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遷移金属触媒不要のクロスカップリング反応を実現 ―SDGsを指向した新しい医薬品材料合成技術―

カテゴリ:プレスリリース|2023年03月24日掲載


発表のポイント

〇 芳香族炭素と芳香族メタンとのクロスカップリング反応を開発
〇 従来用いられなかった芳香族フッ素化物を用いることにより、遷移金属触媒なしで室温下でのクロスカップリング反応を実現
〇 反応終了後、フッ素(*1)は無機物として回収、フッ素循環社会に貢献
〇 SDGsに向けた新技術として期待

概要

 名古屋工業大学大学院工学研究科のJun Zhou研究員、Zhengyu Zhao氏 (共同ナノメディシン科学専攻2年)、Bingyao Jiang氏(研究当時:生命・応用化学専攻2年)、山本 勝宏准教授(工学専攻(生命・応用化学領域))、住井 裕司助教(工学専攻(生命・応用化学領域))、柴田 哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および工学専攻(生命・応用化学領域))の研究グループは、遷移金属触媒を用いることなく、芳香族の炭素と芳香族メタン類の炭素とのクロスカップリング反応を、容易に入手出来る芳香族フッ素化物を原料に用いたラジカル反応により実現し、機能性材料や医薬品の候補化合物として魅力的な3つあるいは2つの芳香族が一つのメタン分子に結合したトリアリールメタンおよびジアリールメタンを、一挙に構築する分子変換手法を開発しました。
 この手法より、これまで有機物質の製造過程における問題点であった微量金属の混入を回避出来ます。さらに、原料に用いる芳香族フッ素化物からフッ素部分のみを無機フッ化物として回収することが出来るため、フッ素循環社会を後押しする技術とも言えます。SDGsに適った本手法は、材料や医薬品製造の新技術としての活用が期待されます。
 本研究成果は、2023年3月21日に英国王立化学会(The Royal Society of Chemistry、 RSC)の国際学術誌Chemical Science」のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景 

 芳香族メタン(アリールメタン)構造を持つ医薬品は、医薬品売上トップ200品目の約25%を占めています。とりわけ、トリアリールメタン(*2)およびジアリールメタン(*3)化合物は、医薬品、機能性材料、センサーなどに用いられる重要な化合物群です。たとえば、ウイルス感染、細菌感染、乳がんおよび糖尿病の治療薬として研究されています(図1)。

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図1.トリアリールメタンおよびジアリールメタン構造を持つ生理活性物質

 

 これらの化合物群は、古くはFriedel-Crafts反応(*4)などを用いて合成されていましたが、副生成物が多く、用いる反応基質に制限があるなど、より適応範囲の広い、温和な合成手法の開発が望まれていました。Walshら(*5)は、芳香族臭化物や塩化物(Ar-Br、Ar-Cl)とジアリールメタン類とのPd触媒によるクロスカップリング反応(*6)を見出し、トリアリールメタンを室温にて合成することに成功しました(図2)。この研究を皮切りに遷移金属触媒(*7)を用いた温和な条件下でのトリアリールメタンやジアリールメタンを合成する様々なクロスカップリング手法が報告されるようになり、従来の基質制限などの諸問題を効果的に回避出来るようになりました。

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図2.遷移金属触媒を用いた温和な条件下でのトリアリールメタンやジアリールメタンを合成するクロスカップリング反応 (Walshら,2014年)

 

 しかしながら遷移金属触媒の使用は、物質製造においてしばしば深刻な問題を引き起こします。例えば医薬品の金属不純物に対する規制及びガイドラインでは、その検査法、許容値が厳しく定められております。また、電池関係の材料合成の場合も、微量金属の混入は電池に致命的な影響を与える可能性があり、金属異物の混入を防ぐことが重要です。
 今回、柴田教授らは、遷移金属触媒も高温も必要とせず、室温条件下でトリアリールメタンおよびジアリールメタンを、一挙に構築する新たな分子変換手法を開発しました(図3)。

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図3.遷移金属触媒を必要としない,温和な条件下でのトリアリールメタンやジアリールメタンを合成するクロスカップリング反応(柴田ら,2023年)

