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フッ素化合物とアミンとの脱フッ素化クロスカップリング反応 ―SDGsを指向した芳香族アミンの合成―

カテゴリ:プレスリリース|2023年04月05日掲載


発表のポイント

〇 芳香族や脂肪族の炭素とアミン類とのクロスカップリング反応(*1)を開発
〇 従来用いられなかった有機フッ素化合物を用いることにより、遷移金属触媒なしでのクロスカップリング反応を実現
〇 重水素標識した芳香族アミンの合成にも適応
〇 反応終了後、フッ素(*2)は無機物として回収、フッ素循環社会に貢献

概要

 芳香族第3級アミンの合成反応は、化学産業界で頻繁に実施される反応のトップ5に入っており、代表例は、遷移金属触媒(*3)を用いるBuchwald-Hartwig反応(*4)です。名古屋工業大学大学院工学研究科のJun Zhou研究員、Zhengyu Zhao (共同ナノメディシン科学専攻3)、柴田 哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および工学専攻(生命・応用化学領域))の研究グループは、このBuchwald-Hartwigのクロスカップリング反応を、遷移金属不要で実施出来る新しい方法を開発しました。本手法は、芳香族フッ素化合物から、ラジカル反応(*5)経由でフッ素を取り除き、フッ素のあった位置にアミン部分を挿入するクロスカップリング反応です。機能性物質や医薬品材料として魅力的な芳香族アミン類を、高温条件や遷移金属を使用することなく、室温にて収率良く合成出来ます。また、取り除いたフッ素は、無機フッ素化合物として回収することが出来るため、フッ素循環社会を後押しする技術とも言えます。SDGsに適った本手法は、有機化合物製造の新技術としての活用が期待されます。
 本研究成果は、202343日にNature Researchによって発行されているオープンアクセスの学術雑誌Nature Communicationsで公開されました。

研究の背景 

 芳香族第3級アミン類は、医薬品、農薬、および材料分子に用いられる重要な構造的特徴です(図1)。その合成法として、よく知られている手法にBuchwald-Hartwig反応があります(図2)。Buchwald-Hartwig反応は、芳香族ハロゲン化物とアミン類との間に、脱ハロゲンを伴いながら、炭素-窒素結合を形成するクロスカップリング手法です。1990年代後半にStephen L. BuchwaldJohn F. Hartwigによって開発され、アミンや関連化合物の合成に広く利用されています。反応は、パラジウム触媒とホスフィン配位子を用いて行います。Buchwald-Hartwig反応は、医薬品、天然物、その他の生物学的に活性な分子、また、新しい材料や触媒の開発にも利用されている最も重要な化学反応の一つです。他にも遷移金属触媒や配位子の選択にも様々な変法があり、Ullmann-Goldberg反応やMetallaphotoredox反応など多彩なクロスカップリング手法が報告されています。

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図1.芳香族アミン構造を持つ生理活性物質

 

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図2.Buchwald-Hartwig反応に代表される遷移金属触媒を用いた温和な条件下での芳香族ハロゲン化物(およびその等価体)とアミン類とのクロスカップリング反応

 

 

 しかしながら遷移金属触媒の使用は、物質製造においてしばしば深刻な問題を引き起こします。例えば医薬品の金属不純物に対する規制及びガイドラインでは、その検査法、許容値が厳しく定められております。また、電池関係の材料合成の場合も、微量金属の混入は電池に致命的な影響を与える可能性があり、金属異物の混入を防ぐことが重要です。
 今回、柴田教授らは、芳香族化合物とアミン類とのクロスカップリング反応を、遷移金属触媒なしで達成する新しい分子変換手法を開発しました(図3)。

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図3.遷移金属触媒を必要としない、温和な条件下でのトリアリールメタンやジアリールメタンを合成するクロスカップリング反応

