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ペルフルオロアルキルエーテルの簡便合成に成功 ―環境に優しい材料開発に期待―

カテゴリ:プレスリリース|2024年05月22日掲載


発表のポイント

〇 ペルフルオロアルキルエーテルの合成に成功
〇 炭素鎖C3からC6のペルフルオロアルキルエーテル合成を実証
〇 環境に配慮した試薬、反応条件、溶媒を使用
〇 材料適合性と熱安定性に優れ、環境にも優しい材料開発に期待

概要

 名古屋工業大学大学院工学研究科の川井孔貴氏(共同ナノメディシン科学専攻3年)、柴田哲男教授(工学専攻(生命・応用化学領域)及び共同ナノメディシン科学専攻)らの研究グループは、機能性物質の開発素子として重要なペルフルオロアルキルエーテルを、選択的ハロ・ペルフルオロアルコキシ化反応を見出すことにより、簡便に合成することに成功しました。
 ペルフルオロアルキルエーテルは、熱性、耐候性、耐薬品性、撥水・撥油性、潤滑性、電気絶縁性といった貴重な特性を付与することができる重要骨格であり、半導体、自動車、バッテリーなど、多くの製品で利用されています。そのうえ、分解性も持つことから、環境に適した材料としても期待されます。
 しかし、ペルフルオロアルキルエーテルの合成は、その合成原料であるペルフルオロアルコキシドが不安定で分解しやすいことから簡単ではありませんでした。本研究グループはまず、計算化学からペルフルオロアルコキシドを分解させず、安定化させるための仮説を考察しました。次にその仮説に基づき、ペルフルオロアルキル酸フロリドにフッ化カリウムを処理して反応系内でペルフルオロアルコキシドを安定に生成させ、ハロゲン化剤の存在下でジフルオロアルケン類と反応させると、目的のペルフルオロアルキルエーテルが選択的に得ることができる新規ハロ・ペルフルオロアルコキシ化反応の開発に成功しました。
 この反応は環境に優しいトリグリム(*1)溶媒を用いて室温で進行する実用性に優れたものです。
 この研究成果は、2024年5月22日に国際学術誌「Chemical Science」のオンライン速報版で公開されました。

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ペルフルオロアルキルエーテルの新しい合成法

研究の背景 

 フッ素材料は、耐熱性、耐候性、耐薬品性、撥水・撥油性、潤滑性、電気絶縁性といった特性を持つため、半導体、自動車、バッテリーなど、多くの製品に利用されています。とりわけ、フッ素材料の中でも、ネフロンPFA APシリーズ(ダイキン)、フォンブリン® PFPE 潤滑剤(SOLVAY)、Fluon® PFA(AGC)やNOVECTM(3M)などの製品に代表されるエーテル結合を持つペルフルオロアルキルエーテル化合物は、私たちの日常生活の製品に広く使われています。ペルフルオロアルキルエーテルは、フッ素材料の持つ重要な性質を付与するために重要な役割を果たしています。
 また、炭素鎖のみからなるペルフルオロアルキル化合物は、炭素鎖が10個以上になると結晶性を示す傾向にあるため潤滑剤や絶縁性液体、洗浄剤、冷却剤としては適していませんが、構造中にエーテル部を挿入することにより、その問題を回避することができます。
 一方、ペルフルオロアルキルエーテルスルホン酸塩は、酸素存在下の亜臨界水中では、エーテル結合を持たないペルフルオロアルキルスルホン酸塩よりも分解・無機化しやすいことが報告されています。
 このような物理化学的特性から、ペルフルオロアルキルエーテルは、環境に配慮した機能性材料としての役割を担うことが今後も期待されます (図1)。

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図1 ペルフルオロアルキルエーテルとペルフルオロアルキル化合物との構造比較と特徴

 

 ペルフルオロアルキルエーテルの中でも、炭素鎖がC1と最短であるトリフルオロメチルエーテルの合成手法は、直近の10年間に急速に発展しています。特に、求核的トリフルオロメトキシ化反応によるトリフルオロメチルエーテル類の合成研究は盛んで、取り扱いやすいトリフルオロメトキシ化試薬が数多く開発されています。一方、長い炭素鎖(C3以上)を持つ求核的ペルフルオロアルコキシ化反応の報告例は限られています。これは炭素鎖が長くなるほど、ペルフルオロアルコキシドの安定性が下がるためです。例えば、密度汎関数理論(DFT)(*2)による量子化学計算を用いて、C1のカリウムトリフルオロメトキシドとC6のカリウムペルフルオロアルコキシドの安定性を比較したところ、C1の場合、-10.8 kcal/mol であるのに対し、C6では-1.8 kcal/molと6倍ほど不安定であることが分かります。本研究グループは、カリウムイオンK+をトリグリム溶媒中で包摂すると、計算上はペルフルオロアルコキシドが-30.8 kcal/molと17倍以上安定化し得ることを見出しました(図2)。

