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フッ素化学の錬金術:フロンガスを医薬品に変換する製造プロセスの開発に成功

カテゴリ:プレスリリース|2018年07月31日掲載


 柴田哲男教授らは,産業廃棄物であるフロンガスから医薬品などの材料となるフッ素有機化合物を簡便に作り出す新しい製造プロセスの開発に成功しました。本プロセスは,有機フッ素材料の合成に必ずつきまとう製造費の問題を大幅に改善する足がかりになると大いに期待されます。フッ素を含む有機化合物は液晶,農薬,医薬品など私たちの日常生活に幅広く使用されていることから,本プロセスにより様々な製品の製造に好影響を及ぼすと考えられます。本研究成果は,2018年7月31日に科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されます。

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背 景

 フッ素を含む有機化合物は,私たちの生活において欠かせないものとなっています。たとえばパソコンや携帯電話などに用いられる液晶,フライパンなどのテフロン加工製品,農作物の育成に欠かせない農薬や殺虫剤,生活習慣病と因果関係の深い血中コレステロール値を下げるためのくすりや抗うつ薬から抗がん薬,エイズ治療薬に至るまで実に幅広い分野で使われているのです。さらには人工血液や人工血管などの医療用材料にもフッ素化合物が使われています。そのためフッ素化合物を効率よく作る合成方法の開発研究が盛んに行われています。しかしながら,フッ素を含んだ有機化合物は天然資源としてはほとんど存在しないために,植物や化石燃料からフッ素化合物を合成することは出来ません。従って完全に人工物から製造しており大きな費用がかかっています。とりわけ,医薬品や農薬など使われる有機フッ素化合物は,その化学構造が複雑であるため,いっそう製造費がかかり,有機フッ素化合物をいかにして安価に製造するかが重要な課題となっています。

内 容

 柴田教授らはこの問題を解決する鍵物質として,産業廃棄物であるフルオロホルムに着目しました。フルオロホルム(トリフルオロメタン)はフロン23と呼ばれるフロンガスで,蛍石から取り出すフッ酸からテフロンなどフッ素樹脂を製造する際に15000から20000 t/年で産出されています。オゾン層破壊係数が0で無毒性であるため,有機フッ素化合物(トリフルオロメチル化合物)の原料として魅力的であるものの,合成する際に必用なトリフルオロメチルアニオンをフロン23から発生させると,極めて不安低であるため取り扱いが難しく,フッ素材料としては全く不向きであります。さらにフロン23の大気中での寿命は250年以上と長く,地球温暖化係数は二酸化炭素の1万倍以上もあることから大気中への放出は規制されております。そのため現在フロン23は,熱酸化や触媒的加水分解により処理されていますが,その処理費用も莫大であるために,実際にはそのほとんどが貯蔵されている状態です。

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 柴田教授らは数年前からフロン23の有効利用に関する研究を行っています(引用文献1)。2013年に構造的に大きな有機超塩基と呼ばれるホスファゼン塩基を用いると,フロン23から発生させた不安定なトリフルオロメチルアニオンが安定化されることを見つけ,その手法を用いて,医薬品などの製造に有用なトリフルオロメチル化反応を実現しました(引用文献2)。この研究は2012年9月に特許出願され,2013年1月にはイギリス化学会誌で公開されました(引用文献3)。ほぼ同時期に,米国南カリフォルニア大学のプラカッシュ教授らも金属塩基を用いた手法にて,フロン23からトリフルオロメチル化合物を作り出すことに成功し,2012年12月にサイエンス誌にその成果を発表したことから(引用文献4),この研究の重要性が一般にも広く認識されるようになりました(引用文献5)。しかしながら,これら二つの手法は,塩基が高価であったり,極低温での反応操作が不可欠であったりなど,実用化には問題点を残していました。
 今回柴田教授らは,フロン23をジグリムと呼ばれる汎用ポリエーテル系溶媒中で安価なカリウム塩基と処理するだけで,不安低なトリフルオロメチルアニオンを分解させることなく,実に簡単に発生させることに成功しました。成功の鍵はポリエーテル溶媒がカリウムカチオンをカプセル化して錯体([CF3]-[K(tetraglyme)2]+,[CF3] -[K(triglyme)2]+)を形成し,分解の主要因であるトリフルオロメチルアニオンとカリウムカチオンとの接近を完全に遮断することが出来る点にあります。この詳細な反応機構は計算化学的解析によっても明らかになりました。この新しいトリフルオロメチル化反応は,安価な塩基と汎用溶媒を組み合わせるだけで簡単に実施できる優れた手法であることから,フロン23の実用的利用に向けた大きな足掛かりになると期待されます。

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 本研究成果は,長年,廃棄物でしかなかったフロン23の存在価値を覆すものになるだけでなく,製造コスト問題がつきまとうフッ素医薬品や液晶材料の製造プロセスにも大きな革命を及ぼすものです。今後,本研究成果をもとにフッ素医薬品の製造にかかるコスト削減に向けた大きな足掛かりになると期待されます。

 本研究成果は,斉藤拓弥(大学院生,名古屋工業大学),WANG JIANDONG(大学院生,名古屋工業大学),徳永恵津子(研究員,名古屋工業大学),都築誠二(産業技術総合研究所)らの協力を得て行ったもので,2018年7月31日(英国時間午前10時)に科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されます。また,本研究は,公益財団法人 旭硝子財団,研究助成担当独立行政法人 科学技術振興機構「低エネルギー,低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出 (JST-ACT-C)」,東ソー・ファインケム株式会社等の支援を受けて実施しました。

引用文献
1)「フッ素化学の錬⾦術︓フッ素樹脂副産物フルオロホルムの医薬品原料・液晶材料への活⽤"」柴田哲男,杉田豊,河合洋幸,ファインケミカル 2013年11月号 vol.42, No. 11,48-55.
2)「名古⼯⼤,フッ素樹脂副産物フルオロホルム-医薬・液晶向け活⽤」柴田哲男,日刊工業新聞, 14 面 平成25年3月14日; 「進む「フッ素科学」⼩さく⾃⼰主張強い元素」柴田哲男,中部経済新聞,4⾯ 平成25年5月20日.
3)Kawai, H.; Yuan,Z.; Tokunaga, H.; Shibata, N. Org. Biomol. Chem. 2013, 11, 1446-1450.
4)G. K. S. Prakash, P. V. Jog, P. T. D. Batamack, G. A. Olah, Science 2012, 338, 1324-1327.
5)「Taming Fluoroform」Stephen K. Ritter, Chem. Eng. News, 2012, 90, 12.

<発表論文情報>
論文名:Direct nucleophilic trifluoromethylation of carbonyl compounds by potent greenhouse gas, fluoroform: Improving the reactivity of anionoid trifluoromethyl species in glymes
発表雑誌:Scientific Reports, 2018. doi: 10.1038/s41598-018-29748-1
www.nature.com/articles/s41598-018-29748-1
著者:Takuya Saito, Jiandong Wang, Etsuko Tokunaga, Seiji Tsuzuki and Norio Shibata *(*責任著者)

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田哲男
Tel: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学企画広報課
Tel: 052-735-5316
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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