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世界初 近赤外光を吸収する酵素ロドプシンにおける特異な光異性化経路を解明 ~光反応の常識を破るエメラルドグリーンの膜タンパク質~

カテゴリ:プレスリリース|2022年10月07日掲載


発表のポイント

〇 世界で初めてロドプシンのレチナールが7-cis型へと異性化することを解明した。
〇 低温で光反応が全く起こらないロドプシンを初めて見出した。
〇 細胞内シグナル伝達物質を制御可能であるため、光遺伝学の研究ツールとして期待される。

概要

 名古屋工業大学大学院工学研究科の杉浦雅大氏(生命・応用化学専攻 博士後期課程2年、日本学術振興会特別研究員DC1)、柴田哲男教授、神取秀樹特別教授らは、カナダ・グエルフ大学のレオニード・ブラウン教授との国際共同研究により、真菌Obelidium mucronatumが持つ近赤外光吸収酵素ロドプシンOmNeoRの異常な光反応を明らかにしました。具体的には、不安定なため自然界に存在するとは思われなかった7シス型への異性化反応が起こることを見出したのです。本研究成果は米国化学会のJ. Phys. Chem. Lett.誌に2022年10月6日(米国時間)に掲載されました。

研究の背景 

 ロドプシンは7もしくは8回膜貫通ヘリックス構造1をとり、光を吸収する発色団2としてレチナール(ビタミンAの類縁化合物)を内部に結合しています。ロドプシンは微生物ロドプシンと動物ロドプシンに分類され、微生物ロドプシンは光駆動イオンポンプ、光開閉イオンチャネル、光センサー、光活性化酵素など機能的に異なるグループを持つ一方、動物ロドプシンは三量体Gタンパク質共役型受容体3として機能します(図1A)。ロドプシンの機能はレチナールの光異性化反応によってスタートしますが、光異性化の研究は50年以上の歴史を持ち、微生物ロドプシンでは全トランス型から13シス型(図1B)、動物ロドプシンでは11シス型から全トランス型(図1C)へと異性化することが確立しています。またロドプシンの特徴は、異性化という「分子の形を変える」反応が、凍っていて分子が動けないマイナス200度の低温でも起こることであり、その反応メカニズムが多くの研究者を魅了してきました。
 近年、新しいロドプシンの発見が相次いでおり、生命活動を光操作できる革新的技術である光遺伝学4のツールとしても注目されていますが、異性化の方向性と温度依存性は共通した性質でした。そんな中、近赤外光を吸収するロドプシンが発見されました。ロドプシンは可視光領域(400 ~ 700 nm)に吸収を持ちますが、最も長波長側に吸収を持つロドプシンでも最大吸収は600 nm以下です(吸収が幅を持つため、700 nmまで光を吸収できる)。ドイツのグループはある酵素ロドプシン(NeoR)5が690 nmに最大吸収を持つことを2020年に報告しました。さらに今年、神取特別教授らの研究グループはイスラエル・日本・ドイツの国際共同研究によりイオンチャネルを結合した巨大複合体であるベストロドプシンが660 nmに最大吸収を持つこと、さらに光を吸収すると全トランス型から11シス型に異性化することを発表しました。微生物ロドプシンで初めて13シス型へ異性化しない例外が見つかったのです。興味深いことに、ベストロドプシンはマイナス100度ではわずかに光反応を起こすものの、それ以下では光を照射しても何も起こらないことがわかりました。ベストロドプシンは初めて低温で光反応しないロドプシンとなったのです。このように、ユニークな光反応の性質がベストロドプシンに対して見出されましたが、同様に近赤外光を吸収するNeoRがどのような光反応を示すのか、明らかにされていませんでした。

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1 ロドプシンの光反応 (A) 膜タンパク質であるロドプシンが持つ発色団:レチナール。レチナールの光吸収により、さまざまな機能が発現する。 (B) 微生物ロドプシンにおけるレチナールの光反応。全トランス型から13シス型へと光異性化し、熱的に元に戻る。 (C) 動物ロドプシンにおけるレチナールの光反応。11シス型から全トランス型へ光異性化し、レチナールは解離する。