内容

 本発明の最大の特徴は、Buchwald-Hartwig反応に汎用される芳香族ヨウ化物、臭化物や塩化物ではなく、用いられることのなかった芳香族フッ素化合物をクロスカップリング反応に用いた点にあります。そもそもフッ素と炭素の結合 (CF結合)は炭素がつくりうる共有結合の中でもっとも強固なため、カップリング反応はもとより、一般の官能基導入反応にCF結合の切断を伴う分子変換手法の選択は適切ではありません。たとえ遷移金属触媒を用いても、CF結合を切断するには、高温条件など強いエネルギーが必要です。柴田教授らは、遷移金属触媒も高温条件も必要とせず、ホウ素、ケイ素、カリウムを組み合わせた独自の電子移動反応系を創意工夫することによって、芳香族フッ素化合物のCF結合部位と、アミン類とのN-H結合部位を選択的に室温で切断し、クロスカップリングすることに成功しました。この手法では、芳香族フッ素化合物の構造差異によらず、広い基質一般性でCF結合部位のみを切断し、クロスカップリング反応に付すことが出来ます。また、第二級アミン側に様々な官能基が存在しても、それら部位にダメージを与えることなく、目的物を収率良く合成出来ます。興味深いことに本手法は、芳香族アミンの合成だけではなく、脂肪族アミン類の合成にも拡張出来ます。
 さらに柴田教授らは本手法を用いて、生理活性を示す芳香族アミン重水素標識体の合成にも成功しました(図4)。重水素標識(*6)は医薬品開発において欠かせない技術です。

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図4.重水素標識した生理活性様構造を持つ芳香族アミン誘導体

社会的な意義

 本手法は、芳香族フッ素化合物とアミンとのクロスカップリング反応です。芳香族フッ素化合物もアミン類も誘導体が数多く市販されており、容易に手に入るこれら2種を自由に組み合わせることによって、より複雑で多様性に富んだ芳香族第三級アミン化合物を合成することが出来ます。冒頭に述べたように医薬品物質や特殊材料には芳香族第三級アミン構造を持つものが少なくありません。本手法はこれらの製造に関わる産業に大きなインパクトを与えると予測出来ます。
 また、本手法の反応機構はラジカル種が関与していることが比較実験により解明されています。一般的に、ラジカル反応を行うには、光照射下で光触媒や光増感剤、あるいはラジカル開始剤の存在下での高温条件が必要です。今回発見した手法は、光、熱、触媒など全く必要としない新概念に基づくラジカル反応です。この新しいタイプのラジカル反応が、これまでに報告された手法に比べどのような利点があるのか、今後さらなる展開が期待されます。

今後の展開

 有機フッ素化合物は私たちの身の回りの至るところにあります。テフロン®(Teflon®)に代表されるフッ素樹脂は医療材料、自動車関連材料など様々な用途で使用されています。フッ素含有医薬品は約350種類であり、医薬品全体の20%を占めます。スマートフォンに使われる液晶や有機ELなど機能性材料もフッ素化合物です。このように現代社会において、フッ素は必須の元素であり、フッ素を使用したファインケミカル産業は拡大し続けています。一方、 20世紀には夢の材料といわれたものの、今では環境破壊物質となってしまったフロン(*7)、界面活性剤や塗料、消化剤など幅広い分野で使用されたものの、食物連鎖を経て生物体内に濃縮されてしまうPFAS*8)も有機フッ素化合物です。有機フッ素化合物の特徴は、良くも悪くもその堅牢性にあります。今回、柴田教授らは芳香族フッ素化合物からフッ素の除去を伴うカップリング反応によって、非フッ素芳香族化合物を合成することに成功しました。原料に含まれていたフッ素は、フッ化カリウムとして回収出来ます。この手法はフッ素循環社会の実現にむけた一歩とも言えます。本手法のメカニズムを足がかりに、不要になった有機フッ素化合物の分解・再生を達成することが次の目標です。環境と共存するフッ素化学を目指して展開していきます。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)、研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授)における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)のご支援を受けて実施しました。

