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可視光で切り開く新しいホウ素化学 ~アミンボラン錯体の合成とクロスカップリング反応への応用による持続可能な有機合成技術の開拓~

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カテゴリ:プレスリリース|2025年9月24日掲載


発表のポイント

〇 有機合成に欠かせない有機ホウ素化合物を、持続可能な可視光エネルギーを用いた穏やかな条件下で合成することに成功
〇 医薬品や機能性材料の構成要素として重要なポリフルオロアレーンの強固な炭素-フッ素(C-F)結合の効率的なホウ素化を実現
〇 従来は困難だったポリフルオロアリールホウ素化合物の鈴木・宮浦クロスカップリング反応が可能となり、新しいファインケミカル創出に貢献する基盤技術として期待

概要

名古屋工業大学生命・応用化学類の安川直樹助教、中村修一教授らの研究グループは、アーヘン工科大学のDaniele Leonori教授と共同で、これまで過酷な反応条件を要していた「ポリフルオロアレーン類のC-F結合ホウ素化反応」と比較的困難であった「ポリフルオロアリールホウ素化合物の鈴木・宮浦クロスカップリング反応」の開発に成功し、画期的な新規合成戦略を提案しました。

炭素-炭素(C-C)結合は、天然物や医薬品などの機能性材料を構築する上で最も基本的な結合であり、その効率的な合成法の開発は有機合成化学の基盤技術です。特に、パラジウム触媒を用いて有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物を結合させる鈴木・宮浦クロスカップリング反応は、学術界から産業界まで広く利用され、2010年にはノーベル化学賞の対象にもなりました。このことからも、鈴木・宮浦クロスカップリング反応の出発原料となる有機ホウ素化合物の重要性は極めて高く、複雑な有機ホウ素化合物の合成可能かつ効率的な方法論の開発が求められています。

今回の研究では、光触媒を用いて発生させたアミンホウ素ラジカル(※1,2)の未知の反応性を活用することで、ポリフルオロアレーンのC-Fホウ素化反応を穏やかな条件下で実現しました(図1)。さらに、合成したポリフルオロアリールホウ素化合物(アミンホウ素錯体)を用いた鈴木・宮浦クロスカップリング反応への応用にも成功しました。この革新的な戦略により、医薬品や農薬、機能性材料の構成要素として重要なポリフルオロアレーンの化学修飾が可能となり、複雑な分子を効率的に供給できることで、創薬や高分子材料など多岐に渡る分野の研究開発がさらに加速されることが期待されます。

本研究成果は、ドイツ化学会の国際学術誌" Angewandte Chemie International Edition"のオンライン速報版に、2025年9月23日付で掲載されました。

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図1 本研究の合成戦略:可視光をエネルギー源としたホウ素化反応と鈴木・宮浦クロスカップリング反応

研究の背景

有機ホウ素化合物を用いた鈴木・宮浦クロスカップリングは、身近な有機化合物の分子設計や合成の最前線で、現在も不可欠な手法として活用されています。有機ホウ素化合物の従来法は、有機金属試薬や遷移金属触媒を用いた熱的な二電子反応に依存していました(図2)。近年、有機合成化学では光触媒や可視光を利用した非熱的な一電子(ラジカル)手法が注目され、世界中で活発に研究が進められています。この潮流は炭素や酸素、窒素など主要元素を中心に展開されていますが、他の元素、特にホウ素ラジカルに関する研究はまだ十分に進んでいません。

また、有機ホウ素化合物は毒性が低く、扱いやすいという利点がありますが、一部のホウ素化合物は塩基性条件で不安定という課題がありました。鈴木・宮浦クロスカップリング反応では塩基による有機ホウ素化合物の活性化が必須であるため、塩基に弱い基質は反応に利用しにくいという制約がありました。その1例として、ポリフルオロアリールホウ素化合物が挙げられ、鈴木・宮浦カップリングに用いるには、触媒系や反応系の緻密な設計が必要でした。

このような背景を踏まえ、入手容易なポリフルオロアレーンを原料に、光触媒と可視光を用いた非熱的ラジカルホウ素化により、塩基性条件下でも安定な有機ホウ素化合物を合成する戦略を開発しました。この方法により合成したホウ素化合物は鈴木・宮浦クロスカップリング反応にそのまま利用可能であり、本研究成果は学術研究や産業応用の双方に大きく貢献する、極めて革新的で魅力的な戦略となります。

