って輸送するタンパク質の開発や、TATロドプシンのカルシウムセンサー原理を他のロドプシンに適用することで、光遺伝学の発展が期待されます。

論文情報

論文名:Calcium Binding to TAT Rhodopsin
著者名:Teppei Sugimoto, Kota Katayama, Hideki Kandori
掲載雑誌名:The Journal of Physical Chemistry
公表日:2022年3月9日
DOI(Digital Object Identifier):10.1021/acs.jpcb.2c00233
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpcb.2c00233

本研究成果は、文部科学省科学研究補助金(特別推進研究)、科学技術振興機構(戦略的創造研究推進事業 CREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」及びさきがけ「量子技術を適用した生命科学基盤の創出」)などの支援を受けて行われました。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科 生命・応用化学専攻
オプトバイオテクノロジー研究センター
教授 神取 秀樹
TEL:052-735-5207
E-mail:kandori[at]nitech.ac.jp 

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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