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図 2 炭素鎖長(C1、 C6)の違いによるペルフルオロアルコキシドの安定性の差(DFT計算)

研究の内容

 本研究グループは、DFT計算でのトリグリムによるペルフルオロアルコキシド安定化の仮説を足がかりに、ペルフルオロアルキル酸フロリドとフッ化カリウムとをトリグリム溶媒を用いて室温で反応させ、期待通りペルフルオロアルコキシドが安定に調整されることを確認し、その反応溶液中にジフルオロアルケンとヨウ素を加えることで、ヨードペルフルオロアルコキシ化反応が首尾良く進行することを見出しました(図3)。

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図 3 開発したジフルオロアルケンのヨードペルフルオロアルコキシ化反応

 この手法は炭素鎖がC3からC6のペルフルオロアルキルエーテルの合成に有効であり、官能基耐性も高いことが分かりました。さらに、本手法はフッ素化アルケンに選択的で、フッ素を含有しないアルケンでは反応しないことも分かりました。また、ヨウ素体が得られるヨードペルフルオロアルコキシ化反応だけではなく、臭素体や塩素体もハロゲン化剤を変更することにより、合成可能であることが分かりました。すなわち、臭素を用いることにより臭化ペルフルオロアルコキシ化反応、トリクロロイソシアヌル酸を塩素化剤として用いることにより塩化ペルフルオロアルコキシ化反応が起こることを実証しました(図4)。 

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図 4 本手法によって合成されたハロ・ペルフルオロアルキルエーテル化合物

 

 得られたヨウ化ペルフルオロアルキルエーテル化合物のヨウ素部分は、水酸基や水素、アリル基などへ様々な化学変換が可能であり、ペルフルオロアルキルエーテルを広範囲な原材料として利用することもできます(図5)。

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図 5 ヨウ素部位の化学変換反応

社会的な意義

 有機フッ素化合物は、フッ素の特異的な性質から様々な特徴的な機能を持つことから、現代社会において欠かすことのできない物質です。特に、ここで紹介したペルフルオロアルキルエーテルは、医薬、農薬、機能性材料の合成原料や製造過程で使用する添加剤や試薬として幅広く利用できる重要なフッ素化合物です。今回、新しい合成手法が開発されたことから、ペルフルオロアルキルエーテルを用いた材料開発に一層拍車がかかると予測されます。

今後の展望

 ペルフルオロアルキルエーテルはエーテル部位を起点とした分解反応の可能性を秘めていることが既に報告されており、ペルフルオロアルキルエーテルを用いた環境性に優れた新しいフッ素材料の開発研究が期待できます。また、本手法は加熱や冷却、高価な遷移金属試薬などを必要としない条件で実施することができ、その上、基質適用範囲も広いことから、工業的に有用な合成手法であり、様々な分野での展開が期待されます。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授)における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者: 柴田 哲男)(課題番号JPMJCR21L1)、およびダイキン工業株式会社の支援を受けて実施しました。

論文情報

論文名: Halo‐perfluoroalkoxylation of gem‐difluoroalkenes with short‐ lived alkali metal perfluoroalkoxides in triglyme
著者名: Koki Kawai, Yoshimitsu Kato, Taichi Araki, Sota Ikawa, Mai Usui, Naoyuki Hoshiya, Yosuke Kishikawa, Jorge Escorihuela, Norio Shibata*  *責任著者
掲載誌: Chemical Science
公表日: 2024年5月22日
DOI: 10.1039/D4SC02084G
Journal link:https://doi.org/10.1039/D4SC02084G

用語解説

(*1)トリグリム(G3)
トリエチレングリコールジメチルエーテル。環境に優しい高沸点の溶媒として有機化合物の製造やリチウムイオン電池に用いられます。

(*2)密度汎関数理論(DFT)
原子や分子内の電子密度の分布から、化学反応や物性を予測する理論のこと。

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お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科
工学専攻(生命・応用化学領域)及び共同ナノメディシン科学専攻
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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