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氷の形成と成長を抑制するテルフェニル分子を発見 ―凍結が関与する産業分野での応用に期待―

カテゴリ:プレスリリース|2024年09月06日掲載


発表のポイント

〇 天然の不凍タンパク質に匹敵する不凍作用を示すp-テルフェニル分子の開発に成功
〇 p-テルフェニル分子は、不凍タンパク質の約1/100の大きさで、容易に合成可能
〇 第一原理に基づくシミュレーションにより、部分的なプロトン化が基礎となる不凍作用のメカニズムを提案
〇 冷凍食品、化粧品、医療分野、産業機器など、凍結に関連する産業分野での応用に期待

概要

 南極や北極など、極寒の環境に生息する魚類や植物は、氷点下でも凍結しない特殊なメカニズムを持っています。その一つの要因として、これらの生物は体内に氷結を制御する不凍物質を有しており、この物質が氷の形成と成長を抑制する役割を果たしています。不凍物質の研究は、冷凍食品の品質維持、化粧品における組織保湿、医療分野での細胞や臓器の凍結保存、そして低温環境での産業機器の稼働など、幅広い分野での応用が期待されており、学術界や産業界で長年にわたり注目されてきました。魚類や植物が持つ不凍物質は、分子量が2.6~33 kDaの巨大な不凍タンパク質(antifreeze proteins)です。化学合成が困難であるため、産業利用には主に天然由来の抽出物が利用されています。しかし、その大きさと構造的複雑さゆえに、詳細な不凍作用メカニズムの解明や構造展開研究が難しく、小さな有機分子で不凍作用を示す物質の開発が望まれていました。
 名古屋工業大学 生命・応用化学類の柴田哲男教授、物理工学類の尾形修司教授らの研究グループは、株式会社KUREiの河原秀久博士、およびバレンシア大学のSantos Fustero教授らと共同で、天然の不凍タンパク質に匹敵する不凍活性を示す小さな有機分子を発見しました。この分子は、3つのベンゼン環が直線上に連結した単純な化学構造を持つp-テルフェニル(*1)化合物であり、その大きさは不凍タンパク質の約1/100です。この研究成果は、極寒環境で生きる生物の不凍メカニズムの解明だけでなく、食品、医療、材料科学といった多岐にわたる分野での応用可能性を持つものです。本成果は2024年9月4日に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開されました。

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研究の背景 

 不凍タンパク質は、氷の再結晶(*2)化を阻害し、水の凝固点を低下させる特異な不凍作用を持つタンパク質の総称です。不凍タンパク質は、その強力な不凍作用により、冷凍食品の品質維持、細胞や臓器の低温保存、さらには凍結が関与するさまざまな産業分野での応用が期待されています。自然界では、南極や北極に生息する魚類や昆虫、植物などが、極寒の環境を生き抜くために不凍タンパク質を産生し、氷の形成や再結晶化を抑制する独自のメカニズムを進化させてきました。このような自然現象にインスピレーションを受け、不凍タンパク質が持つ氷の生成抑制機能を模倣した分子の設計と合成は、長年にわたり科学者たちの関心を集めてきました。
 しかし、不凍タンパク質に代表される天然に存在する不凍分子は、一般的に非常に大きく複雑な構造を持っており(分子量が2.6~33 kDa、図1A)、その大きさと構造的複雑さゆえに、氷結晶との多岐にわたる微視的相互作用が生じますが、不凍作用発現の鍵となる相互作用の解明や構造展開研究は困難です。そのため、不凍作用を示す合成ポリペプチド(*3)やポリマーなどの人工不凍物質(図1B)が開発されてきましたが、これらもサイズが大きく、構造が複雑であるため、構造と活性の相関関係、効能の最適化や作用原理の詳細な理解には限界がありました。これらの問題を解決するには、強い不凍作用を持つ低分子型不凍剤の開発が重要です。これまでにいくつかの低分子不凍剤が報告されていますが、これらの多くは偶然の発見によるもので、その構造は多様であり、不凍作用のメカニズムに一貫性が欠けるため、新たな不凍分子の合理的な設計は依然として困難な課題です。
 本研究では、従来の概念を超えた新しいアプローチを用いて、安定性が高く、かつ小分子でありながら強力な不凍作用を持つ新規化合物の設計・開発、さらに第一原理に基づいたシミュレーションによる不凍作用発現メカニズムの解明を目指しました。この研究が成功すれば、低分子型の不凍剤が持つ潜在的な応用範囲を広げるだけでなく、従来の不凍剤の限界を超える新たな可能性を提供するものと期待されます。

