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塩化物電極のレドックス準位設計により 鉄系全固体電池で世界最高水準の性能を達成~塩素を活用した新しい電極設計指針を提示~

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カテゴリ:プレスリリース|2025年9月22日掲載


発表のポイント

〇 酸素より電気陰性度 (*1)の高い塩素を含む塩化物電極に着目。
〇 作動電位と塩素脱離の有無を説明できるレドックス準位 (*2) モデルを構築。
〇 アニオン置換よるレドックス準位チューニングにより、塩素脱離を抑制しつつ高容量化を実現。
〇 資源的に有利な鉄系材料で、全固体電池として世界トップクラスのエネルギー密度を達成。

概要

名古屋工業大学生命・応用化学類の谷端直人助教らの研究グループは、次世代の高性能電池である全固体電池の開発に向け、従来主流の酸化物ではなく塩化物電極に焦点を当てました。塩化物は高電圧で作動できる利点がある一方、過充電によって塩素ガスが発生する(塩素脱離)という課題を抱えていました。本研究では、3d遷移金属塩化物の電子状態を整理し、作動電位と塩素脱離の関係を説明できる「レドックス準位モデル」を構築しました。

さらに、鉄塩化物(Li₂FeCl₄)の一部の塩素を酸素に置換することで、レドックス準位をチューニングし、塩素脱離を抑えながら容量を増加させることに成功しました (図1)。その結果、資源的に豊富で安価な鉄を活用した全固体電池において、世界トップクラスのエネルギー密度(330 Wh/kg-cathode)の実現に成功しました。

本研究成果は、Wiley社刊行の国際学術誌 「Advanced Energy Materials」誌に2025年9月18日(米国東部時間)にオンラインで掲載されました。論文DOI: 10.1002/aenm.202504110

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図1 鉄塩化物(Li₂FeCl₄)および、一部の塩素を酸素に置換した新材料 (Li₂.₂FeCl₃.₈O₀.₂)の充放電曲線。鉄塩化物(Li₂FeCl₄)は、
   類似の鉄酸化物材料よりも高電位で作動するが、4 V(vs. Li)付近で塩素脱離が生じている。一方、アニオン置換体である新材
   料(Li₂.₂FeCl₃.₈O₀.₂)では、酸素配位による鉄のレドックス準位の変化により、塩素脱離を伴わずに容量向上を達成している。

研究の背景

リチウムイオン電池はスマートフォンや電気自動車に広く使われていますが、より高いエネルギー密度と安全性の両立が強く求められています。その解決策として、液体電解質を固体電解質に置き換えた全固体電池が注目を集めています。本研究では、全固体電池の高エネルギー密度化を目指し、とりわけ高電圧での作動が期待される塩化物電極に着目しました。塩化物電極は従来の液体電解質中では溶出しますが、固体電解質を用いる全固体電池ではこの問題を克服でき、さらに酸化物電極よりも高電圧で作動する傾向があります。しかし、過充電によって塩素ガスが発生し、性能が劣化することが大きな課題でした。この課題を克服するためには、塩化物の電子状態を理解し、ガス発生を抑制しつつ高容量を引き出すための設計指針の確立が不可欠でした。

研究の内容・成果

本研究ではまず、複数の塩化物電極の作動電位と塩素脱離の関係を調べ、固体化学的に説明できるモデルを提案しました。そのうえで、鉄塩化物(Li₂FeCl₄)の一部を酸素で置き換える「アニオン置換」を行い、レドックス準位を意図的に調整しました。その結果、塩素脱離を抑制しながらも従来より大きな容量を引き出すことに成功しました。

社会的な意義

鉄は地球上に豊富にあり、安価で資源面でも安心して使える材料です。鉄を使った電極材料で世界トップレベルのエネルギー密度を達成した今回の成果は、持続可能な次世代電池開発への大きな前進になります。また、本研究で確立した「レドックス準位設計指針」は、今後の全固体電池開発における重要な道しるべとなり、社会の脱炭素化や再生可能エネルギーの安定利用に直接貢献することが期待されます。

今後の展望

本研究では酸素によるアニオン置換が利用されましたが、今後は酸素以外の元素による置換にも挑戦することで、さらなる性能向上が期待されています。また、塩化物系に加えて酸化物や硫化物など多様な材料系に展開し、より安全で高性能な全固体電池の開発が進められる予定です。

用語解説

(*1)電気陰性度
原子が電子を引きつける強さの指標。マリケンの定義から塩素は酸素より電気陰性度が高いことがわかる。

(*2)レドックス準位
酸化還元反応に関わるエネルギー準位。電極の作動電位を決める要因となる。

論文情報

論文名:Redox-Level Design for High-Energy-Density Chloride Electrodes
著者名: Naoto Tanibata*, Shin Aizu, Takuhiro Sasadaira, Hayami Takeda, Masanobu Nakayama (*責任著者)
掲載雑誌名:Advanced Energy Materials
公表日:2025年9月18日
DOI: 10.1002/aenm.202504110
URL:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/aenm.202504110

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
助教 谷端 直人
TEL: 052-735-7273
E-mail: tanibata.naoto[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*[at]を@に置換してください。


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