実用的な高エネルギー密度のコバルト・ニッケルフリー電池材料を開発―ナノ構造を高度に制御したリチウムマンガン酸化物材料の合成に成功―
カテゴリ:プレスリリース|2024年08月27日掲載
横浜国立大学
名古屋工業大学
島根大学
科学技術振興機構(JST)
本研究のポイント
〇 高エネルギー密度で長寿命のコバルト・ニッケルフリーの電池材料を発見
〇 ナノ構造を高度に制御したリチウムマンガン酸化物の直接合成技術を確立
〇 急速充電も可能であり電気自動車の高性能化・低価格化の両立実現へ
研究概要
横浜国立大学 藪内直明教授、名古屋工業大学 中山将伸教授、島根大学 尾原幸治教授らの研究グループは、ナノ構造を高度に制御したリチウムマンガン酸化物材料を開発し、本材料がコバルト・ニッケルフリーでありながら、高エネルギー密度・長寿命の電池正極材料となることを発見しました。商用的規模で大量生産が可能な技術を利用し、材料の比表面積とナノ構造を高度に制御する方法論を確立し、既存のニッケル系層状材料に匹敵するエネルギー密度をマンガン系材料で達成可能であることを立証しました。また、急速充電も可能な材料であり、リチウムイオン蓄電池と電気自動車の高性能化・低コスト化の両立実現に繋がる研究成果です。
本研究成果は、米国化学会のフラッグシップ科学雑誌 「ACS Central Science」誌に2024年8月26日(米国東部時間)にオンラインで掲載されました。論文DOI: 10.1021/acscentsci.4c00578
社会的な背景と研究成果
世界的に脱炭素社会実現への動きが加速しており、電気自動車などに用いられているリチウムイオン蓄電池の市場が急拡大している。同電池のさらなる高エネルギー密度化と低コスト化を目指して、世界中で活発な研究開発が行われている。近年、電気自動車の販売台数が世界中で増えているが、電気自動車の価格低下を実現するためにはリチウムイオン電池のさらなる高性能化・低コスト化の両立が求められている。現状、欧米や日本で販売されている電気自動車では少量のコバルトを含むニッケル系層状酸化物が正極材料として広く用いられている。電気自動車の走行距離はすでに内燃機関自動車と同様となっているが、これらニッケル系材料を使ったリチウムイオン電池の価格をさらに下げることは、ニッケルの資源価格を考慮すると困難である。一方、電気自動車の販売台数が急増している中国ではエネルギー密度がニッケル系層状酸化物と比較して低いものの、低価格な鉄系材料が電池正極材料として広く採用されており、欧州でも市場拡大が進んでいる。高エネルギー密度と低価格を両立する電池材料が電気自動車の低価格化と、さらなる電気自動車市場拡大に必要とされている。
本研究成果は横浜国立大学のグループが独自に開発したナノ構造を高度に制御したリチウムマンガン酸化物正極材料 (LiMnO2) に関するものであり、鉄と同様に資源埋蔵量が豊富で安価なマンガンを利用することで、コバルト・ニッケルフリーの構成でありながら、従来のニッケル系層状材料と同程度の800 W h kg-1 程度のエネルギー密度を実現することに成功している(図右上)。また、材料の合成手法も商用的な規模での大量生産が可能で一般的な固相焼成法(注1)を用いており、材料を低コストで大量合成することも可能である。さらに、電気自動車用途では急速充電特性も求められるが、ニッケル系材料と比較しても遜色無い急速充電特性 (約10分で8割程度再充電可能) が得られており(図右下)、電池材料としての実用性は非常に高いといえる。横浜国立大学は種々のLiMnO2の結晶多形(注2)を合成し、結晶構造と充放電時の相変化挙動、及び、材料の比表面積とエネルギー密度の相関関係を詳細に解析した結果、複合的ドメイン構造を有し、さらに、比表面積の大きな試料を合成することで優れた電極特性を持った材料となることを明らかにした。名古屋工業大学はこれら材料の相変化挙動に影響する因子を理論的に解析し、島根大学は直方晶(注3)と単斜晶(注4)の複合的ドメインを有する材料の特徴的なナノ構造を解析した(図左上)。
今後の展開