研究の内容・成果

 今回、本研究グループは、真菌であるObelidium mucronatum が持つ近赤外光吸収酵素ロドプシン(OmNeoR)の光反応を調べました。始めに酵素活性を調べたところ、OmNeoRは可視光吸収型の酵素ロドプシンと二量体を形成し、光により細胞内シグナル伝達物質であるcGMPを産生することがわかりました(図2A)。OmNeoRは691 nmに最大吸収を持つためエメラルドグリーン色をしており、近赤外光の照射により紫外光吸収型の光産物(最大吸収:372 nm)を生成します(図2B)。この産物は微生物ロドプシンの中間体(図1B)のように熱的に元に戻らず、永続的に安定であり、紫外線を照射した場合に元に戻ることがわかりました。
 続いて高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてレチナールの異性体構造を調べたところ、近赤外光を照射する前のOmNeoRは全トランス型のレチナールを持つことがわかりました(図2C)。これはすべての微生物ロドプシンに共通する性質ですが、近赤外光照射により生成した紫外光吸収型の光産物を調べたところ、13シス型の位置だけでなく11シスとも9シスとも全く異なる位置にピークが現れました(図2C)。この領域には7シス型が現れるとの報告もありましたが、ダイシス型(9, 11シスや9, 13シスなど2か所がシス型になっている構造)の可能性もあります。そこで得られた異性体の構造をNMR法で調べ、この光産物が7シス型であることを明らかにしました。7シス型はレチナールを有機溶媒中で光反応させてもほとんど得ることができない極めて不安定な異性体ですが、NeoRではレチナールがすべて7シス型へと選択的に異性化することがわかりました。

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図2 OmNeoRの光化学特性 (A) NeoRは可視光吸収型の酵素ロドプシンと二量体を形成し、光により細胞内シグナル伝達物質であるcGMPを産生する。(B) OmNeoRのカラー写真(右)と光反応前後の紫外可視スペクトル変化(左)。691 nmに最大吸収を示すOmNeoRが光を吸収すると、372 nmに最大吸収を示す紫外光吸収型の光産物が生成する。 (C) 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によるOmNeoR(黒)と紫外光吸収型の光産物(赤色)のレチナール異性体分析。近赤外光照射により現れたピークXの位置は、13シス型、11シス型、9シス型、全トランス型と異なっている。

 

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図3 ロドプシンの内部で起こるレチナールの異性化反応 微生物ロドプシンは全トランス型の発色団を持ち、窒素原子がプロトン化して正電荷を持つことで、可視~近赤外の吸収を実現する。一方、光吸収によって生成する異性化構造はこれまで唯一、13シス型であった。13シス型の産物は熱的に元の全トランス型に戻るため、中間体と呼ばれている。本年、11シス型へと異性化するベストロドプシンが発見されたが、構造変化する部分が大きいためか、数分かけてゆっくりと元に戻る。9シス型と7シス型は自然界に存在していなかったが、本研究により7シス型の光産物を生成するロドプシン(OmNeoR)が見出された。より大きな構造変化をするためか、熱的には元に戻らず、室温でも安定に存在する。

 

 次に光反応の性質を調べるため、温度を下げて近赤外光を照射したところ、マイナス3度でも室温の半分しか反応せず、それ以下の温度では光反応は全く見られませんでした(図4A)。今年、報告したベストロドプシンよりもさらに高い反応の障壁が存在することを示しており、これは7シス型への異性化という特異な光反応の性質とよく対応します。さらに本研究では赤外分光解析も行い、7シス型への異性化を示唆する信号に加え、光反応に伴い発色団からプロトンが離れること、カルボン酸が複合的な変化を起こすこと、レチナールがねじれていることなどが明らかになりました。

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4 OmNeoRの分光解析 (A) 130 K(ケルビン:絶対温度)から300 Kまでの各温度で680 nmの光照射(赤)、その後380 nm で光照射(青)したときの紫外可視差スペクトル。270 K(マイナス3度)以上においてはじめて光反応を示す。(B) OmNeoRの光反応。

