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フルオロプラスチックの室温分解と再利用に成功 ―高い安全性と持続可能性を両立したフッ素資源循環に貢献―

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カテゴリ:プレスリリース|2025年6月30日掲載


発表のポイント

〇 フッ素樹脂「ポリフッ化ビニリデン(PVDF)」を常温・常圧・短時間でフッ化カリウム(KF)含有黒色粉末へ分解することに成功し、黒色粉末を「KFブラック」と命名
〇 KFブラックはそのままフッ素化試薬として使用でき、水洗処理により純粋なフッ化カリウムとしても回収可能
〇 蛍石(CaF₂)と有毒なフッ化水素(HF)を経由して製造されていたKFの新たな製造ルートを実現
〇 汎用性が高く、他のフルオロプラスチック(PTFE、PCTFE、ETFEなど)にも適用可能

概要

名古屋工業大学の服部雅史氏(共同ナノメディシン科学専攻1年)、Debarshi Saha研究員(研究当時:生命・応用化学類)、Muhamad Zulfaqar Bacho氏(共同ナノメディシン科学専攻3年)、柴田哲男教授(生命・応用化学類)らの研究グループは、フルオロプラスチック(フッ素系高分子)(*1)を常温・常圧・短時間で分解し、KFへと変換する革新的なメカノケミカル合成(*2)技術の開発に成功しました。

この手法は、多様なフルオロプラスチックに適用可能であり、特にフッ素樹脂「ポリフッ化ビニリデン(PVDF)」に対しては、わずか1時間でほぼ定量的に分解できるという極めて高い効率性を示しました。また、PVDFの分解生成物は黒色粉末で、研究チームはこれを「KFブラック」と命名しました。KFブラックは水洗処理により純粋なKFとして回収可能であるだけでなく、そのまま有機化合物へのフッ素導入反応に利用できる実用的なフッ素化試薬としても機能します。従来、KFは天然資源であるCaF₂から有毒なHFを経由して製造されてきました。本技術は、廃棄予定のPVDFを原料にHFを一切用いずにKFを得ることができるため、高い安全性と持続可能性を両立したフッ素資源循環技術として注目されます。また、同様に安定性の高いポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の分解にも応用可能であることが確認され、有機フッ素化学に新たな地平を切り拓くと同時に、環境調和型社会の実現に貢献する技術として期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「Nature Chemistry」のオンライン速報版に、2025年6月27日に掲載されました。

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研究の背景

有機フッ素化合物は、医薬品、農薬、半導体材料、リチウムイオン電池、冷媒など、さまざまな産業分野で不可欠な役割を担っており、その世界的な需要は年々増加しています。フッ素化合物の合成には、フッ素資源として広く利用されているCaF₂から、有毒なHFを経由するプロセスが多用されています。しかし、HFの毒性は極めて高く、取り扱いには高度な安全管理が求められる上、CaF₂自体も中国や南米など特定地域に偏在する有限資源であり、将来的な供給不安が懸念されています。

一方、PVDFやPTFEに代表されるフッ素樹脂は、優れた耐熱性・耐薬品性を備えることから多用途に用いられていますが、使用後のリサイクルが困難で、焼却も課題が多いため、大半が埋め立てによって処理されています。PVDFを約500℃で加熱することで分解し、HFを発生させる手法も報告されていますが、エネルギー効率や安全性の観点から実用化には至っていません。

このように、安全性・持続可能性の観点から、HFに依存しない新たなフッ素化学の確立と、フッ素樹脂廃棄物の有効活用が、国際的な重要課題となっています。

本研究では、これらの課題を解決する手段として、廃棄予定のPVDFから、常温・常圧・短時間でKFを生成するメカノケミカル手法を開発しました(図1)。この革新的技術は、従来のHFを介さずに安全かつ効率的にKFを得ることを可能とし、持続可能な有機フッ素化合物の合成プロセスの新たな選択肢となります。さらに、本手法はPVDFにとどまらず、さまざまなフルオロプラスチックへの応用も可能で、フッ素資源循環と環境負荷低減の両立に貢献します。


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図1 HFとKFの従来の製造法(上側)と本研究による製造法(下側)