これまでの研究で、高濃度のフッ素を含有させたリチウム過剰型マンガン系酸フッ化物 (Li2MnO1.5F1.5) によりコバルト・ニッケルフリーの構成でニッケル系材料と同様の高エネルギー密度化が可能であることを報告してきたが、材料の合成手法が複雑であり、大量生産の実現が課題であった。本成果は材料の合成手法も簡便であり、低コストで大量生産も可能である。また、鉄系材料は炭素被覆を必要とすることが、材料合成コストの上昇と低い体積充填率に繋がっているが、マンガン系材料では炭素被覆も必要ないため、今後の研究の進展により、鉄系材料以下のコストで、高エネルギー密度を有するリチウムイオン蓄電池の実用化が期待できる。このような低コスト・高エネルギー密度のリチウムイオン電池は電気自動車の低価格化の実現と、普及価格帯の高性能電気自動車の誕生に繋がると期待できる。
横浜国立大学・名古屋工業大学・島根大学の研究グループにおけるナノ構造を高度に制御したリチウムマンガン酸化物 (LiMnO2) に関する研究成果の概要図
左上: 複雑なナノ構造を有する LiMnO2 の原子分解能STEM像、左下: 同試料のSEM像右上:同試料の放電容量プロット、右下:同試料の急速充電特性
本研究は横浜国立大学、名古屋工業大学、島根大学、豪州ニューサウスウェールズ大学、豪州オーストラリア国立大学の共同研究成果であり、科学技術振興機構(JST)「革新的GX技術創出事業(GteX)」(課題番号:JPMJGX23S3)、及び文部科学省「再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM)」(課題番号:JPMXP1122712807)による支援を受けて行われた。
用語解説
(注1)固相焼成法
材料合成の前駆体に固体粉末を用い、電気炉などで高温で焼成することで材料を合成する手法。一般的な無機材料の合成として広く工業的に利用されている。
(注2)結晶多形
化学組成は同一であるが、結晶構造が異なる物質。
(注3)直方晶LiMnO2
熱力学的に最も安定なLiMnO2であり、結晶系としては直方晶 (格子定数 a, b, cの値は全て異なるが、格子ベクトル a, b, cは全て垂直に交わる) に分類される。LiとMnがジグザグ層状配列を有した構造となっている。
(注4)単斜晶LiMnO2
熱力学的に準安定なLiMnO2であり、結晶系としては単斜晶 (格子定数 a, b, cの値が全て異なり、格子ベクトル a, bとb, cは垂直に交わるが、格子ベクトル a, c は垂直に交わらない) に分類される。LiとMnは二次元層状構造を構成しており、LiCoO2やLiNiO2と類似の構造であり、NaMnO2を前駆体として用いイオン交換法により合成可能。
お問い合わせ先
研究に関すること
横浜国立大学 大学院工学研究院 教授
藪内 直明(ヤブウチ ナオアキ)
TEL: 045-339-4198
E-mail: yabuuchi-naoaki-pw[at]ynu.ac.jp
名古屋工業大学 生命・応用化学類 教授
中山 将伸(ナカヤマ マサノブ)
TEL: 052-735-5189
E-mail: nakayama.masanobu[at]nitech.ac.jp
島根大学 材料エネルギー学部 材料エネルギー学科 教授
尾原 幸治(オハラ コウジ)
TEL: 0852-32-6655
E-mail: ohara[at]mat.shimane-u.ac.jp
広報に関すること
横浜国立大学 総務企画部 リレーション推進課
TEL: 045-339-3027
E-mail: press[at]ynu.ac.jp
名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
島根大学 企画部 企画広報課 広報グループ
TEL: 0852-32-6603
E-mail: gad-koho[at]office.shimane-u.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho[at]jst.go.jp
JST事業に関すること
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部
波羅 仁(ハラ マサシ)
TEL: 03-3512-3543
E-mail: gtex[at]jst.go.jp
*[at]を@に置換してください。