社会的な意義・今後の展望

 微生物ロドプシンの発色団である全トランス型レチナールの7シス型へ光異性化は、これまでの常識から大きく外れる反応です(図4B)。また、水が凍る温度で反応が起こらなくなるロドプシンも初めて確認されました。本研究は、ロドプシン分野だけでなく、光化学の分野においても強いインパクトを与える結果となりました。実際に、図3の構造は7シス型においてメチル基の立体障害を示しており、このような構造をタンパク質内部において安定に保つメカニズムの解明にはさらなる研究が必要です。
 本研究は、タンパク質分子の中で起こる「特異な7シス型への光異性化」「低温で反応しない」といった基礎研究の観点だけでなく、応用研究の観点からも注目されます。OmNeoRは、細胞内シグナル伝達物質の濃度を制御することができるため、生命科学に革新をもたらした新技術である光遺伝学へのツール応用も期待されます。特に、光遺伝学では生体毒性が低い赤色光での活性化が好まれるため、近赤外光が利用できる点はツールとして有望かもしれません。
 これまでに46億年という地球の歴史の中で、生物は光エネルギーを使うことで発展し、そのノウハウをタンパク質分子の中に受け継いで現在に至ります。この長い歴史はまさに、NeoRといった光受容タンパク質内に凝縮されています。それらをうまく活用することで、我々の生活はより豊かになると想像できます。本成果は大きな一歩であり、今後の展開が注目されます。

 本研究は、科学研究費補助金(特別研究員奨励費、特別推進研究、新学術領域研究など)及び 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」領域(JPMJCR1753、研究課題名:細胞内二次メッセンジャーの光操作開発と応用)、the Natural Sciences and Engineering Research Council of Canada (NSERC) Discovery Grant (RGPIN-2018-04397) などの支援を受けて行われました。

用語解説

注1)膜貫通ヘリックス構造
ロドプシンタンパク質は7本または8本のらせん(ヘリックス)状の構造を持ち、さらにそれらが図1のような束となって細胞膜に埋まった形で存在する。膜を貫いたこの構造のことを称する。

注2)発色団
タンパク質は可視光を吸収しないため、光を受容するタンパク質はレチナールなどの光吸収分子を結合する必要がある。これらの分子は色を呈しているため、発色団と呼ばれる。

注3)三量体Gタンパク質共役型受容体
細胞内情報伝達に関わるのが三量体GTP結合タンパク質であり、ロドプシンのような7回膜貫通ヘリックス構造を持つ受容体タンパク質により活性化される。GPCRと総称されるこの受容体が受け取るのは、光以外にも匂い物質や神経伝達物質、ホルモンなど多様であり、創薬においてきわめて重要なターゲットである。

注4)光遺伝学
ロドプシンを脳の特定の細胞に発現させることにより、光で動物の行動を制御した2005年の実験から始まった新技術である。Opticsとgeneticsを組み合わせたoptogeneticsの日本語訳であるが、現在では脳だけに限らず、幅広く光で生体活動を制御するはたらきを指しており、生命科学分野に多大な影響を及ぼしている。

注5)酵素ロドプシン
光を吸収するロドプシンドメインと酵素ドメインから構成されている。リン酸化反応や細胞シグナル伝達物質である環状ヌクレオチド分子の濃度を制御可能である。発見から10年しか経ていないが、次世代光遺伝学ツールとして期待されている。

論文情報

論文名:Unusual Photoisomerization Pathway in a Near-Infrared Light Absorbing Enzymerhodopsin
著者名:Masahiro Sugiura, Kazuki Ishikawa, Kota Katayama, Yuji Sumii, Rei Abe-Yoshizumi, Satoshi P. Tsunoda, Yuji Furutani, Norio Shibata, Leonid S. Brown, and Hideki Kandori
掲載雑誌名:The Journal of Physical Chemistry Letters
公表日:2022年10月 6 日(米国時間)
DOI : 10.1021/acs.jpclett.2c02334
URL : https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.2c02334

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科 生命・応用化学専攻
博士後期課程2年・日本学術振興会特別研究員DC1 杉浦 雅大
TEL:052-735-5224
E-mail:m.sugiura.734[at]stn.nitech.ac.jp

名古屋工業大学大学院工学研究科 工学専攻(生命・応用化学領域)
オプトバイオテクノロジー研究センター
特別教授 神取 秀樹
TEL:052-735-5207
E-mail:kandori[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
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