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図2 研究の背景

研究の内容・成果

本研究では、入手容易な2つの化成品から2工程で合成できるアミンホウ素ラジカル前駆体(ボラカルボン酸)とポリフルオロアレーンを光触媒とともに、可視光を照射することで、1つのフッ素(F)原子をホウ素に置き換えることに成功しました(図3-A)。これまで同様の分子変換を達成するには、高温条件や遷移金属を用いて強固なC-F結合を活性化する必要がありましたが、本手法では、可視光をエネルギー源として、室温下で迅速かつ高収率でポリフルオロアリールホウ素化合物を得ることが可能です(最大92%収率)。さらに、様々な官能基を有する基質にも適用可能で、16個の新規アミンホウ素錯体を合成しました。コントロール実験や密度汎関数理論(DFT)計算などの反応機構解析により、これまで活用例の少なかったアミンホウ素ラジカルの高い求核性が反応効率に影響を及ぼし得ることが示唆されました。

合成したアミンホウ素錯体は、大気中でも安定で取り扱い容易な結晶であることも利点です。この錯体を一般的な鈴木・宮浦クロスカップリング反応の条件に付したところ、高い収率でビアリール化合物が得られました(図3-B)。ポリフルオロアリールホウ素化合物は塩基性条件下で極めて不安定なことが知られており、今回の条件下で、汎用的なポリフルオロアリールホウ素化合物の鈴木・宮浦クロスカップリング反応を検討しても低収率に留まりました。すなわち、安川助教が合成したアミンホウ素錯体は鈴木・宮浦クロスカップリング反応の条件において、高い反応性及び高い安定性を兼ね備えるハイブリッド型化合物と言えます。この反応も幅広い基質一般性を示し、18例のビアリール化合物の合成に成功しました。

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図3 本研究の成果:今回開発した「ホウ素化反応」と「鈴木・宮浦カップリング反応」の気質一般例

社会的な意義と今後の展望

ポリフルオロアレーンは、フッ素原子に由来する高い電子親和力や特異的な分子間相互作用、優れた代謝安定性を示すため、医薬品などの新規機能性材料の設計において重要な母核です。実際、2018年以降に10種類以上のポリフルオロアリール構造を含む医薬品が米国FDAに承認されており、その社会的・医療的意義の大きさを裏付けています。本研究で提唱した戦略は、複雑なポリフルオロアレーンの合成を可能にする新しい分子変換プラットフォームとして、極めて高い汎用性を有します。これにより、ポリフルオロアリール構造を含む複雑分子を効率的かつ選択的に供給でき、創薬研究の迅速化や高機能性材料の設計指針の提供に直結します。ひいては、医薬・材料産業への波及効果を通じて、次世代医薬品や先端材料の社会実装を加速し、持続可能な社会の実現に寄与することが期待されます。

また、アミンホウ素ラジカルは1900年代後半から存在が知られていたものの、その生来の不安定性ゆえに有機合成への利用は困難とされ、長らく脚光を浴びることはありませんでした。本研究では、この不安定な化学種を精密に制御し、従来法では達成できなかった分子変換を可能にする新しい合成戦略を実証しました。これにより、アミンホウ素ラジカル化学の応用可能性を大きく広げ、今後の反応開発の指針となると期待されます。ひいては、学術的にも新たなホウ素ラジカル化学の地平を切り拓く成果と位置づけられ、本成果は有機合成化学の発展に大きく貢献するものです。

用語解説

(※1)アミンホウ素
アミン分子(窒素を含む有機化合物)の孤立電子対がホウ素原子の2p空軌道と配位した錯体である。

(※2)アミンホウ素ラジカル
アミンホウ素が、電子を1つ失ったことで生じるホウ素ラジカルの1種である。

謝辞

本研究はドイツ・アーヘン工科大学のDaniele Leonori教授との国際共同研究の一環として遂行されたものです。また、JSPS科研費 (JP24K17678)、高橋産業経済研究財団(研究代表者:安川直樹)の助成を受けて実施されました。ここに記して謝意を表します。

論文情報

掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
タイトル:Amine-Ligated Boryl Radicals Enables Direct C-F Borylation and Cross-Couplings of Polyfluoroarenes
著者名:Naoki Yasukawa*, Waka Okada, Marc Fimm, Rio Kawamura, Ryota Nomura, Tsunayoshi Takehara, Takeyuki Suzuki, Daniele Leonori*, Shuichi Nakamura*(*責任著者)
DOI:10.1002/anie.202514741
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202514741

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
助教 安川 直樹
TEL: 052-735-5323
E-mail: yasukawa.naoki[at]nitech.ac.jp

名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 中村 修一
TEL: 052-735-5245
E-mail: snakamur[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

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