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分子の「ファシリテーション」実験でもとらえた! ―準空隙で駆動されるガラス形成物質の神秘を解明―

カテゴリ:プレスリリース|2020年12月18日掲載


発表のポイント

〇 ガラス形成物質が織りなす遅い緩和の神秘な物性について、日中(香港)国際共同研究を遂行し、重要な分子の微視的素過程を発見しました。
〇 従来に比べ桁違いに長時間で精密なコロイド実験(香港・深セン研究グループ)により、高密度では準空隙に駆動された「ひも状のホッピング連鎖」の協働運動が支配的になることが見出されました。
〇 これらの新しい発見は、高速分子動力学シミュレーションにより検証(名古屋工業大学 礒部雅晴 准教授)されました。得られた知見は、遅い緩和の素過程に対する微視的メカニズムの統一的理解へ向け、大きなインパクトをもたらすと期待されます。

概要

 ガラス形成物質が織りなす神秘な物性は研究が絶え間なく創生されてます。しかし、未だ決定的な概念や理論は存在せず、凝縮系・統計物理学における大きな難問として何十年もの間、科学者を困惑させてきました。一般に、液体を急冷(圧縮)すると分子配置が乱雑なまま動きが凍結しガラス状態になります。このとき粘性の増大により、非常に「遅い緩和」が生じます。大半の分子は凍結して動きませんが、稀に大きな変位をおこす「活動分子」が空間的に不均一に発生し協働運動をすることが知られてます(注1)。この「活動分子」の協働運動は大きく分け、コア状のドメイン領域に広がる協調運動とひも状のホッピング連鎖運動(注2)に分類され、実験やシミュレーションで観測されてきました。後者のホッピング連鎖運動では、最初のホッピングには分子直径程度の空隙が必要となります。しかし非常に高密度では、このような隙間はどこにもなくパラドックスとなってました。
 今回、香港理工大学、ハルビン工業大学(深セン校)、香港科技大学の研究者らと名古屋工業大学 礒部雅晴准教授により日中(香港)国際共同研究が遂行され、コロイド溶液を用いた実験において、実験技術の向上により長時間の個々の分子の動きを精密に追跡しました。その結果、(A) 数粒子距離程度の領域に分布する断片的な小さな空隙「準空隙」(注3)が協働促進し、大きな空隙が生まれること。空隙があたかも粒子のように輸送され、ひも状のホッピング連鎖運動を駆動すること、が明らかになりました。さらに、(B) 先行研究で観測された「活動分子」のコア状のドメイン領域の協調運動は、時間分解能をあげるとホッピング連鎖運動に分解されること、(C) ホッピング連鎖は高確率で反転し揺り戻し運動(String-Repetition)を起こすこと、が発見されました。これらの新事実は、ガラス形成物質の構造緩和への基本的知見を与え、微視的機構の全容解明に向け大きく道を開く可能性があります。本研究成果は、2020年12月17日(米国東部時間)付にアメリカ物理学会「Physical Review Letters」誌の電子速報版に掲載されました。Web版: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.258001

研究の背景

 近年、組織の活動を活性化し協働的に促進させる「ファシリテーション」という概念がビジネス・教育の場で注目を集めてますが、分子が高密度に集まったガラス形成物質でも「ファシリテーション」が起こるとする理論が提唱され、世界的に注目を集めています。「活動分子」(大きな変位を伴うホッピング運動)を素過程とし、これが時空間上で協働促進する「ダイナミクス」に着目して構築された「動的ファシリテーション理論」は、過冷却液体及びガラス転移近傍で生じる現象を、他の有力な理論と同程度に説明できます。そのため、大きな論争となっており、シミュレーションや実験での検証が精力的に行われています。本学 礒部雅晴 准教授は、2016年に2次元剛体球系を用いた高速分子動力学シミュレーションを用い「動的ファシリテーション理論」の提唱らと日米英国際共同研究を遂行し、検証結果を公表しました(2016年プレスリリース「分子の世界の「ファシリテーション」をとらえた!―世界最速アルゴリズムでガラス物質の神秘に迫る―」、AAAS「EurekAlert!」)。
 コロイド実験では、約5年前に他グループの先行研究において、高密度では「活動分子」がコア状ドメイン領域を形成し、密度増加に伴い領域が増大する別の有力な理論を支持する報告がありました。このような混沌とした状況の中、香港を中心としたグループから4年前にコンタクトがあり、日中(香港)国際共同研究体制にて、コロイド実験と分子シミュレーションによりこの難問の解決に向け、本格的に取り組みました。

研究の内容・成果

 近年の実験技術の革新により、コロイド溶液中の分子の動きを直接計測することが可能となりました。これにより、従来の実験よりも桁違いに長時間で制御された環境で精密な実験を行い、高密度系での遅い緩和の様子を解析しました。その結果、先行研究と全く異なり、高密度のガラス転移に近づくにつれ、「活動分子」のホッピング連鎖運動が緩和の唯一の素過程となることがわかりました。さらにホッピング連鎖運動を詳細に解析をしたところ、(i) 分子直径の数倍程度の領域に分散した準空隙が複数分子の協働的な動きにより空隙を生成し、最初のホッピングが誘起され、空隙の輸送により連鎖が駆動されること(図1, 2)、(ii) 密度増加に伴うコア状ドメイン領域の増大は、長時間での粗視化された結果であり、時間分解能を上げるとホッピング連鎖運動に分解できること(図3)、(iii) ホッピング連鎖運動は高確率で反転し揺り戻し運動(String-Repetition)を起こすこと(図4)、が新しい事実として観察されました。これらの発見は、高速分子シミュレーションとのクロスチェックが慎重に行われ、2つの異なる方法で現象の再現性が確認されました。このようにガラス形成物質の「遅い緩和」の微視的メカニズムの全容解明が急速に進みつつあります。

