プロメテ古細菌から高感度な光駆動水素イオンポンプを発見 ―真核生物の出現に関わる古細菌による新たな光利用―
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カテゴリ:プレスリリース|2025年5月30日掲載
東京大学/名古屋工業大学/科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
〇 真核生物の祖先に最も近縁なプロメテ古細菌の一種であるヘイムダル古細菌から、カロテノイド色素を光捕集アンテナとして利用する、極めて高感度な光駆動水素イオンポンプタンパク質「ヘイムダルロドプシン」を発見しました。
〇 ヘイムダル古細菌がヘイムダルロドプシンを用いて、高効率に太陽光のエネルギーを化学エネルギーに変換していることが示され、真核生物の出現へとつながるヘイムダル古細菌の生態の全く新しい一面が明らかとなりました。
〇 ヘイムダルロドプシンはルテインなどヒトにも豊富に存在するカロテノイド色素を利用することから、高感度で革新的な視覚再生医療や神経疾患の光治療法への応用が期待されます。

概要
東京大学物性研究所の井上圭一准教授、今野雅恵特任研究員、同大学大学院理学系研究科の濡木理教授、志甫谷渉助教(研究当時、現:慶應義塾大学 准教授)、田中達基特任助教、松﨑悠真大学院生、村越峻也大学院生、名古屋工業大学の神取秀樹特別教授、片山耕大准教授、吉住玲研究員、板倉彰汰大学院生(研究当時)、水野陽介大学院生らによる研究グループは、真核生物(注1)の共通祖先に最も近い現生生物種の一つであるヘイムダル古細菌が、カロテノイド色素(注2)を用いて、高効率に太陽光のエネルギーを捉えることで、それを元に水素イオン(H+)を輸送し、化学エネルギーへと変換するタンパク質である「ヘイムダルロドプシン」を持つことを明らかにしました。
本研究では先端的なレーザー技術を用いた分光計測により、ヘイムダルロドプシンのカロテノイド色素が光アンテナとして光を捉え、そのエネルギーをH+輸送に利用することを世界で初めて明らかにしました。またX線結晶構造解析(注3)によって、多様なカロテノイド色素の結合に適した独自の構造を捉えることにも成功しています。これまでヘイムダル古細菌が高効率で光を捉え、自身の生育に役立てているという事実は全く知られておらず、生命の進化を考える上で重要な、この種のこれまでにない新たな一面を明らかにした点で本研究成果は大きな学術的意義を有します。またヘイムダルロドプシンはルテインなど、ヒトの体内にも存在するカロテノイドを利用することから、本タンパク質は新たな生体分子ツールとして、今後高感度な視覚再生や、光を用いた神経疾患治療技術の開発に役立つことが期待されます。
本成果は英国の科学雑誌「Nature Microbiology」の5月29日付オンライン版に掲載されました。
発表内容
微生物ロドプシン(注4)は、ビタミンAの類縁体であるレチナールを使って太陽光を捉え、そのエネルギーを使って細胞の中から外へH+を輸送するタンパク質です。これにより細胞内と外との間でH+の濃度勾配が形成され、細胞のエネルギー通貨であるアデノシン三リン酸(ATP)の合成などが駆動されます。これまでに微生物ロドプシンは、海洋や河川、湖沼、土壌などの多様な環境中に幅広く生息する細菌や古細菌(アーキア)が持つことが知られており、特に海洋では藻類などが行う光合成に匹敵する、莫大な太陽光エネルギーが微生物ロドプシンを介して微生物の生存に用いられていることが近年の研究で明らかになっています。
一方、古細菌の中でヘイムダル古細菌は、我々ヒトを含む真核生物の共通祖先となった太古の古細菌に最も近縁な現生生物種であるとされ、生命の進化を考える上で、極めて重要な種として注目されているプロメテ古細菌の一つに分類されます。しかし、細胞の単離が困難なことなどを理由に、ヘイムダル古細菌の生態の大部分は不明であり、真核生物へ至るプロセスを理解する上で大きな問題となっています。
今回本研究グループは、これまで海や湖の底の泥などの中に生息すると考えられていたヘイムダル古細菌の一部が、太陽光が豊富に利用できる世界中の海域の海水中に浮遊しながら生息していること、さらにこれまで知られていなかったタイプの微生物ロドプシン(ヘイムダルロドプシン)を持つことを見いだしました(図1)。

