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全固体電池の材料開発を加速 ~粒子の変形能に関する有用な設計パラメータの提案~

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カテゴリ:プレスリリース|2024年7月 3日掲載


発表のポイント

〇 全固体電池に用いられる材料において重要となる粒子の変形能が、化合物によって大きく異なることを示した。
〇 化合物の剛性率が、変形能の有用な設計パラメータおよび材料スクリーニング指標となることを示した。
〇 全固体電池などの圧粉体に用いられる材料の開発が大幅に加速することが期待される。

概要

 名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(生命・応用化学領域)の谷端 直人助教、中山 将伸教授らの研究グループは、全固体電池材料で重要な変形能に有用な設計パラメータを解明しました。
 次世代電池として期待されている全固体電池の材料には、キャリアイオン(Li⁺Na⁺など)の拡散性が高いことに加えて、固体材料間の密な接触を実現するために高い変形能を有することが望まれます。硫化物や塩化物は、高いキャリアイオン拡散性と変形能を示す傾向を有するため、広く研究されていますが、すべての硫化物や塩化物が全固体電池に求められる性能を兼ね備えているわけではありません。高キャリアイオン拡散性に関してはこれまで計算化学を用いた材料スクリーニングの成功例が報告されていますが、本研究では、変形能に関する材料スクリーニング指標の提案を試みました。その結果、材料のせん断歪みに対する抗力の指標である剛性率(*1)が、材料の変形能を示す設計パラメータおよび材料スクリーニング指標として有用であることを示すことができました。
 本成果により、全固体電池などの圧粉体に用いられる材料開発が飛躍的に加速することが期待されます。
 本研究成果は2024611日に「Journal of Materials Chemistry A」誌に掲載されました。

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研究の背景

 全固体リチウムイオン電池は、安全性、高エネルギー密度、急速充放電性能を兼ね備える可能性を有することから次世代電池として期待されています。しかし、粒子間の接触性が低く、粒子間抵抗が大きいことが、固体の電解質を適用する上で大きな問題となっています。電子雲が分極しやすいアニオンを含む硫化物および塩化物材料は、粉末を圧縮するだけで高密度化できるものもあるため、広く研究されてきました。しかし、すべての硫化物および塩化物材料が、全固体電池材料に求められる高い変形能を示すわけではありません。ハイスループット計算による材料スクリーニングは、高Li拡散性を持つ新しいLi+イオン伝導体を明らかにするために広く利用されてきました。しかし、変形能に明確な相関を示す設計パラメータを用いた材料スクリーニング例は報告されていません。このスクリーニング指標が明らかになれば、高い変形能を持つ材料の発見を容易にすると期待されます。
 全固体電池製造時の密な粒子間接触は塑性変形(*2)により達成されます。このタイプの変形は主に転位(*3)の移動により起こり、その際に必要な応力はテイラーモデルから剛性率Gに比例することが知られています。粉末サンプルの圧縮を考慮すると、剛性率の平均値が変形に必要な応力に関係していると考えられるため、本研究では、その剛性率の逆数を変形能の指標として使用しました。図1では、結晶構造データベースにあるLi-Cl化合物について包括的に計算した平均剛性率を示しています。この図の中のLi拡散係数は、力場を使用した分子動力学シミュレーション(*4)を使用して計算し、 熱力学的安定性(Energy above hull)(*5)もデータベースから抽出しました(図1)。この結果から本研究では、剛性率が異なる6つの塩化物化合物(Li2CoCl4Li2CrCl4Li10Mg7Cl24Li4Mn3Cl10Li2FeCl4 および LiAlCl4)を検討材料として選択しました。本研究では、これらの材料の変形能(相対密度および粒界抵抗)を実験的に評価し、剛性率と変形能の相関を調べました。

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1. 全固体電池材料として有望な化合物に対するハイスループットスクリーニング結果。結晶構造データベース(Materials Project​)に記載されているLi-Cl含有化合物に対する、Li 拡散係数DLi+,RT、剛性率G、および熱力学安定性Eabove hullの計算値を示す。

研究の内容・成果

 合成した塩化物の圧粉体に対して、Li拡散性を評価するためにインピーダンス測定を実行しました。ナイキスト線図(図2a; 代表的な3つを表示)から得られた全抵抗Rtotal値とネルンスト-アインシュタインの式(*6)を使用して伝導度拡散係数を計算しました。上記の伝導度拡散係数は、電極材料で評価される化学拡散係数の熱力学因子(*7)が1であると仮定して計算されており、化学拡散係数に比べて過小評価されることがよくあります。それにも関わらず、塩化物材料の伝導度拡散係数は、一般的な酸化物および硫化物正極材料の化学拡散係数よりも高いものが多く(図3)、本計算による高Li拡散材料のスクリーニング手法の有用性を示しています。
 次に圧粉体のペレット断面をSEMで観察し(図2c))、ペレットの形状から相対密度を計算して変形能について評価しました。ここで、圧粉体の相対密度は、塩化物間でも大幅に異なることが確認されました。例えば、Li2CoCl4の相対密度(78%)は、酸化物(例えばLi0.33La0.55TiO3)の圧粉体と同じくらい低いです。また、DRT分析(*8)により、ACインピーダンス測定で得られた抵抗の異なる成分を区別しました(図2b))。 DRT分析の結果は、2つの抵抗成分の存在を示唆しています。各抵抗成分の起源を決定するために、各成分の緩和時間と抵抗のフィッティング値から静電容量を計算しました。ここで、XRDパターンから算出される結晶子サイズとSEM観察から得られる粒子サイズに対しBrickworkモデル(*9)を用いることにより、第1抵抗成分と第2抵抗成分の起源はそれぞれ主に結晶子粒界と粒子粒界であることが分かりました。そこで変形能の指標として、粒界抵抗(結晶粒界抵抗と粒子粒界抵抗の合計)に対する粒子粒界抵抗の割合を各化合物について比較しました。

