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安全にフッ化アシルを製造する新ツールを開発  ― 医農薬品・電子材料開発への利用を加速 ―

カテゴリ:プレスリリース|2020年05月11日掲載


発表のポイント

〇 フッ化アシル化合物の一段階製造を実現する新ツールを開発。
〇 高い安定性と安全性を持つ新ツールは、環境に優しく使用方法も簡単。
〇 医薬品や農薬、電子材料の製造など、幅広い分野への応用が可能。

概要

 本学大学院工学研究科の梁禹蒙研究員(開発時は共同ナノメディシン科学専攻大学院生)、趙正宇さん(生命・応用化学専攻大学院生)、柴田哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻及び生命・応用化学専攻)の研究グループは、医薬品や農薬、電子材料の製造に有用な物質、フッ化アシル化合物群を、有機ヨウ素化物からわずか一段階で製造する新ツールの開発に成功しました。
 フッ化アシル化合物類の製造は、いくつかの手法が報告されていますが、毒性の高い一酸化炭素を用いるなど諸問題がありました。今回、柴田教授らは、フッ化アシル化試薬、2-(ジフルオロメトキシ)-5-ニトロピリジンを新ツールとして開発することにより、目的のフッ化アシル化合物群を、市販の芳香族ヨウ素化物から、わずか一段階で製造することに成功しました。この新ツールは、高い安定性と安全性を持ち、取り扱い易く、フッ化アシル化合物群を、高収率で、安全に製造することができるものです。このツールの開発により、フッ化アシル化合物群の工業的利用価値がより一層拡大すると期待されます。
 本研究成果は、2020年5月11日(日本時間18時)にNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル「Communications Chemistry」のオンライン速報版で公開されました。

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研究の背景

 有機フッ素化分子は医薬品、農薬、および機能性材料といった広範な分野での用途が見いだされています。フッ素(F)(*1)はハロゲン属に属しますが、塩素(Cl)、臭素(Br)やヨウ素(I)といった他のハロゲンと異なり、炭素(C)に対して、非常に強いC-F化学結合を形成することが知られています。その高い安定性のため、近年では、有機フッ素化分子を最終物質ではなく、医薬品、農薬、および機能性材料を製造する際の、取り扱い容易な中間体としての需要が高まっています。中でも特に注目を集める有機フッ素化合物に、フッ化アシル化合物(*2)があります。フッ化アシル化合物は、フッ素本来の性質が引き出す医薬品に見られる生理作用物質としての魅力に加え、一般のハロゲン化アシル(*3)の持つ多様な反応性を兼ね備えています。しかも材料としてみると、高い安定性から取り扱い易く、製造の途中でも分解する危険性が極めて低い特徴があります。そのうえ、パラジウム(Pd)などの遷移金属を存在させると、強固なC-F結合が活性化を受けて、フッ化アシル部位が、様々な分子変換反応(*4)を起こします (図1)。

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図1: フッ化アシル化合物の様々な分子変換反応

 このようにフッ化アシル化合物は、高い安定性と反応性を兼ね備えるため、医農薬品製造には欠かせない分子構築法である芳香族カップリング反応をはじめ、幅広い有機合成反応の合成素子(*5)として大きなニーズがあります。そのため、これまでに数多くの研究者が、フッ化アシル化合物群の製造手法の開発に参入しています。これまでに様々な手法が報告されており、2通りの手法に分類することが出来ます。一つは、カルボン酸やそのハロゲン化物のフッ素化による製造法、もう一つは、鈴木宮浦カップリング反応(*6)で知られるような芳香族ハロゲン化物に、遷移金属触媒の存在下で一酸化炭素を封入し、フッ素化剤を用いて製造する手法です。ただし、前者は、原料となるカルボン酸誘導体をあらかじめ入手する必要があるばかりか、反応手法が塩基性や酸性条件である等など問題点があります。一方、後者のカップリング型反応は、変換収率も良く、原料に用いる芳香族ハロゲン化物の入手も容易なため、多様なフッ化アシル化合物群の合成に適した手法といえます(図2、左)。しかし、毒性の高い一酸化炭素を封入する必要から、工業現場で実施する鈴木宮浦カップリング型反応には不適です。また、小規模な研究探索現場ですら、頻繁に実施するには取り扱いが面倒であり、敬遠されてきました。