内容

 本発明の最大の特徴は、汎用される芳香族ヨウ化物、臭化物や塩化物ではなく、従来用いられることのなかった芳香族フッ素化物をクロスカップリング反応に用いた点にあります。そもそもフッ素と炭素の結合 (C-F結合)は炭素がつくりうる共有結合の中でもっとも強固なため、カップリング反応はもとより、一般の官能基導入反応にC-F結合の切断を伴う分子変換手法の選択は適切ではありません。たとえ遷移金属触媒を用いても、C-F結合を切断するには、高温条件など強いエネルギーが必要です。柴田教授らは、遷移金属触媒も高温条件も必要とせず、ホウ素、ケイ素、カリウムを組み合わせた独自の電子移動反応系を創意工夫することによって、芳香族フッ素化物のC-F結合部位と、アリールメタンのC-H結合部位を選択的に室温で切断し、クロスカップリングすることに成功しました。この手法では、芳香族フッ素化物の構造差異によらず、広い基質一般性でC-F部位のみを切断し、クロスカップリング反応に付すことが出来ます。また、アリールメタン側に様々な官能基が存在しても、それら部位にダメージを与えることなく、目的物を収率良く合成出来ます。柴田教授らは本手法の有用性を具体的に示すため、抗乳がん薬の1段階合成を達成しました(図4)。この抗乳がん薬は、これまでにいくつかの製造法が報告されていますが、いずれも数段階での合成が必要でした。

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図4.抗乳がん作用を持つトリアリールメタンの1段階合成 (柴田ら,2023年)

社会的な意義

 本手法は、芳香族フッ素化物とアリールメタンとのクロスカップリング反応です。芳香族フッ素化物もアリールメタンも誘導体が数多く市販されており、容易に手に入るこれら2種を自由に組み合わせることによって、より複雑で多様性に富んだトリおよびジアリールメタンを合成することが出来ます。冒頭に述べたように医薬品物質や特殊材料にはアリールメタン構造を持つものが少なくありません。本手法はこれらの製造に関わる産業に大きなインパクトを与えると予測出来ます。
 また、本手法の反応機構はラジカル種が関与していることがESR実験により解明されております。従来、ラジカル反応(*8)を行うには、光照射下で光触媒や光増感剤、あるいはラジカル開始剤の存在下での高温条件が必要です。今回発見した手法は、光、熱、触媒など全く必要としない新概念に基づくラジカル反応です。この新しいタイプのラジカル反応が、これまでに報告された手法に比べどのような利点があるのか、今後さらなる展開が期待されます。

今後の展開

 有機フッ素化合物は私たちの身の回りの至るところにあります。テフロン®(Teflon®)に代表されるフッ素樹脂は医療材料、自動車関連材料など様々な用途で使用されています。フッ素含有医薬品は約350種類であり、医薬品全体の20%を占めます。スマートフォンに使われる液晶や有機ELなど機能性材料もフッ素化合物です。このように現代社会において、フッ素は必須の元素であり、フッ素を使用したファインケミカル産業は拡大し続けています。一方、 20世紀には夢の材料といわれたものの、今では環境破壊物質となってしまったフロン(*9)、界面活性剤や塗料、消化剤など幅広い分野で使用されたものの、食物連鎖を経て生物体内に濃縮されてしまうPFAS(*10)も有機フッ素化合物です。フッ素化合物の特徴は、良くも悪くもその堅牢性にあります。今回の発見では、芳香族フッ素化物からフッ素の除去を伴うカップリング反応によって、非フッ素芳香族化合物を合成します。原料に含まれていたフッ素は、フッ化カリウムとして回収出来ます。この手法はフッ素循環社会の実現にむけた一歩とも言えます。本手法のメカニズムを足がかりに、不要になった有機フッ素化合物の分解・再生を達成することが次の目標です。環境と共存するフッ素化学を目指して展開していきます。

 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)、研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授)における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)のご支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)ハロゲン族(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I)の一つの元素。医薬品、農薬や電子材料の製造に用いられる。歯磨き粉やテフロン性フライパンにも使用されている。