研究の内容

近年、有機溶媒を必要としない持続可能な合成法として「メカノケミカル反応」が注目を集めています。この手法では、従来の溶液反応(バッチ反応)とは異なり、ボールミル装置によって反応容器に物理的衝撃を加え、固体状態で反応を進行させ、特に、①溶解性の低い物質に対する反応性の向上、②無溶媒または極微量の溶媒条件での反応進行、という利点があります。本研究ではこの特性を生かし、まず、 PVDFの脱フッ素化を目的としてボールミルを用いたメカノケミカル反応に取り組みました(図2)。

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図2 PVDFの分解とボールミル装置

実験の結果、塩基としてカリウムtert-ブトキシド(KOtBu)、液体攪拌補助剤(LAG)としてテトラヒドロフラン(THF)を用いる条件が最も効果的であることがわかり、高効率でフッ化カリウム(KF)を生成することに成功しました。得られた生成物が黒色粉末状であることから、本研究グループはこれを「KFブラック」と命名しました。KFブラックの構造と物性は、粉末X線回折(XRD)、赤外分光法(IR)およびラマン分光法、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型X線分光法(EDS)により、フッ化カリウムとアモルファス(*3) 構造を持つ不飽和炭素骨格(*4)であることが明らかになりました。このKFブラックは未精製のまま求核的フッ素化反応(*5)に使用可能であり、様々な求電子剤(*6)と反応させることで有機フッ素化合物を合成できました(図3)。


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図3 本手法によって合成したKF-blackを用いた種々の反応で得られた化合物

また、本手法はエチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)、PTFE、 ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)など多様なフルオロプラスチックの分解に適用可能であることもわかりました(図4)。


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図4 多様なフルオロプラスチックの分解
10mlのステンレス製のビンの中に、フルオロプラスチックと直径10mmのボールを入れ、60分間振動させて分解を行う。KF-blackの収率は、ETFEを原料として室温(rt)で反応させた場合は70%、PCTFEを原料として100℃で反応させた場合は52%、PTFEを原料として100℃で反応させた場合は42%となった

社会的な意義と今後の展望

本研究は、有害なフッ化水素(HF)を使用せずに、廃棄されるフッ素樹脂から有用なフッ素化学試薬を創出するという、持続可能かつ安全なフッ素資源循環モデルを提案しています。今後、回収されたフッ素樹脂からのフッ素再資源化や、広範なフッ素化合物類の無害化処理技術への応用が期待されます。また、医薬・農薬・材料化学におけるフッ素導入反応の安全性と汎用性を飛躍的に高める新技術として、産業界からの注目も高まることが見込まれます。本研究グループは、今後、スケールアップ・工業化への応用展開を通じて、持続可能なフッ素化学の実現への貢献を目指します。
 
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業  CREST研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原淳(九州大学))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)の支援を受けて実施しました。

論文情報

論文名: Mechanochemical pathway for converting fluoropolymers to fluorochemicals
著者名: Masashi Hattori, Debarshi Saha, Muhamad Zulfaqar Bacho, Norio Shibata* 
*責任著者
掲載誌: Nature Chemistry
公表日: 2025年6月27日
DOI: 10.1038/s41557-025-01855-3
URL: https://www.nature.com/articles/s41557-025-01855-3

用語解説

(*1)フッ素系高分子(フルオロプラスチック)
分子構造中にフッ素原子を含む高分子樹脂で、非粘着性・低摩擦性・耐薬品性・耐熱性・電気絶縁性・耐候性など、優れた特性を併せ持つ。化学構造の違いにより独自の高機能が付与される。PVDF、PTFE、ETFE、PCTFEなどが知られている。

(*2)メカノケミカル合成
ボールミルなどの強い機械的攪拌を利用することで、有機合成反応を実施する新しい技術。この技術を使うことにより、有機合成で扱いにくい溶解性の悪い化合物(未利用材料)を反応させることができるなど、有機合成を大幅に進化させるポテンシャルを持っている。

(*3) アモルファス  
結晶のような規則正しい構造を持たない物質の状態。

(*4)不飽和炭素骨格
炭素原子間に二重結合や三重結合を含む有機化合物の構造。

(*5)求核的フッ素化反応  
活性種に F - ( Fマイナス)を用いるフッ素化反応。

(*6)求電子剤
 求電子試薬ともいう。化学結合を生成する反応において、電子を受け取る側の化学種を指す。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔
TEL: 03-3512-3531
E-mail: crest[at]jst.go.jp

広報に関すること

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