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化学的圧力で単結晶の欠陥を制御して最低熱伝導率を達成ー中性子ホログラフィーでマグネシウム錫化合物にドープしたホウ素の役割を解明ー

カテゴリ:プレスリリース|2021年05月11日掲載


東北大学大学院工学研究科
茨城大学
名古屋工業大学
広島市立大学
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター

発表のポイント

〇 マグネシウム錫化合物※1の単結晶をホウ素で部分的に置換することで化学的圧力※2が高くなり、マグネシウムの空孔欠陥※3の量が増加するとともに、転位※4の密度が増加することを明らかにした。
〇 中性子ホログラフィー※5によって、ホウ素周辺にマグネシウムの空孔欠陥が存在していることがわかった。
〇 空孔欠陥と転位により、マグネシウム錫化合物単結晶において、理論的に予想されている最低熱伝導率を達成し、高い熱電変換効率をもつ単結晶熱電変換材料の開発指針を確立した。

概要

 熱エネルギーから発電できる熱電変換材料として、安価で環境に優しいマグネシウム錫化合物が注目されています。これまでの研究で、マグネシウム錫化合物の単結晶に、マグネシウムの空孔欠陥を導入して多結晶より熱伝導率を低くし[1]、電気伝導キャリアを導入して熱電変換性能を向上させましたが[2]、電気伝導キャリアを導入すると、空孔欠陥量が減少することが課題として残っていました。この課題を解決するために、マグネシウム錫化合物単結晶をホウ素で部分置換したところ、空孔欠陥量を増加することに成功しました。これはホウ素部分置換によって化学的圧力が高くなったためです。空孔欠陥に加えて、転位密度も増加したため、理論的に予想されている最低熱伝導率を達成することができました。本研究により、化学的圧力を制御することで、さらにマグネシウム錫化合物単結晶の熱電変換性能を向上させることができる可能性が示されました。マグネシウム錫化合物単結晶を用いた熱電変換デバイスを実用化できれば、省エネルギー社会と低炭素社会を実現できると期待されます。
 本研究は、東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の齋藤 亘氏(博士後期課程学生)、黄 志成氏(博士後期課程学生)、林 慶准教授、宮﨑 讓教授、茨城大学大学院理工学研究科 量子線科学専攻の杉本和哉氏(博士前期課程学生)、大山研司教授、名古屋工業大学大学院工学研究科 物理工学専攻 林 好一教授、広島市立大学大学院情報科学研究科 情報工学専攻 八方直久准教授、東北大学大学院工学研究科 合同計測分析班 宮崎孝道氏、およびJ-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョンの原田正英研究主幹、及川健一研究主幹、稲村泰弘研究副主幹との共同研究であり、米国化学会発行の科学誌 ACS Applied Energy Materialsに2021年4月22日に掲載されました。

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マグネシウム錫化合物のマグネシウムをホウ素で部分置換することで、ホウ素周辺のマグネシウムが欠損して結晶の周期性が乱れるとともに転位が生じ、熱伝導率を低減することに成功した。左、中央、右の画像は、それぞれマグネシウム錫化合物の結晶構造、中性子ホログラフィーで明らかになったホウ素周辺の原子像、および透過型電子顕微鏡像を示している。

役割分担

・単結晶X線回折、熱伝導率測定: 齋藤 亘氏、黄 志成氏、林 慶准教授、宮﨑 讓教授

・中性子ホログラフィー: 杉本和哉氏、大山研司教授、林 好一教授、八方直久准教授、原田正英研究主幹、及川健一研究主幹、稲村泰弘研究副主幹

・透過型電子顕微鏡観察: 齋藤 亘氏、林 慶准教授、宮崎孝道氏

背景

 熱エネルギーを利用して発電できる熱電変換材料は、省エネルギー社会と低炭素社会を実現する鍵となる材料として期待されています。中でも、マグネシウム錫化合物は中高温(400 K~800 K)の熱エネルギーを利用できる有望な熱電変換材料です。マグネシウム錫化合物の実用化に向けて、ゼーベック係数※6と電気伝導率を高く、熱伝導率を低くして、熱電変換性能を向上する研究が進められています。
 東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の齋藤 亘氏(博士後期課程学生)、林 慶准教授、および宮﨑 讓教授は、これまでの研究で、アルゴン圧力下でマグネシウム錫化合物の単結晶を作製すると、マグネシウム空孔欠陥を導入することができ、多結晶よりも熱伝導率が低くなることを明らかにしました。さらに、空孔欠陥が存在するマグネシウム錫化合物単結晶にアンチモン部分置換を施して、電子を導入することで高い熱電変換性能を得ることに成功しました。ただし、アンチモン置換量を増やすと空孔欠陥量は減っていきます(図1)。これは、アンチモンで部分置換すると、空孔欠陥による熱伝導率低減効果が弱まっていることを意味します。空孔欠陥量を増加する方法を確立できれば、さらに熱電性能を向上させることができるはずです。

