結合組み替え技術を導入した新規熱可塑性エラストマーの開発 ~次世代ゴム材料への展開に期待~
カテゴリ:プレスリリース|2024年09月04日掲載
名古屋工業大学
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
〇 高温での物性安定性および変形安定性を付与した新規熱可塑性エラストマーを開発
〇 結合の組み替えが可能なナノ架橋ドメインを導入するという新しい材料設計
〇 強度、耐熱、リサイクル性を兼ね備えた次世代ゴム材料へと展開可能
概要
名古屋工業大学 生命・応用化学類の林幹大助教らは、JST 戦略的創造研究推進事業において、これまで研究してきた結合交換コンセプトを拡張した新規熱可塑性(※1)エラストマーを開発しました。熱可塑性エラストマー(thermoplastic elastomer: TPE)は、室温でゴム弾性を示し、且つ高温で流動可能(分子運動可能)な工業樹脂で、リサイクル性・再成形性に最大の長所があり、持続可能な社会実現を目指すために、加硫ゴム(※2)の代替として今後の需要拡大が見込まれています。一方、TPEは化学的な架橋結合を有していないため、高温安定性や変形安定性に課題があり、利用範囲が限定されています。本研究では結合組み替えが起こるナノドメインを付加的な架橋として導入するというアイデアで、上記課題克服への新アプローチを提案しています(図1)。将来的には、強度、耐熱、リサイクル性を兼ね備えた次世代ゴム材料の基盤となる成果になると期待されます。
本研究成果は2024年9月3日に学術雑誌Polymer Chemistry(Emerging Investigators Series:新進気鋭の若手研究者を紹介する特集号)にオンライン掲載されました。
図1. ブロックコポリマーを利用した慣例的な熱可塑性エラストマーの説明(左)と、本研究の分子設計コンセプト(右)
研究の背景
ガラス鎖(室温で固体)と柔軟鎖(室温で液体)が連結したブロックコポリマーは、TPEの構成ポリマーとしてよく利用されており、ガラス鎖が架橋ドメイン(※3)、柔軟鎖が橋架け鎖(ストランド)となる網目構造が形成されます(図1)。TPEの物性(高温安定性や変形安定性)向上のための方法としては、架橋ドメインやストランドに化学架橋を導入する方法が報告されていますが、この場合、高温での流動性がなくなり、熱可塑性は失われてしまいます。つまり、熱可塑性的性質を維持しつつ、高温安定性や変形安定性を向上させるという二律背反性が、TPEの改質における難しさでした。
研究の内容・成果
本研究では、当グループがこれまで研究してきた「自発的にナノスケールで凝集する結合組み替えユニット(結合交換性ナノ凝集体)」をストランド上に導入した新規ブロックコポリマー型TPEを開発しました。この場合、ガラス鎖が集合した架橋ドメイン(主架橋ドメイン)に加え、結合交換性ナノ凝集体も架橋ドメイン(サブ架橋ドメイン)となる「デュアル(二重)架橋ドメイン構造」が形成されます。分子設計の着想として、本研究グループはこれまで、ピリジン四級化結合(※4)を架橋点として導入した機能性ポリマーについて研究を行ってきました。一連の研究では、高温でアルキル交換反応により四級化結合性架橋点が組み替わること、また、ピリジン四級化結合が疎水性ポリマー中で数ナノメートルサイズの凝集ドメインが存在することを報告してきました。本研究では、この設計を、TPEの典型的な構成ポリマーであるポリスチレン-ポリブタジエン-ポリスチレン(SBS)コポリマーへ展開しています。
具体的にはまず、SBSを出発物質とし、ピリジン基をポリブタジエン鎖に導入しています。このポリマーを架橋前駆体とし、ジハロゲン化合物(図1の右側では、電荷を帯びたヨウ素(元素記号I)として表されている)を加えて加熱処理すると、ピリジン四級化結合を介してポリブタジエン鎖間が架橋されます。高極性な四級化結合と低極性なブタジエン鎖間での斥力によりピリジン四級化結合が凝集し、この凝集がサブ架橋ドメインの役割を果たします。ポリスチレン鎖の主架橋ドメインとともに、サブ架橋ドメインが形成されたデュアル架橋ドメイン構造の形成は、小角X線散乱測定(※5)により確認しています。サブ架橋ドメインが形成される効果は、動的粘弾性測定(※6)における高温での弾性率安定性、室温での引っ張り試験、およびサイクル試験におけるヤング率(応力をひずみで割った値。図2bでの伸長過程でstrain=5%までのグラフの傾きから見積もった)や形状回復性などの物性向上へ反映されることがわかりました。図2aに示す温度分散粘弾性測定では、サブ架橋ドメインの導入により、室温付近での弾性率(貯蔵弾性率:Eʹ、実線で表示)の大幅な向上が観られています。また、ポリスチレンのガラス転移温度(100℃)を超えて、200℃付近まで弾性率(tanδ、点線で表示)が安定的に持続しています。図2bでは100%ひずみでのサイクル試験(伸長・収縮)を示しており、サブ架橋ドメインを導入した試料では、ヤング率の増大と残留ひずみ(※7)の低減(図2bでの収縮過程で、最終的に元のサイズ(strain=0%)に近くなっている)が同時に達成されています。
一方で、TPEとしての代表的な性質である高温での分子運動性、および代表的な機能として再成形、リサイクル性の発現は維持されています。図2cでは、分子運動性を表すデータとして、応力緩和試験(※8)の結果を示しています。通常、架橋結合を導入すると分子運動性が強く制限されるため、応力緩和を示さなくなります。本材料では、導入した架橋結合が組み替わるため、十分な分子運動性が担保でき、結果として応力緩和を発現しています。図2dでは、リサイクル性の実証として、細断した試料(サブ架橋ドメイン導入後)に対してホットプレス処理(160℃・15分間))を行い、一枚の融合フィルムとして再生した結果を示しています。リサイクル性の理由は、加熱によりサブ架橋ドメイン内で結合交換が活性化され、分子運動が可能であるためです。分子の状態で説明すると、図1右側の結合組み替え機構(3つの状態を容易に行き来できること)が活性化している温度領域において、ポリブタジエン鎖の分子運動性が高くなることを意味します。このように、結合交換性サブ架橋ドメインを導入したデュアル架橋ドメイン構造設計により、熱可塑性的性質を維持したままの物性向上を実現することができました。