用語解説

(*12つ以上の有機化合物を結合させて新しい分子を形成する化学反応の一種。この反応では、2つの炭素原子(通常、一方はアリール基またはビニル基、他方は有機金属化合物)の間に共有結合が形成される。パラジウム、ニッケル、銅などの遷移金属触媒によって触媒され、新しい炭素-炭素結合の形成が促進される。医薬品、農薬、材料産業において、複雑な分子の合成に広く利用されている。クロスカップリング反応の例として、鈴木・宮浦反応、根岸反応が知られる。

(*2)ハロゲン族(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I)の一つの元素。医薬品、農薬や電子材料の製造に用いられる。歯磨き粉やテフロン性フライパンにも使用されている。

(*3)遷移金属は、周期表の中央部、第2族と第13族の間に位置する金属元素のグループであり、鉄、ニッケル、コバルト、銅、パラジウム、プラチナなどの金属が含まれる。遷移金属の特徴は、d軌道が部分的に埋まっていることで、酸化還元反応を起こし、複数の酸化状態を形成することができる。この特性により、クロスカップリング反応、水素化反応、酸化反応など、さまざまな化学反応に優れた触媒として利用される。

(*41990年代にJohn F. HartwigStephen L. Buchwaldによって独自に開発されたクロスカップリング反応。芳香族またはビニルのハロゲン化物(またはトリフラート)とアミンとの間に炭素-窒素結合(CN)を形成する強力な合成法である。通常、パラジウム錯体(多くはホスフィン配位子)を触媒として行われる。穏やかな反応条件下で芳香族にアミン官能基を導入することができるため、複雑な分子号税の一般的な方法となっている。

(*5)化学反応の一種で、反応種がフリーラジカル(不対電子を持つ反応性の高い種)であるものを指し、反応では個々の電子の移動を伴う。ラジカル反応では、熱、光、ラジカル開始剤などの影響により、C-H結合などの共有結合が均等切断され、ラジカル種が生成される。生成したラジカルは、別の分子やラジカルと反応し、新たな化学結合の形成や新たなラジカルの生成につながる連鎖反応を開始する。過去にはラジカル反応は予測不可能で制御が難しく、副生成物が生成されることもあり使いづらい反応と考えられていたが、現在では様々な工夫により有機合成化学における重要な反応になっている。

(*6)医薬品開発研究において、生体内利用率、安定性、半減期など医薬品の薬物動態特性の改善や薬物動態を追跡する技術の一つで,薬物分子中の1つまたは複数の水素原子を重水素原子で置き換えることをいう。重水素は水素の安定同位体であり、原子核に中性子が追加されており質量が1つ重い。そのため,炭素との共有結合は通常の水素との共有結合に比べて強い。そのため,重水素標識によって、薬物の半減期を長くすることができる。

(*7)クロロフルオロカーボン(CFC)およびヒドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ヒドロフルオロカーボン(HFC)などの総称。冷媒、溶剤としてさまざまな産業で広く使用される。しかし、CFCHCFCは、オゾン層を分解して、いわゆる "オゾンホール "を形成することが判明したため、それらの生産と使用はほぼ廃止されている。使用が許可されているHFCも地球温暖化に大きく影響を及ぼすことが指摘され、現在、生産と使用を制限または禁止する規制が実施されている。

(*8)ペルフルオロアルキル物質を指し、さまざまな工業製品に使用されている。たとえば、熱、水、油に強いため、焦げ付きにくい調理器具、食品包装、汚れにくい布地などの製品に使用されている。しかしながら、近年になって、PFAS系の化学物質は環境中に残留し、時間の経過とともに人間や動物の体内に蓄積される可能性があることがわかってきた。現在、世界中の多く機関が、PFAS化学物質の使用を禁止する措置を取っている。

論文情報

論文名:Transition-metal-free silylboronate-mediated cross-couplings of organic fluorides with amines
著者名:Jun Zhou, Zhengyu Zhao, and Norio Shibata* (*責任著者)
雑誌名:Nature Communications, volume 14, Article number: 1847 (2023)
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-023-37466-0

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田 哲男
Tel:052-735-7543
E-mail:nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647       
Email:pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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