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図1 アンチモン置換量と空孔欠陥量の関係

 参考にしたのは、茨城大学大学院理工学研究科 量子線科学専攻の杉本和哉氏(博士前期課程学生)、大山研司教授、名古屋工業大学大学院工学研究科 物理工学専攻の林 好一教授、広島市立大学大学院情報科学研究科 情報工学専攻の八方直久准教授、東北大学大学院工学研究科 合同計測分析班の宮崎孝道氏、およびJ-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョンの原田正英研究主幹、及川健一研究主幹、稲村泰弘研究副主幹と共同で行った、ホウ素で部分置換したマグネシウムケイ化物※1の研究です。その研究では、中性子ホログラフィーを用いてホウ素の置換サイトを決定し、単結晶X線回折を用いて結晶構造を調査しました。その結果、ホウ素部分置換によってシリコンの空孔欠陥が形成されることがわかりました。同様に、マグネシウム錫化合物単結晶でも、ホウ素部分置換でマグネシウム空孔欠陥の量が増加するのではないかと考え、共同研究を行ってきました。

研究内容

 中性子ホログラフィーは、ホウ素・水素・酸素といった軽元素の周辺の原子像を高い感度で解析できる実験方法です。中性子ホログラフィーは、J-PARC物質・生命科学実験施設の中性子実験装置BL10を用いて行いました。図2(左)に、ホウ素で部分置換したマグネシウム錫化合物単結晶のホログラムから得られた、ホウ素周辺の原子像を示します。ホウ素は中央に位置しており、結晶構造から予想されるマグネシウムの原子位置(緑丸)に、原子が存在することを示す白いスポットが見られました。この結果は、ホウ素がマグネシウムを部分置換していることを表しています(図2(右))。注目すべき点は、ホウ素の第1隣接と第2隣接のマグネシウムよりも、第3隣接のマグネシウムの方が明瞭に観測されていることです。つまり、ホウ素周辺にマグネシウム空孔欠陥が存在していることが明らかになりました。

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図2 ホウ素部分置換したマグネシウム錫化合物単結晶の
(左)ホウ素周辺の原子像と(右)結晶構造

 次に、ホウ素の置換サイトの情報をもとにして単結晶X線回折を用いた結晶構造解析を行い、ホウ素部分置換でマグネシウム錫化合物単結晶に含まれる空孔欠陥量が変化するか調べました。空孔欠陥量は、ホウ素部分置換試料で13.4(4.7)%となり、無置換試料の12(3)%より多くなることがわかりました。これは、アンチモン部分置換とは逆の傾向です。部分置換による空孔欠陥量の変化は、化学的圧力の変化で説明できます。格子定数と空孔欠陥量の関係を図3に示します。格子定数が小さいほど空孔欠陥量が増加する傾向が見てとれます。つまり、部分置換によってマグネシウム錫化合物にかかる化学的圧力が高くなるほど、空孔欠陥量が増加すると結論できます。

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図3 格子定数と空孔欠陥量の関係

 ホウ素部分置換によって空孔欠陥量が増加したと述べましたが、図3に示したホウ素部分置換試料のデータはエラーバーが大きく、無置換試料のものと有意な差があると判断するのは難しいことから、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて微細組織観察を行いました。図4(a)と4(b)に、無置換試料とホウ素部分置換試料のTEM像を示します。無置換試料に見られる縞状の模様が、ホウ素部分置換試料ではいたるところに観察されました。この縞状の模様は空孔欠陥が凝集した空孔欠陥領域であり、ホウ素部分置換試料の方が無置換試料より空孔欠陥量が多いことを示しています。さらに、図4(b)の青点線枠で囲まれた領域を高速フーリエ変換し、得られたスポットの一部を逆高速フーリエ変換したところ、転位の一種である刃状転位※4が観察されました。ホウ素部分置換試料の転位の密度は7.9×1016 m-2であり、無置換試料やアンチモン部分置換試料のそれら(それぞれ3.5×1016 m-2と1.0×1016 m-2)より多いことがわかりました。

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図4 (a)無置換試料と(b)ホウ素部分置換試料のTEM像