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2. 検討を行った中で代表的な塩化物の圧粉体の特性。(a)ナイキストプロット。(b)抵抗解析結果。円グラフは、DRT分析を用いて計算された結晶粒界抵抗成分(Rcgb)と粒子粒界抵抗成分(Rpgb)の相対的な大きさを示す。(c)ペレットの断面SEM像;図中にペレットの大きさから計算した相対密度も示している。

 

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3.本研究で計算的に選別された塩化物材料と、代表的な酸化物(LiCoO2LiFePO4、および LiMn2O4)および硫化物(TiS2および MoS2)正極材料の拡散係数の比較図。

 

 図4に剛性率と変形能(圧粉体の相対密度と粒子粒界抵抗割合)の関係をまとめています。本研究ではこの相関関係について、全固体電池の代表的な材料である酸化物材料や硫化物材料にも適用できると期待し、代表的な酸化物(Li3BO3Li2CO3Li2SO4)および硫化物(Li3PS4)材料に対して同様の解析を行いました。これらの結果に基づいて、全固体リチウムイオン電池材料の変形能に関して、以下の設計ガイドラインを提案することができます。

(i) 圧粉により相対密度 ~100%の緻密体を得たい場合、剛性率が12GPa以下の材料が望ましい。
(ii)圧粉体における粒子粒界抵抗の相対的な大きさを最小限(約10%)に抑えるには、剛性率が
  18GPa以下の材料が望ましい。
(上記の剛性率は、本研究における382MPaの一軸プレスの圧粉条件における値)

 対照的に、図5に示すように、従来指標とされていた体積弾性率 Bは変形能との相関性が低いことが分かります。この結果は、転位の移動に関連する剛性率が変形能の適切な指標であることを示しています。

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図4. 10種類の全固体リチウムイオン電池材料における剛性率Gと変形能(実験から得られた相対密度および粒子の粒界抵抗と全粒界抵抗Qの比で示される)の関係。

 

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510種類の全固体リチウムイオン電池材料における体積弾性率Bと変形能(実験から得られた相対密度および粒子の粒界抵抗と全粒界抵抗Qの比で示される)の関係。

社会的な意義

 本研究成果により得られた設計ガイドラインを順守することで、剛性率G値に基づき全固体電池等の圧粉体に必要な変形能を示す材料の開発効率を飛躍的に高めることができます。

今後の展望

 本研究成果の変形能に関する相関関係は、比較的Li拡散率が低い酸化物や塩化物Li2CrCl4でも見られることからも、剛性率という変形能指標は電池材料だけでなく、圧粉体が使用される工業や医療の分野にも適用されることが期待されます。

用語解説

(*1)剛性率
せん断応力に対するせん断方向への歪みにくさを表す弾性特性値の一つ。

(*2)塑性変形
弾性変形とは異なり、除荷時に歪みが戻らない変形。

(*3)転位
線状の結晶欠陥

(*4)分子動力学シミュレーション
粒子に働く力をニュートン方程式に基づいて時間経過を調べるシミュレーション。名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(物理工学領域)(小林亮准教授)が開発したソフトウェア(NAP)により粒子に働く力を計算し、シミュレートしている。

(*5)Energy above hull
生成エネルギープロットの組成空間における凸包線からのエネルギー差であり、熱力学的安定性の1つの指標。

(*6)ネルンスト-アインシュタインの式
イオンの拡散係数と易動度を結びつける式。

(*7)熱力学因子
濃度と化学ポテンシャルを結びつけるパラメータ。

(*8)DRT解析
緩和時間分布解析。インピーダンスデータを緩和時間分布に変換し、異なる時間スケールで発生する現象を高い分解能で解析できる手法。

(*9)Brickworkモデル
粒界の静電容量の大きさは粒径に比例するとするモデル。

論文情報

論文名:Guidelines for designing high-deformability materials for all-solid-state lithium-ion batteries
著者名: Naoto Tanibata*, Shin Aizu, Misato Koga, Hayami Takeda, Ryo Kobayashi, Masanobu Nakayama(*責任著者)
掲載雑誌名:Journal of Materials Chemistry A
公表日:2024年6月11日
DOI:10.1039/D4TA02328E
URL:https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2024/TA/D4TA02328E

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(生命・応用化学領域)
助教 谷端 直人
電話:052-735-7273
E-mail:tanibata.naoto[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*[at]を@に置換してください。


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