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環境に配慮したフッ化ビニル合成に成功 - PFAS規制対象外の有望な代替品の開発-

カテゴリ:プレスリリース|2024年01月15日掲載


発表のポイント

〇 SF4-およびSF5-フッ化ビニルの合成に成功
〇 アセチレンへのフッ化水素付加を、遷移金属を使わずに実現
〇 環境に配慮したPFAS代替品、フッ素樹脂、機能性材料、農薬の開発に有用

概要

 フッ化ビニルは、エチレンにフッ素(*1)が結合した有機フッ素化合物の一種で、フッ素樹脂(*2)の主要な原料として幅広く用いられています。フッ化ビニル化合物には、フッ素原子だけでなく、トリフルオロメチル基(CF3)を持つヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロプロピレンなどさまざまな誘導体があり、これらはフッ素樹脂の合成に欠かせないモノマーとしての役割を果たし、また機能性材料、農薬、医薬品の原料としても利用されています。特にフッ素樹脂は、耐熱性、耐薬品性、耐候性、電気絶縁性などの優れた特性を備えており、その生産量は世界で年間40万トン以上にも達しています。しかし、近年、環境への懸念から有機フッ素化合物であるPFAS*3)(パーフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル化合物)の規制が拡大しており、これに代替する環境に優しい製品の開発が急務となっています。
 名古屋工業大学大学院工学研究科の村田裕祐氏(博士前期課程1年)、羽田謙志郎氏(博士前期課程2年)、柴田哲男教授らの研究グループは、テトラフルオロスルファニル(SF4)あるいはペンタフルオロスルファニル(SF5)基を有するフッ化ビニル化合物の合成に成功しました。SF4基やSF5基は、PFAS規制に該当しないだけでなく、CF2CF3基を越える高い脂溶性、電子求引性を持つことが示されています。そのため、SF4-フッ化ビニルやSF5-フッ化ビニルは、環境に負荷をかけない有機フッ素化合物の合成原料として期待されています。

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フッ化ビニル化合物の化学構造:
フッ化ビニル類(左2例)と本研究グループの開発したSF4-およびSF5-フッ化ビニル(右2例)

 

 この研究成果は、2024年1月11日に総合学術雑誌「Angewandte Chemie」および「Angewandte Chemie International Edition」のウェブ版で公開されました。

研究の背景 

 ビニル化合物、特にエチレンは、合成樹脂の主要原料として幅広く認知されています。この中でも、フッ素が結合したフッ化ビニル類は、耐熱性、耐薬品性、耐候性に優れたフッ素樹脂の合成において欠かせない存在です。これらのフッ化ビニルは高い反応性を持ち、機能性材料、医薬品、農薬の合成原料としても高く評価されています。さらに、すべての水素がフッ素に置き換わるヘキサフルオロプロピレンは、フッ素樹脂や機能性材料の開発、半導体製造におけるドライエッチングガスとしても不可欠です(図1)。

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図1.ビニル化合物の化学構造

 しかし、有機フッ素化合物はその安定性と分解が容易でないことから、最近では環境持続性の懸念が高まっています。これは、PFASに関する規制強化の背景とも関連しています。このため、本研究グループは、SF4化合物とSF5化合物の開発に焦点を当てました。これらの化合物は、PFASが持つ炭素-フッ素結合(C-F) *4)を持たないため、分解が容易であり、環境にやさしい代替品としての潜在的な価値を持つ可能性があります(図2)。

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図2. PFASおよびSF4化合物、SF5化合物の一般式
(PFASにはC―F結合が存在するが、SF4化合物、SF5化合物にはない)

 SF4およびSF5化合物は1950年代から知られていますが、その合成法は制約がありました。最近、本研究グループはSF4-アセチレンの合成に成功しており(*5)、今回、このSF4-アセチレンにフッ化水素(HF)を取り込むことで、SF4-フッ化ビニルの合成が可能であることを確認しました。また、このフッ化水素を付加する技術はSF5-アセチレンにも適用可能であり、SF5-フッ化ビニルの合成も可能です(図3)。

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図3. SF4アセチレンおよびSF5アセチレンへのフッ化水素の付加(本研究)

 これらの成果は、新たなフッ素化ポリマーの開発において重要なモノマーユニットとして応用されることが期待されます。さらに、フッ化ビニル構造はアミド(N-C(=O))構造の生物学的等価体(*6)としての機能を持つことが確認されており、SF4-およびSF5-フッ化ビニル化合物の医薬品や農薬開発への応用も有望です。とりわけCF3農薬が席巻している農薬開発の分野で、パラダイムシフトを促す可能性があります。

研究の内容・成果

 SF4-フッ化ビニル化合物は、SF4-アセチレン1にフッ化水素を付加させることにより得られます。具体的にはにテトラブチルアンモニウムフロリド/3水和物(TBAF/3H2O)を室温下でTHF溶媒中に添加することにより、を簡便に合成することができます(図4A)。一般的に、フッ化ビニルの合成は、アセチレン化合物へのフッ素水素の付加反応で合成しますが、その際、アセチレン部位を活性化するため、金属触媒やルイス酸を加えることが必要です(図4B)。ところが本手法ではSF4基由来の強力な電子求引性作用によりアセチレン部位の反応性が高まっており、触媒を必要とせず、フッ素化剤を添加するだけで、環境に優しい条件で反応が進行する点が特筆されます(図4A)。