そこで研究グループは、大腸菌を用いて人工的に大量のタンパク質を作製し、ヘイムダルロドプシンの性質を調べたところ、ヒトなど動物の眼球や皮膚に豊富に存在するルテインや、昆布やワカメなどを含む藻類が光合成において効率的に光を集めるための光アンテナとして用いるフコキサンチンといったカロテノイド色素を結合することが明らかとなりました(図2実線)。さらに驚くべきことに結合したカロテノイド色素が、波長が短くエネルギーが高い青色の光を吸収すると、そのエネルギーをすぐ近くにあるレチナール色素へと受け渡すことで、あたかもレチナール色素が光を吸収した時と同様にH+の輸送反応が駆動されることがわかりました(図2棒グラフ)。ここから、ヘイムダル古細菌は、独自に多様なカロテノイド色素を光アンテナとして利用するヘイムダルロドプシンを進化させることで、他のプロメテ古細菌よりも、巧みに太陽光を利用できるようになったと考えられます。さらに研究グループはレーザーや赤外光を使った分光計測から、カロテノイド色素が結合するとヘイムダルロドプシンの構造が変化し、よりH+を輸送し易くなるという、これまでにない形での輸送効率の向上が起こっていることも明らかにしました。

また本研究グループは、X線結晶構造解析によって、ヘイムダルロドプシンの三次元構造を原子レベルで明らかにすることに成功しました(図3)。この結果、ヘイムダルロドプシンが多様なカロテノイド色素の結合に適した、独自の表面の凹凸構造を有していることが明らかになりました。

さらに、計算機上でシミュレーションを行うことで、多様なカロテノイド色素がヘイムダルロドプシンに結合している様子を明らかにしました。また、得られた構造から、レチナール色素とカロテノイドが直接接触することでエネルギーが受け渡される仕組みを解明しました(図4)。

