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PFASに該当しないフッ素官能基の提案と合成 ― 環境にやさしい農薬・界面活性剤への道を拓く ―

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カテゴリ:プレスリリース|2025年10月24日掲載


発表のポイント

〇 PFASに該当しないフッ素官能基「ジフルオロアセチルスルホキシミン」の導入法を開発
〇    原料試薬「TFEDMA」は、環境負荷の小さいテトラフルオロエチレン(TFE)から製造
〇    環境にやさしいフッ素系農薬・界面活性剤などへの応用が期待

概要

名古屋工業大学の岩﨑皓斗氏(共同ナノメディシン科学専攻2年)、Debarshi Saha氏(生命・応用化学類・研究員(当時))、柴田哲男教授(生命・応用化学類)の研究グループは、環境への影響が懸念されるPFAS(ペルフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル物質)(*1)に代わる新しいフッ素官能基「ジフルオロアセチルスルホキシミン」の合成に成功しました。

この化合物はフッ素を含むにもかかわらず、OECD(経済協力開発機構)(*2)の定義するPFASには該当しない構造を有しており、環境安全性の面で優れています。さらに、従来広く用いられているトリフルオロアセチル型(-CF3)とは異なり、環境中で有害なトリフルオロ酢酸(TFA)(*3)を生成しない点も大きな特長です。また、スルホキシミンにジフルオロアセチル基を導入する新しい手法として、環境負荷の小さいテトラフルオロエチレン(TFE)(*4)を出発原料とする試薬「テトラフルオロ-N、N-ジメチルアミン(TFEDMA)」を活用した点も注目されます。TFEDMAは安全かつ安価に合成でき、持続可能なフッ素化学の実現に貢献する重要な試薬です。

開発したジフルオロアセチルスルホキシミン化合物は、環境に配慮したフッ素系農薬、界面活性剤、機能性材料、医薬品原料への応用が期待されます。本研究は、フッ素化学を「環境と共存できる科学」へと発展させるための一歩といえます。

本成果は、米国化学会誌 Organic Letters オンライン速報版に2025年10月22日付で掲載されました(DOI: 10.1021/acs.orglett.5c04118)。

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謝辞

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)、元島栖二博士 (CMC総合研究所) および経済産業省 成長型中小企業等研究開発支援事業 JPJ005698の支援を受けて実施しました。また、TFEDMAは東ソー・ファインケム株式会社から提供していただきました。

論文情報

論文名:N-Difluoroacetylation of Sulfoximines by TFEDMA
著者名:Hiroto Iwasaki,  Debarshi Saha and Norio Shibata* 
*責任著者
掲載誌:Organic Letters
公表日:2025年10月22日
DOI:10.1021/acs.orglett.5c04118
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.orglett.5c04118

用語解説

(*1)PFAS
ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物の略称。化合物中の炭素原子が形成できる結合すべてがフッ素と結合している部分構造を持つ化合物がその対象となる。高い化学的・熱的安定性や撥水・發油製を示すため、コーティング剤や防水剤、泡消火剤、半導体製造などの幅広い分野で利用されてきた。しかし、高い安定性ゆえに環境中でほとんど分解されず、「永遠の化学物質」とも呼ばれる。水域、人を含む生物への蓄積が報告されており、発がん性などの健康リスクが懸念されている。ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、ペルフルオロオクタン酸(PFOA)、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)は発がん性などの健康被害の可能性が報告され、特定PFASとして規制対象となっている。

(*2)OECD(経済協力開発機構)
経済成長、貿易の自由化、開発途上国支援を目的として設立された国際機関であり、先進国を中心とした38か国が加盟する。近年では環境保全や化学物質管理にも力を入れており、PFASを含む化学物質のリスク評価や国際的な規制指針の策定を通じて、持続可能な社会の実現に向けた科学的・政策的枠組みを提供している。

(*3)トリフルオロ酢酸
酢酸の炭素に結合している水素がすべてフッ素に置き換わった有機酸。非常に強い酸性を示し、安定な物質である。環境中での検出が相次いで報告されており、その原因は含フッ素農薬やペルフルオロカーボン類の環境分解と考えられている。難分解性のため、水域や土壌中に残留・蓄積しやすく、生態系や人への長期的影響が懸念されており、PFASに指定されている。

(*4)テトラフルオロエチレン
エチレンの水素原子がすべてフッ素に置き換わったガス状オレフィン化合物で、フッ素系モノマーの一種である。自己重合または他のモノマーとの共重合によって生じるポリテトラフルオロエチレン(PTFE、テフロン®)や他のフッ素系ポリマーは、耐熱性・耐薬品性・低摩擦性を兼ね備えた高機能性樹脂材料で広い分野で利用されている。オゾン破壊指数(ODP)はゼロ、地球温暖化係数(GWP)は>0.1と環境にやさしい材料といえる。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*[at]を@に置換してください。


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