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光で水素イオンを輸送するウイルス由来のヘリオロドプシンを発見 ~円石藻大量発生の抑制に関与、光遺伝学ツールとしての応用も~

カテゴリ:プレスリリース|2022年09月06日掲載


名古屋工業大学
科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

〇 世界で初めて光応答性タンパク質・ヘリオロドプシンの機能を解明した。
〇 海洋性植物プランクトンである円石藻に感染する巨大ウイルスは、光とヘリオロドプシンを使って地球環境に影響を与える円石藻の大発生を制御している可能性がある。
〇 光で水素イオンを輸送できるヘリオロドプシンは光遺伝学の研究ツールとしても期待される。

概要

 名古屋工業大学オプトバイオテクノロジー研究センターの細島頌子特任助教、吉住玲研究員、角田聡特任准教授、神取秀樹特別教授らは、イスラエル工科大学のオデド・ベジャ教授との国際共同研究により、円石藻Emiliania huxleyiに感染する巨大ウイルスが持つヘリオロドプシンV2HeR3が光で水素イオンを輸送することを明らかにしました。本研究成果は「eLife」誌(2022年9月 6 日付)に掲載されました。

研究の背景 

 ロドプシンは動物の目ではたらくタンパク質であり、光の信号を視神経へと伝達する役割を担っています。ロドプシンは、7回膜貫通ヘリックス構造注1の中に、光を吸収する分子としてレチナールを結合しています。レチナールが光を吸収すると、ロドプシンの構造が変化して細胞内情報伝達に重要な三量体Gタンパク質注2を活性化させます(図1A、タイプ2ロドプシン)。一方、藻類や細菌など微生物の持つロドプシン(図1A、タイプ1ロドプシン)では、光センサー機能に加えて、イオン輸送や酵素反応など、さまざまな機能があることが知られています。
 タイプ1ロドプシンのイオン輸送は、2005年に光遺伝学(オプトジェネティクス)と呼ばれる新しい技術をもたらしました。光遺伝学では、脳の神経細胞に発現させたロドプシンへの光照射によってイオン輸送が起こる結果、神経の興奮や抑制を光で制御することが可能になったのです。この技術は脳のはたらきの解明に期待されているだけでなく、網膜に適用することで失明した患者の視覚再生を実現するなど、生命科学の基礎と応用を支える技術となっています。
 このようにロドプシンへの期待が高まる中、神取特別教授の研究グループはイスラエル工科大学との国際共同研究により、タイプ1ロドプシンやタイプ2ロドプシンとは異なるロドプシンのグループとして、ヘリオロドプシン(図1A)の存在を2018年に発表しました。以来、千種類を超えるヘリオロドプシンが見つかっており、古細菌や真正細菌、藻類などの真核生物や巨大ウイルスなど、さまざまな生物種に含まれることがわかっています(図1B)。しかしながら、ヘリオロドプシンの機能は未解明でした。本研究グループは、2018年、2019年にNature誌に発表した論文において、さまざまな生物種のヘリオロドプシンを調べましたが、イオン輸送などの機能は見つかりませんでした。そのため、ヘリオロドプシンは光センサーとしてはたらくのだろうと推測されましたが、そのしくみも不明であり、地球環境に広く存在するヘリオロドプシンの機能は謎のままでした。

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1 ヘリオロドプシンについて (A) ロドプシンの3つのグループ。ヘリオロドプシンは従来のロドプシンと同様、レチナールを持ち、光で構造変化が誘起されるが、アミノ酸配列が大きく異なり、タンパク質のN末端注3が細胞内に、C末端注3が細胞外に存在するという逆転した膜配向性を持つ。
(B) ヘリオロドプシンの系統樹。過去に論文発表したものを青丸で、今回の研究対象を赤丸で示した。