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図1. 不凍タンパク質の構造(A)とこれまで開発された人工不凍作用物質の構造(B)

研究の内容

 本研究グループが設計した低分子不凍化合物の基本コンセプトは、αヘリックス構造(*4)を活用することにあります。不凍タンパク質は、氷の特定の結晶面に付着することで、その面での氷の成長を抑え、小さくて安定した氷の結晶が形成されます。氷に付着し成長を抑える機構は未解明です。この不凍効果は、不凍タンパク質の整然としたαヘリックス構造が氷結晶の表面と分子間力で相互作用することで発揮されます。さらに、αヘリックス構造に加えて、分子内で疎水性(親油性)領域と親水性領域のバランスを適切に取ることも重要です。これは、氷が一般に液体の水よりも疎水性が高いと考えられているためです。2018年に本研究グループの柴田教授らは、不凍活性を示すガラクトースが連結したプロリンオリゴマーを発表しました。このガラクトース連結型プロリンオリゴマーは、αヘリックス構造を示すと共に、疎水性官能基であるフッ素原子の有無によって、不凍活性に影響を及ぼすことがわかりました(図2A, Chem. Commun. 2018, 54, 9749-9752.)。このような背景から、本研究グループはp-テルフェニル分子に着目し、リード化合物として設計することに特に関心を持ちました。
 p-テルフェニル分子は、3つの環に3つの置換基が配置されることで、αヘリックス構造を形成することが知られています。この構造は、αヘリカルペプチドの特定の面(180°相互作用)を模倣したものです(図2B)。この知見を基に、本研究グループはαヘリックス構造を模倣し、親水性部分と疎水性部分を持つp-テルフェニル化合物を設計しました。具体的には、p-テルフェニルのコア部分の両側に、長さの異なる炭素鎖を用いて4つのグアニジンユニットを結合させました(図2C)。

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図2 (A)ガラクトース連結型プロリンオリゴマー
  (B) p-テルフェニル分子とペプチド化合物のα-ヘリックス構造
  (C)設計したテルフェニルグアニジン分子 

 

 グアニジン部分は親水性がある一方、p-テルフェニルコアは2つのメチル基を持つため疎水性を示します。また、側鎖の炭素鎖の長さが変わることで、テルフェニル分子周辺の水溶性構造の分布に影響を与えると考え、炭素鎖の長さが異なる5種類のp-テルフェニルグアニジン1a-1eを合成しました(図3A)。
 これら5種類のp-テルフェニルグアニジン化合物の不凍効果を評価するために、氷再結晶阻害作用(IRI活性)を測定しました(図3B)。IRI活性は、氷結晶の成長を抑制する効果を示す指標であり、不凍作用が高い物質では、氷結晶が成長せずに小さな粒状になります。その結果、合成した5種類のp-テルフェニルグアニジン化合物1a-eはすべて不凍活性を示しました。特に、炭素数1のグアニジニル部位を持つp-テルフェニル-グアニジン1aが、最も強力なIRI活性を示しました(IRI活性0.46、1 mg/mL)。

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3  (A) 開発した5種のp-テルフェニルグアニジンの化学構造、(B) 5種の p-テルフェニルグアニジンの不凍作用の評価

 

 次に、p-テルフェニルグアニジンの不凍作用発現メカニズムを解明するために、DFT(密度汎関数理論)(*5)を用いた分子動力学シミュレーション(*6)を行いました。シミュレーションでは、テルフェニルグアニジンが水中に分散すると、親水性の部分と疎水性の部分が空間的に分かれ、親水性の面に水分子が強く引き付けられることが明らかになりました。特に、3種類のテルフェニルグアニジン化合物(図41a1c1e)について、酸解離定数の第一原理計算を経て、テルフェニルグアニジンが部分的にプロトン化(*7)され、それによる部分的な電荷偏りによるクーロン引力で親水部と疎水部が明瞭に分かれるように分子の形が変化し、不凍作用の向上に繋がることを見出しました。さらに、炭素鎖の長さによって、グアニジンのプロトン化の度合いや安定形状に違いが生じることも明らかになりました。これらの結果は、炭素鎖が最も短いテルフェニルグアニジン(1a)において最も優れた不凍作用を示した実験結果とよく整合しています(図4)。

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図4  (A) 水中のp-テルフェニルグアニジンの分子動力学シミュレーション
   (B) 親水性部位(N)による水分子の強い引き付け・部分的プロトン化・変形角
   (C) 酸解離定数の第一原理計算