今回の研究成果は、生命の進化を考える上で重要な存在であるヘイムダル古細菌が、カロテノイド色素を有する微生物ロドプシンを独自に獲得することで、極めて巧みに光を利用できるようになったという新たな事実を明らかにしました。また、多様なカロテノイドをアンテナとして利用できるヘイムダルロドプシンを活用することで、網膜色素変性症などの疾患に対する高感度な視覚再生や、光を用いて神経細胞のイオンバランスを制御する形の神経疾患治療などの医療技術への応用による社会への波及効果と、古細菌から真核生物への進化の道筋の解明に向けた、さらなる研究の発展に寄与することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
物性研究所
井上 圭一 准教授
今野 雅恵 特任研究員
大学院理学系研究科 生物科学専攻
濡木 理 教授
志甫谷 渉 助教(研究当時、現:慶應義塾大学 准教授)
田中 達基 特任助教
松﨑 悠真 大学院生
村越 峻也 大学院生
名古屋工業大学
生命・応用化学類
神取 秀樹 特別教授
片山 耕大 准教授
吉住 玲 研究員
大学院工学研究科 工学専攻
板倉 彰汰 大学院生(研究当時)
水野 陽介 大学院生
論文情報
雑誌名:Nature Microbiology
題 名:Light-harvesting by antenna-containing rhodopsins in pelagic Asgard archaea
著者名:Gali Tzlil#, María del Carmen Marín#, Yuma Matsuzaki#, Probal Nag#, Shota Itakura, Yosuke Mizuno, Shunya Murakoshi, Tatsuki Tanaka, Shirley Larom, Masae Konno, Rei Abe-Yoshizumi, Ana Molina-Márquez, Daniela Bárcenas-Pérez, José Cheel, Michal Koblížek, Rosa León, Kota Katayama, Hideki Kandori, Igor Schapiro, Wataru Shihoya*, Osamu Nureki*, Keiichi Inoue*, Andrey Rozenberg*, Ariel Chazan* and Oded Béjà*
#(共同)筆頭著者、*責任著者
DOI:10.1038/s41564-025-02016-5
URL:https://www.nature.com/articles/s41564-025-02016-5
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(学術変革領域研究(A)「タンパク質機能のポテンシャルを解放する生成的デザイン学」における「ロドプシンの機能発現メカニズムの統合的理解と機能向上(研究代表者:井上 圭一、課題番号:JP24H02268)」)、学術変革領域研究(A)「分子サイバネティクス―化学の力によるミニマル人工脳の構築」における「微生物ロドプシンを用いた光による人工細胞への高速刺激入力法の開発(研究代表者:井上 圭一、課題番号:JP23H04404)」、特別推進研究「光遺伝学を支えるロドプシンの作動メカニズムの解明(研究代表者:神取 秀樹、課題番号: JP21H04969)」、および科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST「データ駆動・AI駆動を中心としたデジタルトランスフォーメーションによる生命科学研究の革新(研究総括:岡田 康志)」における「AIが先導するオートメーションタンパク質工学の創出(研究代表者:井上 圭一、課題番号:JPMJCR22N2)」、CREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用(研究総括:影山 龍一郎)」における「細胞内二次メッセンジャーの光操作開発と応用(研究代表者:神取 秀樹、課題番号:JPMJCR1753)」)、文部科学省・学際領域展開ハブ形成プログラム・マルチスケール量子-古典インターフェース研究コンソーシアム(課題番号:JPMXP1323015482)、AMED「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」および「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ」の一環として、放射光施設などの大型施設の外部開放を行うことで優れたライフサイエンス研究の成果を医薬品等の実用化につなげることを目的とした「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(研究代表者:濡木 理、課題番号:JP22ama121012)」による支援を受けて行われました。
用語解説
(注1)真核生物
細胞内に細胞核を持つ生物種の総称。生物全体は細菌、古細菌(アーキア)、真核生物の三つに分類され、遺伝学研究により、真核生物は20億年ほど前に、ヘイムダル古細菌が属するプロメテ古細菌に近縁な古細菌の一部から進化したと考えられています。
(注2)カロテノイド色素
主に400~500 nmの波長の光を吸収し、黄色、橙色、赤色を示す天然色素群。
(注3)X線結晶構造解析
分子が規則正しく並んで形成された結晶にX線を照射すると得られる回折像を解析し、分子の三次元構造を解明する実験手法。クライオ電子顕微鏡、核磁気共鳴法(NMR)などと並んでタンパク質の立体構造を解析するのに用いられます。
(注4)微生物ロドプシン
7回膜貫通型の光受容タンパク質であり、ビタミンAの類縁体であるレチナール色素と結合しています。これら微生物ロドプシンはレチナール色素を用いて太陽光を捉え、その光エネルギーを使って主に細胞内外への水素イオンを含むさまざまなイオンの輸送を行います。そして、微生物ロドプシンは細菌、古細菌(アーキア)、真核微生物のほか、巨大ウイルスにまで広く分布することが知られています。
お問い合わせ先
研究に関すること
東京大学物性研究所
准教授 井上 圭一(いのうえ けいいち)
E-mail:inoue[at]issp.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
教授 濡木 理(ぬれき おさむ)
E-mail:nureki[at]bs.s.u-tokyo.ac.jp
名古屋工業大学 生命・応用化学類
特別教授 神取 秀樹(かんどり ひでき)
E-mail:kandori[at]nitech.ac.jp
報道に関すること
東京大学物性研究所・広報室
TEL:04-7136-3207
E-mail:press[at]issp.u-tokyo.ac.jp
名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404
FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho[at]jst.go.jp
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
櫻間 宣行(さくらま のりゆき)
TEL:03-3512-3526
FAX:03-3222-2066
E-mail:crest[at]jst.go.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。
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