研究の内容・成果

 今回、本研究グループは海洋に存在する円石藻に感染する巨大ウイルス注4が持つヘリオロドプシンが、光を吸収すると水素イオンを輸送することを明らかにしました。ヘリオロドプシンの発見から4年、その機能を明らかにした初めての研究です。
 円石藻は海洋性の植物プランクトンであり、その大発生はブルーム(白潮)と呼ばれて人工衛星からも見えるほどであり、地球環境に大きな影響を与えています。円石藻に感染するウイルスはさまざまなものが知られていますが、本研究グループは2種類の巨大ウイルスが持つ合計5つのヘリオロドプシン(V1HeR1, 2 & V2HeR1, 2, 3)に着目しました。これら5つのヘリオロドプシンと円石藻自身が持つヘリオロドプシンの合計6つを哺乳類培養細胞に発現させ、電気生理学手法を用いてイオン輸送能を調べました。その結果、巨大ウイルスが持つヘリオロドプシンV2HeR3だけが、光を照射すると水素イオンを輸送すること、それ以外のヘリオロドプシンはイオン輸送能を持たないことがわかりました(図2A、B)。さらにV2HeR3をラットの大脳皮質初代培養に発現させて光を照射したところ、神経細胞の発火が観察されました(図2C)。この現象は水素イオンの流入により活動電位が発生したためであり、今後、興奮性の光遺伝学ツールとしての活躍も期待されます。
 次に、V2HeR3のイオン輸送のしくみを明らかにするため、V2HeR3タンパク質の内部にあるアスパラギン酸(D)とグルタミン酸(E)の変異体を作製し、水素イオンの輸送活性を調べました。その結果、V2HeR3とレチナールが結合した部位より細胞内側にあるグルタミン酸(E205とE215)と細胞外側にあるグルタミン酸(E191)が、イオン輸送に必須であることがわかりました。図3Cに示すメカニズムにより、タンパク質内部での水素イオンの輸送が起こることが明らかになったのです。
 円石藻や円石藻ウイルスが持つヘリオロドプシンは、今回見いだしたV2HeR3を除き、光によるイオン輸送を示しませんでした。しかしながら、V2HeR3によく似た配列を持つウイルスのヘリオロドプシンではイオン輸送を示すものがあることもわかってきました。このことから、ヘリオロドプシンはタイプ1ロドプシンと同様、さまざまな機能を持つ可能性が考えられます。

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2 イオン輸送と光遺伝学応用 (A) V2HeR3を発現させた細胞に505 nmの光を照射すると、一過性の大きな内向き電流(負の信号)が生じ、その後一定の電流(I2)が現れた。膜電位に応じて内向きと外向きの両方向の電流が観測されたが、生理的な -60 mVでは内向きに流れる(緑カーブ)。細胞外側の溶液のイオン組成を変えた実験から、水素イオンを選択的に輸送する(右下)。
(B) V2HeR3の模式図。
(C) 神経細胞における活動電位発生のイメージ図(左)と光に同期した神経細胞の連続的な発火(右)。

 

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3 イオン輸送メカニズム (A) V2HeR3に存在するアスパラギン酸とグルタミン酸の位置。
(B) 191番目のグルタミン酸をグルタミンに置換した変異体(E191Q)で完全にイオン輸送が消失し、アスパラギン酸変異体(E191D)で内向きのみ、E205Q、E215Q変異体では外向きのみのイオン輸送が見られた。
(C) イオン透過経路の模式図。

社会的な意義・今後の展望

 光で水素イオンを輸送するヘリオロドプシンの発見により、これまで謎であったヘリオロドプシンのはたらきに関するより深い理解につながります。さらに生命科学に革新をもたらした新技術である光遺伝学へのツール応用も期待されます。
 今回機能が明らかになったヘリオロドプシンがウイルス由来であったことも注目されます。ウイルスは、コロナウイルスに代表されるように、悪者のイメージが強いですが、必ずしもそうとは限りません。例えば、円石藻は植物プランクトンですが、二酸化炭素の吸着が珪藻などよりも小さいため、円石藻の大発生は、ブルーム(白潮)による環境悪化だけでなく、そこからの二酸化炭素放出による地球温暖化の作用も懸念されています。円石藻ウイルスの感染はブルームを消失させ、生態系の維持に役立っていると考えられますが、今回の研究により、円石藻ウイルスがイオン輸送能のあるヘリオロドプシン(V2HeR3)を持つことが明らかになりました。このウイルスは、V2HeR3を円石藻の細胞膜に発現させ、海洋に降り注ぐ太陽光を利用して水素イオンを円石藻内へと輸送し、膜電位変化を生じさせることで円石藻の崩壊を促進している可能性があります(図4)。
 ロドプシン研究の歴史は古く、分子の特性について多くのことがわかっています。一方、実際の生細胞におけるロドプシンのはたらきの理解は多くの生物で始まったばかりであり、それは円石藻・円石藻ウイルスにおいても同じです。円石藻の崩壊によって放出された円石(炭酸カルシウム)はエアロゾルとなって雲の形成にも関わっており、地球環境を考える上でも重要となります。円石藻自身もイオンを輸送しないヘリオロドプシンを持っており、円石藻と円石藻ウイルスの攻防において、ヘリオロドプシンがどのような役割を担っているのか、今後の展開が注目されます。