 図5(a)に無置換試料とホウ素部分置換試料の熱伝導率の温度依存性を示します。すべての温度範囲で、ホウ素部分置換試料の方が低い熱伝導率を示すことがわかりました。これは、空孔欠陥と転位によって格子熱伝導率7が低くなったことによります(図5(b))。最も低い格子熱伝導率はホウ素部分置換試料で得られ、0.65 W/Km (650 K)となりました。これは、理論的に予測されている最低熱伝導率(紫の点線)と同等の値です。以上により、マグネシウム錫化合物単結晶に化学的圧力を加えると空孔欠陥量と転位密度が増加し、低い熱伝導率を得られることが示されました。

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図5 無置換試料とホウ素部分置換試料の(a)熱伝導率と(b)格子熱伝導率

今後の展開

 マグネシウム錫化合物単結晶の空孔欠陥量は、部分置換による化学的圧力で制御できることが明らかになりました。ホウ素で部分置換すると化学的圧力が増加して、空孔欠陥量と転位密度が増加します。その結果、低い熱伝導率が得られました。一方、アンチモンで部分置換すると空孔欠陥量は減少しますが、電気伝導キャリアが大幅に増加して、電気伝導率が飛躍的に向上します。部分置換元素として、熱伝導率を減少するホウ素と、電気伝導率を増加するアンチモンを同時に使用することで、マグネシウム錫化合物単結晶の熱電変換性能をさらに向上させることができると期待されます。

謝辞

 本研究の一部は、科学研究費補助金の特別研究員奨励費(課題番号: 20J10512)、基盤研究(B)(課題番号: 17H03398)、新学術領域研究(課題番号: 17H05207)、学術変革領域研究(課題番号: 20H05878、20H05881)と、東北大学-住友金属鉱山株式会社ビジョン共創型パートナーシップ(配分機関:住友金属鉱山株式会社)の支援のもとで行われました。また、中性子ホログラフィーは、J-PARC一般利用課題(課題番号: 2018I0010、2018B0049、2019A0082)に基づき、科学研究費補助金の基盤研究(A)(課題番号: 19H00655)と新学術領域研究(課題番号: 26105001、26105006、19H05045)の支援のもとで行われました。

用語解説

※1 マグネシウム錫化合物とマグネシウムケイ化物
MgとSn(錫)あるいはSi(ケイ素)がモル比2:1で化合した物質を指す。

※2 化学的圧力
物質を構成する原子の一部を大きさの異なる原子で部分置換すると、物質の格子定数が変化する。格子定数の変化は、物質に加わる圧力が増減したと見なせることから、部分置換によって物質に加わる圧力のことを化学的圧力と呼ぶ。

※3 空孔欠陥
物質固有の点欠陥の一種。原子の周期的な配列の隙間に原子が侵入することを格子間欠陥、原子が欠損することを空孔欠陥と呼ぶ。

※4 転位と刃状転位
転位とは物質固有の線欠陥であり、特定の原子面の上方と下方で原子面の数が異なり、余剰原子面が存在することで生じる転位を刃状転位と呼ぶ。

※5 中性子ホログラフィー
物質に中性子を当てて、原子によって散乱された中性子の波と、原子に当たっていない中性子の波の干渉波(ホログラム)を観測する実験方法。ホログラムを使って、原子像を再生することができる。

※6 ゼーベック係数
温度差1˚Cあたりの起電力を指す。

※7 格子熱伝導率
熱伝導率の内、物質の結晶格子の振動(フォノン)による寄与を格子熱伝導率と呼ぶ。

[1] 東北大学プレスリリース,2020年2月25日
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/02/press20200225-02-ene.html

[2] 東北大学プレスリリース,2020年12月24日
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/12/press20201224-03-mg2sn.html

論文情報

タイトル: Chemical-Pressure-Induced Point Defects Enable Low Thermal Conductivity for Mg2Sn and Mg2Si Single Crystals
(和訳: 化学的圧力で誘起された点欠陥がMg2SnとMg2Si単結晶の低い熱伝導率を実現)

著者: Wataru Saito, Kei Hayashi, Zhicheng Huang, Kazuya Sugimoto, Kenji Ohoyama, Naohisa Happo, Masahide Harada, Kenichi Oikawa, Yasuhiro Inamura, Kouichi Hayashi, Takamichi Miyazaki, Yuzuru Miyazaki

掲載誌: ACS Applied Energy Materials, (first online).

DOI: 10.1021/acsaem.1c00670

URL: https://doi.org/10.1021/acsaem.1c00670

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