社会的な意義

 水の凍結を防ぐ技術は、社会における多くの課題を解決する可能性を秘めています。例えば、凍結による細胞の破壊を防ぐことで、臓器移植や細胞保存の技術が飛躍的に進歩し、医療分野での命を救う取り組みがさらに強化されます。また、寒冷地における機器や装置の凍結防止、航空機の飛行時における着氷のリスク低減といった分野でも、安全性や効率が大幅に向上します。
 現在、動植物由来の不凍タンパク質は不凍剤として食品や化粧品などの幅広い分野に活用されていますが、タンパク質であることから安定性に問題があり、応用範囲も限定されています。しかし、今回の研究で安定性が高く、合成が可能な人工不凍作用物質が開発されたことで、従来の技術では対応が難しかった環境でも利用できるようになる可能性があります。これにより、私たちの生活はより安全で便利なものとなることが期待されます。特に、p-テルフェニルのヘリックス構造と両親媒性の特性を組み合わせた低分子不凍作用物質の開発に成功したことで、不凍技術の進展がさらに加速します。この技術革新により、さまざまな産業分野での応用が広がり、持続可能な社会の実現にも貢献することが期待されます。

今後の展望

 単純な化学構造のp-テルフェニルを基盤にした分子設計で優れた不凍作用を持つ物質を開発できたことは、さらなる可能性を示しています。今後は、分子構造や合成方法の改良を進めることで、より強力で多様な人工不凍作用物質の開発が期待されます。さらに、p-テルフェニル化合物のヘリックス構造を活用した3次元的な分子設計により、新たな触媒や機能性材料の開発にも応用できる可能性があります。化学、材料科学、医療や環境保護などの幅広い分野で革新的な技術が誕生し、社会全体に多大な恩恵をもたらすことが期待されます。

 本研究は、科研費挑戦的萌芽研究(研究代表者: 柴田 哲男)(課題番号JP16K13992)、健康科学財団助成金(研究代表者: 柴田 哲男)、積水化学財団助成金(研究代表者: 柴田 哲男)、および高度情報科学技術研究機構(RIST) HPCI システム利用研究課題 (研究代表者: 尾形 修司)(課題番号 hp230054 、hp240100)の支援を受けて実施しました。

論文情報

論文名: Design and Mechanistic Insights into α-Helical p-Terphenyl Guanidines as Potent Small-Molecule Antifreeze Agents
著者名: Putri Nur Arina Mohd Ariff, Daniel M. Sedgwick, Kenta Iwasawa, Tatsuki Kiyono, Yuji Sumii, Ryoya Ikuta, Masayuki Uranagase, Hidehisa Kawahara, Santos Fustero,* Shuji Ogata,* and Norio Shibata*  *責任著者
掲載誌: Journal of the American Chemical Society
公表日: 2024年9月4日
DOI : 10.1021/jacs.4c09389
Journal link:https://doi.org/10.1021/jacs.4c09389

用語解説

(*1)p-テルフェニル
芳香環の1、4位に別の芳香環が炭素―炭素単結合で結合した3つの芳香環からなる分子のこと。

(*2)氷の再結晶
水が氷に変化する場合、まず異物から氷核が生じ、氷核の周りに水分子が結合して氷結晶として成長します。氷結晶は、成長して大きくなる、別の氷結晶と融合する、溶けるを繰り返しており、一般に氷点下では氷に変化します。氷結晶が成長して大きくなる段階のことを氷の再結晶と呼びます。

(*3)ポリペプチド
アミノ酸がアミド結合によって連結してポリマー化した分子のこと。アミノ酸がアミド結合で連結する場合、アミド結合がペプチド結合と呼ばれる。

(*4)α-ヘリックス構造
ポリペプチドは分子内の水素結合によって安定な3次元構造をとることがある。この際、ポリペプチドが規則正しくらせん状に巻いた構造のことをα-ヘリックス構造と呼び、アミド結合のイミノ基(NH)とカルボニル基(C=O)の間に水素結合が生じて安定化されている。

(*5)密度汎関数理論(DFT)
量子力学の第一原理に基づいて分子内の電子状態を計算し、その化学反応や物性を予測する理論の一種。

(*6) 分子動力学シミュレーション
分子を構成する原子間に働く力を計算し、有限温度での各原子の運動をコンピューターで予測するシミュレーション法のこと。

(*7)プロトン化
水中に置かれた分子において、その分子の特定部位に水からプロトンが移動し、熱力学的に安定した状態になること。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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