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図4.アセチレンへのフッ化水素の付加方法
A) 本手法(遷移金属触媒&強酸不要)。B) 従来の手法(遷移金属触媒&強酸必要)

 また、本手法は幅広い基質に適用可能である点も特筆されます。末端のベンゼン環上に電子求引性基や電子供与性基を持つ基質、複素環、さらには複雑な構造や生物活性物質構造を持つSF4-アセチレンに対しても効果的に反応が進行します(図5)。

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図5.今回開発したSF4 -フッ化ビニルの合成手法

 SF5-アセチレンに対しても同様に、TBAF/3H2Oを室温下でTHF溶媒中に添加することにより、SF5-フッ化ビニル化合物を簡便に合成することができます。この場合も、電子供与性基や電子求引性基、ハロゲンを含む広範な基質に対して本反応が成功しています(図6)。

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図6.今回開発したSF5-フッ化ビニルの合成手法

社会的な意義

 PFASは、環境や人体に有害な影響を及ぼす可能性が高く、その規制は環境保護のために必要不可欠です。しかしながら、PFASを完全に規制し、使用を禁止してしまうと、多くの含フッ素製品の開発に制約を課すことになり、私たちの日常生活や多くの産業に深刻な影響を及ぼすでしょう。一方、SF4およびSF5化合物は、PFASに似た特性を持ちつつ、自然環境で分解されるため、PFAS規制の対象外となります。本研究で得られるSF4-フッ化ビニル化合物およびSF5-フッ化ビニル化合物は、多くのSF4およびSF5化合物の合成原料として活用され、産業界においてPFAS規制の影響を受けずに、環境に配慮した含フッ素製品の開発を促進するのに貢献します。これは、産業界だけでなく、一般の人々にとっても、革新的で持続可能な社会を実現するための有力な選択肢となります。

今後の展開

 SF4およびSF5化合物の開発は、産業界に革命的な機会を提供します。これらの化合物は、SF4およびSF5系のフッ素高分子として幅広い用途が期待されるだけでなく、環境にやさしい農薬や様々なPFASの代替品として魅力的です。本研究グループは、SF4およびSF5化合物の潜在的な能力を最大限に引き出すために、新しい合成法や応用法の開発に取り組んでおり、産業界との協力を通じて革新的な製品の創出を目指しています。この取り組みは、未来の環境への貢献と共に、産業界の持続可能な成長を促進することで、社会全体に利益をもたらすと考えています。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)、研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授)における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者: 柴田 哲男)(課題番号JPMJCR21L1)の支援を受けて実施しました。

論文情報

論文名: Transition-Metal-Free Approach for Z-Vinyl Fluorides by Hydrofluorination of Alkynes bearing SF4 and SF5 Groups
著者名: Yusuke Murata#, Kenshiro Hada#, Trapti Aggarwal, Jorge Escorihuela, and Norio Shibata*
#共同第一著者、*責任著者
掲載誌: Angewandte ChemieおよびAngewandte Chemie International Edition
公表日: 2024年1月11日
Journal link: https://doi.org/10.1002/anie.202318086

用語解説

*1)フッ素
元素記号「F」を持つ元素で、非金属元素の1つです。水素に次いで小さな原子半径と非常に強い電気陰性度を持っており、有機化合物の構造に組み込むと物質の性質を顕著に変化させることができます。特に化学的安定性に優れ、医薬品や農薬、エアコンのガス、工業製品などの製造に広く利用されています。これは、炭素(元素記号「C」)とフッ素との化学結合(C-F結合)は化学的に不活性であることが大きな要因の1つです。

*2)フッ素樹脂
フッ素を含む高分子化合物(合成樹脂)を指します。炭素-フッ素結合は非常に強固であることから、フッ素樹脂は、耐熱性、耐薬品性、耐候性、電気絶縁性など、数多くの優れた特徴を有しています。そのため、日用品から半導体、化学、電子機器、医療分野など、様々な分野で重要な役割を果たしています。代表的なものでは、フライパンの加工に用いられるテフロンが挙げられます。

*3)PFAS
Per- and Polyfluoroalkyl Substances(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)の略称です。PFASはフッ素原子と炭素原子から構成される有機化合物の総称であり、耐薬品性、不燃性、防水性や撥油性などの特徴を持つことから、暮らしに関わる広範囲な製品で使用されています。しかし、高い安定性のため環境中での分解が難しいうえ、生物に取り込まれると蓄積されることから、環境や健康に悪影響を及ぼすことが知られています。

*4)炭素フッ素 (C-F) 結合
全元素中で最大の電気陰性度と、水素に次ぐファンデルワールス半径がフッ素原子の大きな特徴です。この特徴により、炭素-フッ素結合(C-F)は非常に大きな結合エネルギー (487 kJ/molC-H結合は418 kJ/mol)、短い結合距離、低い分極性を有しています。即ち、炭素-フッ素結合は非常に強固であり、化学的に不活性な結合です。一方で、強固であるが故に切断(分解)が困難であることが近年では問題視されています。

*5)
SF4アセチレンの画期的な合成に成功 ― PFAS規制対象外の環境に優しい有機フッ素化合物
202414日)
https://www.nitech.ac.jp/news/press/2023/10791.html

(*6)生物学的等価体
医薬分子において生物学的に同じ役割を果たす他の部分構造のことを指します。医薬品の主要生物活性に影響を与えることなく、構造中に含まれる官能基を他のもので置き換えることは、医薬特性を改善する有効な手段です。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科共同ナノメディシン科学専攻
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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