図2. (a) 温度分散粘弾性測定データ。実線で図示しているように、サブ架橋ドメイン導入後は貯蔵弾性率が3倍程度大きくなっている(左側の縦軸は対数目盛)。また、導入前は100℃付近でポリスチレンのガラス転移により急激な弾性率(貯蔵弾性率:Eʹ)低下が起きているが、サブ架橋ドメイン導入後は200℃近くまで安定した弾性率を示す。
(b) サイクル試験データ。 伸長過程では、サブ架橋ドメイン導入によってグラフの傾きが急になっている(つまりヤング率が増大している)。また収縮過程では、最終的に元の長さ(strain=0%)に戻りやすくなっている。
(c) 応力緩和試験データ(縦軸は規格化した緩和弾性率)
(d) 細断した試料に対するリサイクル性の確認。 加熱、加圧後に一枚の融合フィルムとして再生していることがわかる。
(c)、(d)はサブ架橋ドメイン導入後の試料に対する結果
社会的な意義・今後の展望
ゴム・エラストマー分野の中で、持続可能な社会を実現するためのサスティナブル材料として、TPEは重要な位置を占めています。加硫ゴムの代替として今後の需要の伸びが予測されており(※9)、さらなる利用用途拡大には、物性向上指針の確立が急務とされています。TPEとしての長所を喪失させないまま材料物性を向上させられる本コンセプトは、用途拡大を達成するための一助として意義があり、強度、耐熱、リサイクル性を兼ね備えた次世代ゴム材料へと展開可能です。例えば、本研究で用いた出発ポリマー(ポリスチレン・ポリブタジエン)はタイヤの原料ポリマーと同様であるため、将来的にはリサイクル可能なタイヤ開発への展開も期待できます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「水トリガーの易解体接着を実現する結合交換性TPEの開発」(JPMJPR23N7)、公益財団法人 立松財団の支援を受けて実施されました。
用語解説
(※1)熱可塑性
加熱により柔らかくなり、冷却によって硬くなるという二つの状態を行き来できる性質
(※2)加硫ゴム
加硫とは、生ゴムに硫黄を添加し、熱を加えることによりゴムの分子鎖間に化学結合を生成させる反応のことを指す。19世紀に発見された反応であり、長らく用いられている。そのように得られるゴム材料を加硫ゴムと呼ぶ。
(※3)架橋ドメイン
ポリマーの分子間に橋を架けたような結合をつくることを架橋と呼ぶ。架橋ドメインは、架橋結合が複数集合した凝集体のことを指す。
(※4)ピリジン四級化結合
ピリジン基とハロゲン末端のアルキル化合物(ハロゲン化アルキル)を反応させると、ピリジン基の窒素原子にアルキル基が結合する。このプロセスにより生じた結合をピリジン四級化結合と呼ぶ。
(※5)小角X線散乱測定
測定対象物のナノスケールの構造解析を行うための測定手法。X線照射により発生する試料の規則構造に由来する散乱X線を得ることにより、構造解析を行う。
(※6)動的粘弾性測定
変形させるときの力と変形から材料の持つ粘弾性を解析する測手法。高分子材料に周期的な振動荷重を与え、生じる応力と位相差から、弾性や粘性を温度の関数として測定する。
(※7)残留ひずみ
変形後、荷重を取り除いても残るひずみのこと(永久ひずみとも呼ばれる)。サイクル試験では、伸長後の収縮過程で、応力ゼロとなるひずみとして定義される。
(※8)応力緩和試験
一定ひずみを与えて、経過時間ごとの内部応力変化を測定するための試験。分子運動性が担保されている場合、内部応力が減衰する。
(※9)TPE市場の将来予測として、2020年の3兆円市場から2030年では6兆円市場。
参考情報:https://www.acumenresearchandconsulting.com/thermoplastic-elastomer-market
論文情報
論文名:Designing Dual-Domain Thermoplastic Elastomers from ABA Triblock Copolymers: Introducing Bond-Exchangeable Subdomains in the B-Block Strands
著者名: Mikihiro Hayashi, Tatsuya Mizuno
掲載雑誌名:Polymer Chemistry
公表日:2024年9月3日 (in press, web-published)
DOI:10.1039/d4py00858h
URL:https://doi.org/10.1039/d4py00858h
お問い合わせ先
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名古屋工業大学 生命・応用化学類
助教 林 幹大
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E-mail: hayashi.mikihiro[at]nitech.ac.jp
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科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔
TEL: 03-3512-3526
E-mail: prest[at]jst.go.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho[at]jst.go.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。