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図4 生態系での円石藻と円石藻ウイルスの関連についてのイメージ図 円石藻が大増殖するとブルーム(白潮)が発生するが、円石藻ウイルスが感染することでブルームが消失し、生態系が維持される。本研究は生細胞に対して行ったものではないが、V2HeR3が円石藻に発現すれば光でイオン輸送が起こり、膜電位を下げることで円石藻細胞の生存に大きな影響を与えることになる。イオンを輸送しないヘリオロドプシンも含め、そのはたらきが注目される。

 

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金(若手研究、特別推進研究、新学術領域研究「数理シグナル」など)及び 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」領域(JPMJCR1753、研究課題名:細胞内二次メッセンジャーの光操作開発と応用)などの支援を受けて行われました。 

用語解説

注1)7回膜貫通ヘリックス構造
ロドプシンタンパク質は7本のらせん(ヘリックス)状の構造を持ち、さらにそれらが参考図のような束となって細胞の最も外側を取り囲む細胞膜に埋まった形で存在する。そしてこの構造のことを7回膜貫通ヘリックス構造と呼ぶ。

注2)三量体Gタンパク質
細胞内情報伝達に関わるGTP結合タンパク質であり、ロドプシンのような7回膜貫通ヘリックス構造を持つ受容体タンパク質により活性化される。GTP結合タンパク質共役型受容体(GPCR)として総称される受容体は視覚などの感覚だけでなく、神経伝達物質やホルモンなどの情報伝達に関わり、創薬の重要なターゲットである。

注3)N末端・C末端
タンパク質はアミノ酸が一列に連なった鎖状の構造をしており、その末端は窒素と水素からなるアミノ基(-NH3)および炭素・酸素・水素からなるカルボキシル基(-COOH)と呼ばれる化学構造を持っている。ここからアミノ基側の末端をN末端、それに対するカルボキシル基側の末端をC末端と呼び、それを基準にすることでタンパク質の方向性を知ることができる。また細胞内ではタンパク質はN末端からC末端に向けて合成が行われる。

注4)巨大ウイルス
自己増殖できないため生物の範疇には入らないウイルスは、サイズも小さく光学顕微鏡では見ることのできない存在と考えられてきた。しかしながら近年、ミミウイルスなど光学顕微鏡で捉えられる巨大なウイルスの報告が相次いでおり、円石藻ウイルスもその1つである。大量の遺伝子を持つ巨大ウイルスの登場により、生命についての定義が見直されるかもしれない。

論文情報

論文名:Proton-transporting heliorhodopsins from marine giant viruses
著者名:Shoko Hososhima, Ritsu Mizutori, Rei Abe-Yoshizumi, Andrey Rozenberg, Shunta, Shigemura, Alina Pushkarev, Masae Konno, Kota Katayama, Keiichi Inoue1, Satoshi P. Tsunoda, Oded Béjà, Hideki Kandori
掲載雑誌名:eLife
公表日:2022年9月 6 日
DOI : 10.7554/eLife.78416
URL : https://doi.org/10.7554/eLife.78416

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
特任助教 細島 頌子
TEL:052-735-7421
E-mail:hososhima.shoko[at]nitech.ac.jp

名古屋工業大学大学院工学研究科 工学専攻(生命・応用化学領域)
オプトバイオテクノロジー研究センター
特別教授 神取 秀樹
TEL:052-735-5207
E-mail:kandori[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647       
Email:pr[at]adm.nitech.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 
FAX:03-5214-8432 
E-mail:jstkoho[at]jst.go.jp

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科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
保田 睦子
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E-mail:crest[at]jst.go.jp

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