今後の展開

 液体からガラス状態への転移は身近な現象であり、最も単純な系での分子レベルのメカニズムの基本原理の解明は、物性・地球科学などの学術的な意義のみならず、産業におけるガラス形成ナノ物質の製造、社会現象など様々な応用分野が広がることが期待できます。また、高密度分子系の「高速アルゴリズム技術」の確立は材料設計への応用などへの波及効果も大きく、また自然の法則に従う分子の「ファシリテーション」は、人間社会の様々な課題への展望も拓けるかもしれません。物理現象の難問が、実験・シミュレーションの複数の方法論により相補的にクロスチェックされ、(リモートでの協働作業により地理的、時間的制約にとらわれず)国際共同研究体制で協働し大きな成果が得られるという事例は、オンライン環境下におけるこれからの大学における研究の進め方として、大学院生への教育的な観点からも意義も大きいと思われます。

 本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(C)「非熱系拡張動的ファシリテーション理論による高密分子系の非平衡相転移の統一的解明」(課題番号:17K05574 研究代表者:礒部雅晴)、基盤研究(C)「動的ファシリテーションにおける構造ガラス系の遅い緩和の微視的起源と非平衡相転移」(課題番号:20K03785 研究代表者:礒部雅晴)の支援により行われました。

用語解説

(注1)ガラス系の遅い緩和:分子の構造が乱雑なまま融点以下に急冷(もしくは圧縮)すると過冷却(圧縮)液体という状態になり、構造の緩和がアレニウス型(液体などの通常の指数緩和)から非アレニウス型の遅い異常緩和(伸長指数関数型など)に変化します。このとき、分子が動かない領域と活動している領域とが混在して存在すること(動的不均一性(Dynamic heterogeneity))が90年代以降に広く認識され、構造ガラス系の分子レベルのダイナミクスを特徴づける重要な性質として精力的に研究されています。

(注2)ホッピング連鎖運動:ガラスのモデル系では、高密度では複数の分子が直径程度の距離ほど連鎖的にジャンプ運動する現象が知られてます。これは30年以上も前に分子シミュレーションで最初に発見されました。

(注3)準空隙(Quasi-void):高密度では分子が詰まり隙間が小さくなります。分子の大きさよりも小さい断片的な隙間を準空隙と呼び、ホッピングが可能となる分子程度の大きさの空隙(void)と区別してます。

論文情報

論文名:Direct Evidence of Void-Induced Structural Relaxations in Colloidal Glass Formers
著者名:Cho-Tung Yip, Masaharu Isobe, Chor-Hoi Chan, Simiao Ren, Kin-Ping Wong, Qingxiao Huo, Chun-Sing Lee, Yuen-Hong Tsang, Yilong Han, and Chi-Hang Lam
掲載雑誌名:Physical Review Letters
公表日:2020年12月17日
Doi: 10.1103/PhysRevLett.125.258001
URL: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.258001

参考図

図1:

図1-1.jpg

 ひも状のホッピング連鎖運動の解析(コロイド実験の光学画像):(左)ホッピング連鎖運動前の分子配置と動き(白と水色で表示)。青矢印は分子の変位を示す。黄点線内に着目すると、4つの分子(白)と断片化された準空隙(濃水色)(積算すると1つの空隙)が存在し、連鎖後に5つの分子(水色)となる。(右)ホッピング連鎖後の配置と動き(白と赤で表示)。黄点線内に着目すると、連鎖前にあった4つの分子(赤)が、3つの分子と断片化された準空隙(積算すると1つの空隙)となった。つまり、ホッピング連鎖前後で複数の分子間の隙間にある準空隙が、協働運動により空隙となり、最初のホッピングを駆動、空隙が輸送(連鎖運動)され、準空隙として分散し運動が止まる。


図2:

図2-1.jpg

 ひも状のホッピング連鎖運動前後の解析(分子シミュレーション):ホッピング連鎖運動前において断片化した準空隙(青の領域)は、2つの分子の協働により粒子直径程度の大きさの空隙を生成する(青破線〇)。これがトリガーとなり、4つの分子のホッピング連鎖が始まる(赤実線〇)。ホッピング連鎖後:(青破線〇)まで輸送された空隙は、断片化された準空隙(青の領域)に分散し連鎖が止まる。


図3:

図3-1.jpg

 「活動分子」の空間分布(コロイド実験)。A-D で密度を上げると、活動分子がひも状分布(青)からコア状分布(赤)へ変化するように見える。ところが、高密度でのコア状分布は時間分解能を上げ時系列を調べると、ホッピング連鎖運動に分解できる(D, E)。つまり、緩和の素過程は「ホッピング連鎖運動」となる。


図4:

図4-1.jpg

(左)長時間追跡した粒子の軌跡。赤破線を拡大すると、1→2→3とホッピング後、方向が反転し2への揺り戻し運動(String-Repetition)が生じている。(右)5~6粒子が関与した活動粒子のホッピング連鎖の揺り戻し運動(青枠)。これらは時間分解能を上げ、時系列を詳細に解析したことで発見された。

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科 工学専攻(物理工学系)
准教授 礒部 雅晴(いそべ まさはる)
TEL: 052-735-5371
E-mail: isobe[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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