(*2)構造式Ar3CH、あるいはAr3CRで表される有機化合物。ここでArは芳香族、Rは脂肪族を指す。

(*3)構造式Ar2CH2、Ar2CHR、Ar2CR2で表される有機化合物。ここでArは芳香族、Rは脂肪族を指す。

(*4)シャルル・フリーデルとジェームス・クラフツが1877年に発見した反応。ルイス酸の存在下、電子豊富な芳香環上の水素にアルキル基やアシル基が求電子置換する反応。

(*5)NiXantphos: A Deprotonatable Ligand for Room-Temperature Palladium-Catalyzed Cross-Couplings of Aryl Chlorides. J. Zhang , A. Bellomo , N. Trongsiriwat , T. Jia , P. J. Carroll , S. D. Dreher , M. T. Tudge , H. Yin , J. R. Robinson , E. J. Schelter and P. J. Walsh , J. Am. Chem. Soc., 2014, 136 , 6276 --6287.

(*6)2つ以上の有機化合物を結合させて新しい分子を形成する化学反応の一種。この反応では、2つの炭素原子(通常、一方はアリール基またはビニル基、他方は有機金属化合物)の間に共有結合が形成される。パラジウム、ニッケル、銅などの遷移金属触媒によって触媒され、新しい炭素-炭素結合の形成が促進される。医薬品、農薬、材料産業において、複雑な分子の合成に広く利用されている。クロスカップリング反応の例として、鈴木・宮浦反応、根岸反応が知られる。

(*7)遷移金属は、周期表の中央部、第2族と第13族の間に位置する金属元素のグループであり、鉄、ニッケル、コバルト、銅、パラジウム、プラチナなどの金属が含まれる。遷移金属の特徴は、d軌道が部分的に埋まっていることで、酸化還元反応を起こし、複数の酸化状態を形成することができる。この特性により、クロスカップリング反応、水素化反応、酸化反応など、さまざまな化学反応に優れた触媒として利用される。

(*8)化学反応の一種で、反応種がフリーラジカル(不対電子を持つ反応性の高い種)であるものを指し、反応では個々の電子の移動を伴う。ラジカル反応では、熱、光、ラジカル開始剤などの影響により、C-H結合などの共有結合が均等切断され、ラジカル種が生成される。生成したラジカルは、別の分子やラジカルと反応し、新たな化学結合の形成や新たなラジカルの生成につながる連鎖反応を開始する。過去にはラジカル反応は予測不可能で制御が難しく、副生成物が生成されることもあり使いづらい反応と考えられていたが、現在では様々な工夫により有機合成化学における重要な反応になっている。

(*9)クロロフルオロカーボン(CFC)およびヒドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ヒドロフルオロカーボン(HFC)などの総称。冷媒、溶剤としてさまざまな産業で広く使用される。しかし、CFCやHCFCは、オゾン層を分解して、いわゆる "オゾンホール "を形成することが判明したため、それらの生産と使用はほぼ廃止されている。使用が許可されているHFCも地球温暖化に大きく影響を及ぼすことが指摘され、現在、生産と使用を制限または禁止する規制が実施されている。

(*10)ペルフルオロアルキル物質を指し、さまざまな工業製品に使用されている。たとえば、熱、水、油に強いため、焦げ付きにくい調理器具、食品包装、汚れにくい布地などの製品に使用されている。しかしながら、近年になって、PFAS系の化学物質は環境中に残留し、時間の経過とともに人間や動物の体内に蓄積される可能性があることがわかってきた。現在、世界中の多く機関が、PFAS化学物質の使用を禁止する措置を取っている。

論文情報

論文名:Synthesis of triarylmethanes by silyl radical-mediated cross-coupling of aryl fluorides and arylmethanes
著者名:Jun Zhou, Zhengyu Zhao, Bingyao Jiang, Katsuhiro Yamamoto, Yuji Sumii and Norio Shibata* (*責任著者)
雑誌名:Chemical Science
URL:https://doi.org/10.1039/D3SC00154G

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田 哲男
Tel:052-735-7543
E-mail:nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647       
Email:pr[at]adm.nitech.ac.jp

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