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人工シデロフォア複合体修飾基板を利用した微生物の選択的固定化技術の開発に成功 ―「人工餌」で目的微生物を迅速に検出―

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カテゴリ:プレスリリース|2024年3月14日掲載


発表のポイント

〇 微生物の「人工餌」となる人工シデロフォア複合体をセンサーの表面へ固定
〇 微生物細胞表面のタンパク質が人工シデロフォア複合体の形状を認識し結合
〇 人工シデロフォア分子の構造をチューニングすることで選択的に微生物を固定化・検出
〇 大腸菌の場合、培養操作なしに1 mL中100個程度の濃度でも検出可能

概要

 名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(生命・応用化学領域)の猪股智彦准教授らの研究グループは、人工シデロフォア(※1)複合体修飾基板を利用した微生物の選択的固定化技術の開発に成功しました。天然のシデロフォアの構造と機能を模倣した人工分子である人工シデロフォアは鉄イオンと結合して複合体を形成します。形成された複合体は微生物細胞表面のタンパク質に認識され、細胞内に取り込まれます。つまり、微生物にとって人工シデロフォア複合体は人工の餌となります。微生物の種によって認識できる「人工餌」の構造が異なるため、「人工餌」をセンサーなどの基板表面に結合させることで、選択的に微生物を固定・検出することが可能となります。本研究では、4種類の「人工餌」を用意しました。これらの「人工餌」をセンサーなどの基板表面に結合し、様々な微生物を使って、どの微生物がどの「人工餌」を結合した基板に固定されるかを多用な測定を用いて評価しました。その結果、センサーに結合した「人工餌」の構造と固定化される微生物の種には相関があることが判明しました。各微生物は自身が利用している天然のシデロフォアとよく似た構造を有する「人工餌」が結合した基板表面に固定化されやすく、「人工餌」の構造をチューニングすることで、目的の微生物を選択的に固定・検出できる技術となることが示されました。本技術はHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)(※2)の導入により市場から強く求められている大腸菌群の迅速検査に応用可能であり、「知の拠点あいち重点研究プロジェクト(IV期)(※3)」で進めている大腸菌群検出装置開発の要素技術となります。
 本研究成果は、2024年1月22日に米国化学会の雑誌「Langmuir」誌で公開されました。

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研究の背景 

 微生物は必須金属イオンである鉄イオンを取り込むためにシデロフォアと呼ばれるキレート分子を産出します。シデロフォアは系中の鉄イオンと結合して安定な複合体を形成します。微生物の細胞表面には、シデロフォアと鉄イオンの複合体を認識して細胞内に取り込むためのタンパク質が存在します。微生物の種類によって産出するシデロフォアの構造は異なり、またシデロフォアと鉄イオンの複合体を認識するタンパク質も異なります。人工シデロフォアは天然のシデロフォアの構造を簡略化し、同じ機能を有するように設計・合成された人工分子となります。人工シデロフォアも鉄イオンと複合体を形成し、タンパク質を通して微生物内に取り込まれます。本研究では、このような微生物の生命活動を応用することで、選択的に微生物を固定化、ひいては定量的に微生物を検出する技術を開発できるのではないかと着想しました。

研究の内容・成果

 シデロフォアが鉄イオンを捕捉する部分の構造には大きく分けてカテコール(※4)型とヒドロキサム酸(※5)型の2種類がありますが、本研究ではそれらの他に両者のハイブリッド型を設計・合成し、合計4種類の人工シデロフォア分子を用意しました。それらが鉄イオンと結合した複合体を様々な基板表面に結合させ、8種類の微生物に対する選択的固定化挙動を電子顕微鏡観察、水晶振動子マイクロバランス法、交流インピーダンス法を用いて観測しました。
 1は各人工シデロフォア複合体が結合した基板表面への各微生物の固定化量を電子顕微鏡で確認した結果です。微生物の種に応じて、固定化されやすい人工シデロフォア複合体の構造が異なっています。微生物は細胞表面のタンパク質で人工シデロフォアと鉄イオンの複合体の構造を認識して細胞内に取り込んでいますが、微生物の種によって産出するシデロフォアの構造、またそれらを認識するタンパク質が異なるため、認識可能なシデロフォア複合体の構造も異なります。今回の結果では、各微生物が産出する天然のシデロフォアによく似た構造をもつ人工シデロフォア複合体が結合した基板表面にその微生物が最も固定化される、つまり各微生物がもつタンパク質が基板上に存在する認識可能な人工シデロフォア複合体と結合的に相互作用していることが示唆されました。

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1 4種類の人工シデロフォア複合体が結合した基板による各種微生物の
固定化実験(使用した人工シデロフォア複合体の構造は概要の図を参照)。

 