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図2: フッ化アシル化合物の従来の製造法と理想の製造法(本発明)

内容

 理想的な製造法としては、入手容易な芳香族ハロゲン化物に対して、毒性の高い一酸化炭素を使用し同時にフッ素化するのではなく、「フッ素部位と一酸化炭素部位」を兼ね備えた、フッ化アシル部位を直に導入することです(図2、右)。しかしながら、このような方法はこれまで全く知られていませんでした。そこで、柴田教授らは、文字通り、「フッ化アシル部位を直に導入する」ことが出来る、高い安定性で取り扱い容易なツール(試薬)を開発することに着手しました。梁研究員が中心となって、フッ化アシル導入化試薬、2-(ジフルオロメトキシ)-5-ニトロピリジンの開発に成功しました(図3)。本研究成果は、2020年5月11日(日本時間18時)にNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル「Communications Chemistry」(*7)のオンライン速報版で公開されました。

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図3: 新ツール フッ化アシル化試薬

社会的な意義

 本ツールを用いると、様々な芳香族ヨウ化物がPd触媒の存在下において、簡単に芳香族カップリング反応を起こし、直ちにフッ化アシルに分子変換することが出来ます。本ツールは、電子材料の部位に見られる三重結合を持つヨウ化物や医薬農薬に多く見られる複素環式ヨウ化物にも高い適応性を示し、広範囲の官能基が許容されることも明らかになりました。特筆すべきことに、メンソール(*8)やエストロン(*9)など複雑な三次元構造を有する天然物および生理活性分子誘導体も、全く同じ手法で、フッ化アシル化物に高収率で分子変換出来ることです。このことは、本方法が創薬プロセスにおいて新たなルートを提供することを示しています(図4)。これまでフッ化アシルの製造には、毒性の高い一酸化炭素の使用が不可欠であったため、フッ化アシルの利用の大きな足かせとなっていました。このツールの開発により、フッ化アシルの利用拡大が進むと期待されます。

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図4: フッ化アシル化合物の一段階製造法

今後の展開

 本ツールは、既に特許出願済みであり、広く一般に利用してもらえるよう大規模な供給方法を模索して行く予定です。とりわけ、医薬・農薬の研究に携わる研究者や企業との意見交換を行い、医農薬品の製造に使用されるよう展開していきます。

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究B「フッ素化学:未解決課題の顕在化と方略」(代表者:柴田哲男)、新学術領域研究 「トリフルオロメチル化の時空間的制御と含フッ素生理活性中分子の合成」(代表者:柴田哲男)、東ソー・ファインケム株式会社等の支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)フッ素:ハロゲン族(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I)の一つの元素。医薬品の製造に用いられる。歯磨き粉やテフロン性フライパンにも使用されている。

(*2)フッ化アシル化合物:カルボニル基(C=O)にフッ素(F)がついた化学式F-C=Oで表されるユニットを持つ物質。

(*3)ハロゲン化アシル:カルボニル基(C=O)にハロゲンX (X=F、 Cl、 Br. I)がついた化学式X-C=Oで表されるユニットを持つ物質。

(*4)分子変換反応:有機合成反応において、あるユニットを別のユニットに置き換える反応一般。

(*5)合成素子:有機合成反応に用いる材料や原料のこと。

(*6)鈴木宮浦カップリング反応:Pd触媒作用により、有機ホウ素化合物と芳香族ハロゲン化物とをカップリングさせてビアリール化合物を得る化学反応。

(*7)Communications Chemistry :Nature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル。化学の全分野における高品質な論文を出版。

(*8)メンソール:ハッカ臭を持つ天然物質。ガムや清涼飲料水、医薬品にも用いられる。

(*9)エストロン:エストロゲンなどと同じ、女性ホルモンの一種。

論文情報

論文名:Pd-catalyzed fluoro-carbonylation of aryl, vinyl, and heteroaryl iodides using 2-(difluoromethoxy)-5-nitropyridine
著者名:Yumeng Liang, Zhengyu Zhao and Norio Shibata *(*責任著者)
雑誌名:Communications Chemistry
doi: 10.1038/s42004-020-0304-3

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 柴田 哲男
Tel: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
Tel: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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