 図2は水晶振動子マイクロバランス法による微生物固定化実験の測定結果となります。水晶振動子は一定の周波数で振動していますが、表面に物質が吸着するとその吸着量に応じて振動数が減少します。この原理を応用して物質などがセンサー表面に吸着・結合する様子を重量変化として計測するのが水晶振動子マイクロバランス法となります。4種類の人工シデロフォア複合体が結合した水晶振動子センサーを用いた場合、ヒドロキサム酸型を認識可能な微生物(M. flavescens)では、ヒドロキサム酸型(FeLH3/Au)およびヒドロキサム酸型が多く含まれるハイブリッド型(FeLC1H2/Au)が結合したセンサー表面に固定化されて大きな周波数の減少が観測されます。一方、カテコール型を認識可能な微生物(大腸菌、E. coli)では、カテコール型(FeLC3/Au)およびカテコール型を多く含むハイブリッド型(FeLC2H1/Au)が結合したセンサー表面に固定化されて大きく周波数が大きく減少します。これらの結果から、周波数変化の観測から微生物の選択的な固定化を確認可能であることが判明しました。

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2 4種類の人工シデロフォア複合体が結合した水晶振動子センサーによる微生物の固定化実験。

 

 交流インピーダンス法では、電極に交流電圧を印加することで、電極界面や内部の抵抗など様々な情報を得ることができます。身近なところでは体脂肪計などにも応用されています。本研究では、人工シデロフォア複合体を結合した電極を利用し、電極表面の人工シデロフォア複合体に微生物が固定化することで抵抗値が微生物の固定化量に応じて変化することを見出しました。これを利用すると定量的に微生物を検出することが可能となります。実際に大腸菌を使った実験結果を3に示しますが、大腸菌濃度が1 mL中100個から1億個の範囲で、観測された抵抗値と大腸菌濃度が直線関係を示し、定量的な大腸菌の検出が可能であることが示されました。

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3 交流インピーダンス法で得られた抵抗値変化とサンプル中の大腸菌濃度の関係。

社会的な意義・今後の展望

 令和3年から施行された食品衛生法の改正により、国際標準となっているHACCPに準拠した衛生管理が導入されました。一部の例外はありますが、法改正によりほぼ全ての食品製造業者にHACCPに準拠した衛生管理が求められており、迅速かつ簡便な微生物検査の市場ニーズ、特に大腸菌群など特定の微生物群をまとめて検査可能な技術に対するニーズが高まっています。現在の大腸菌計測技術では培養操作が必要な場合、また特定の大腸菌しか検出できない場合が大半です。本技術は培養操作なしに複数の異なる大腸菌をまとめて定量的に高感度で計測できる技術にも応用可能です。

 本研究成果は愛知県のプロジェクトであり、公益財団法人科学技術交流財団が管理・実施している「知の拠点あいち重点研究プロジェクトIV期」において、名古屋工業大学、株式会社槌屋、ケイ・アイ化成株式会社、北村マテリアルリサーチで進めている「大腸菌群検出技術・装置の開発」における基礎となる技術シーズであり、本プロジェクトを通して新しい大腸菌群計測技術・装置の開発を進めています。

用語解説

※1シデロフォア(siderophore)
微生物がFeイオンを細胞内に取り込むために産出する天然のキレート分子であり、名前は鉄を意味するギリシャ語である"sidero"と輸送体を意味する"-phore"に由来する。天然のシデロフォアの構造と機能を模倣した人工分子は人工シデロフォアと呼ばれる。

※2 HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)
品事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入などの危害要因を把握した上で、原材料の入荷から製品出荷に至る全行程の中で、危害要因を除去または低減させるために特に重要な過程を管理し安全性を確保する管理手法。

※3知の拠点あいち重点研究プロジェクト
大学等の研究シーズを活用したオープンイノベーションにより、県内主要産業が有する課題を解決し、新技術の開発・実用化や新たなサービスの提供を目指す産学行政連携の研究開発プロジェクトであり、公益財団法人科学技術交流財団が、愛知県からの委託により実施しているもの。

※4カテコール
フェノールの一種で、ベンゼン環のオルト位(隣り合った炭素原子上)に2個のヒドロキシル基(-OH)を含む構造の有機化合物。

※5ヒドロキサム酸
一般構造式がR-C(=O)-NH-OHで表される有機化合物の総称。N-ヒドロキシカルボン酸アミドとも呼ばれる。

論文情報

論文名:Detection of Microorganisms using Artificial Siderophore-FeIII Complex-modified Substrate
著者名:Tomohiko Inomata, Suguru Endo, Hiroki Ido, Masakazu Miyamoto, Hiroki Ichikawa, Ririka Sugita, Tomohiro Ozawa, and Hideki Masuda
掲載雑誌名:Langmuir
公表日:2024/1/22
DOI:10.1021/acs.langmuir.3c03084
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.langmuir.3c03084

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(生命・応用化学領域) 
准教授 猪股 智彦
TEL: 052-735-5673
E-mail: tino[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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